幸野・紗耶香 & セイジロウ・マグス

●千里の道も一歩から。今日は二歩目。

「なーなー、手ェつなごー♪」
 紗耶香は努めて明るい声で隣のセイジロウの方に向かって自分の手を差し出す。
「手を繋ぎたいの? うん、いいよ」
 手袋を外し笑顔で差し出された紗耶香の手を握る。
 そんな些細なことでも、もの凄くどきどきしていまう。一度切ない想いをしているから、ウザイなんて絶対に思われたくない。ましてや未練があるように見えてしまうのはみっともないと思うから。でもそんな想いさえ一気に吹き飛んでしまうようなセイジロウの言葉に、ほんの少し目を瞬かせすぐ横にいる彼の顔を見上げる。
「……え、ホンマ? なんでェ!?」
「この間のお祭りの時も、危うくはぐれそうだったしね」
 紗耶香のドキドキなんて知らずに、セイジロウは普段と変わりない笑顔を向ける。「はぐれそうやから、なん?」口にしようと思った言葉は心の中でとどまった。変わりにぎゅっとセイジロウの手を握りしめる。
 それって、どぉゆうこと……? お祭りの時だってあんなに近くにいてもの凄くドキドキしたのに紗耶香はただ彼の横顔を見上げた。

 セイジロウは真っ直ぐに前を見て歩く。
 繋いだ紗耶香の手をしっかり握って。
 今日は彼が紗耶香を誘った。
 お目当てのあの場所に行きたくて。
 セイジロウも写真でしか見たことはないのだけれども、もの凄く綺麗なあの場所。
 きっと紗耶香も喜んでくれると思うから。

「あは、セイジの手ェ、ちょっと冷たいな?」
 人知れず吐息を吐き出し、繋いだセイジロウの手を見つめる。
 舞踏会に行ったときもそうだった、彼の手に触れてドキドキした。
(「……今がイチバンドッキドキやな」)
 伏せていた視線を上げて、セイジロウの横顔をまた見つめる。
 いつもいつも、ドキドキさせられている。なのに、いいよ。なんて冗談で言って、手を繋いでくれているのだろうか。もしそうだったら立ち直れないかもしれない。
 なー、今、何考えとんの……? それはやっぱり言葉にならず、ただ彼の横顔を見つめるばかり。
 繋いだ手からセイジロウを感じると、期待してもいいのかなと思ってしまう。今日がずっと続けば良いと思う。
 もう一度きゅっと手を握り直して、紗耶香は笑顔をつくる。
「どこに行くんでもええよ。セイジと一緒やったら」
 それは言葉となった。紗耶香の言葉に彼女の顔を見るセイジロウもまた笑顔。

 ゆっくりと時間を重ねて、先の事は、それから。




イラストレーター名:市松ちどり