●暁の温度
「……ちょっと行きたい場所があるんだ。来てくれないかな」
「お、おう……いいけど……どこへ?」
アンジが征十を誘い出した場所は防波堤。
クリスマスの賑やかさなどなにもない場所。ただ波が打ち寄せては還っていく。ただそれだけ。でも景色は綺麗だった。
クリスマスにチョイスする場所でないことぐらい、アンジにも分っていた。が、絵を描くのが好きな征十にもこの景色は気に入って貰えるんじゃないだろうかとおもったから。
黄昏時の海は黄金に輝く。
水平線に沈みゆく太陽は黄金や橙にゆらゆらと辺りを染めていく。
その境界線は朧気にゆがんでいた。
ただ黙って、その景色を二人並んで眺めていた。
ヒトが沢山の場所よりも、静かなこの場所の方が落ち着けると思ったのだけれども。
二人の間に会話はなかった。
それは話をしなかったのではなく、出来なかったから。
互いに相手とこの状況に緊張してるのが、何故だか手に取るように分る。
きっとそれは自分と相手がとても似ているからかもしれない。
見た目よりかは純情なのだ。口が裂けても言えないけれども。
そんな二人の下に雪が降りはじめた。
「……烏丸」
「……な、何だよ」
征十が不意に声を掛けてきて、驚くアンジは一言返すのが精一杯。顔なんて見られない。
だから二人はそっぽを向いたまま。
「……べ、別に……」
「……そ、そっか……」
素っ気ないそんな会話が繰り返される。
何とも言えない、微妙な空気が居心地を悪くする。
だから少しだけでも……。
こっそり片手を動かし、相手の片手を探す。
できたらそのまま、不意打ちの如く握ってしまえと……。
でもやっぱり考えることは同じで、同じタイミングで相手の指先に触れた。
「な、なンだよ……」
「そっちこそ何なんだよ……」
相変わらず顔を合わせることもないけど、二人とも同じように顔を赤くしてそっぽを向いたまま。
だけれどもしっかりと手は握られていた。
指先から感じる相手の体温。
その心地よい温度に、さっきよりも居心地が良くなったような気がする。
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