銀鏡里・凛 & メファシエル・ブランシュ

●聖夜、響く歌声の贈り物

 ぎぃっと軋む扉を押し開けて、中に入ると、静まり返った聖堂の中に2人の靴音が反響した。
 ここに来たのは、クリスマスのひとときを一緒に過ごすため。
 メファシエルは月明かりの透けるステンドグラスの前で止まると、凛を振り返った。
「凛、リクエストは?」
「メフィのお勧めを」
 じゃあ、とメファシエルは大きく息を吸い込むと、そっと旋律を紡ぎ始めた。彼女の声に耳を傾けながら、凛はすぐ側の席に腰を下ろす。
 曲は、聖夜にちなんで選ばれた賛美歌。有名な物なのだろうか。凛もどこかで聞いた事があるような気がした。

 ――クリスマスプレゼント、何がいい?
 音色に身を任せるうち、少し前に交わした会話が蘇る。メフィの歌を聴きたいと告げれば、彼女は、とびきりの笑顔で頷いてくれた。
 ――今日は、凛の為だけに歌うね。

 そう、だから、今こうして聞いている曲は、彼女からの大切なプレゼント。
 自分を慕ってくれていて、自分も彼女を大切に想っていて……。
 そんな彼女の歌を、一瞬たりとも聞き逃す事の無いように、凛は静かに、じっと耳を傾ける。とても、とても大切なものを慈しむかのような、優しい視線を向けながら。
 その視線にはメファシエルも気付いて、ふんわりと微笑みながら見つめ返す。
 家族を失ってから、誰かとクリスマスを過ごすだなんて、メファシエルにとっては初めてのこと。だから、とてもわくわくして……凛と一緒だったら、1人でいる不安なんて、あっという間に消えてしまって。
 ただ安らいだ気持ちを歌声に乗せて、凛へ届ける。
 喜びと、幸せをかみ締めながら――。

 最後の旋律が消え去り、聖堂の中に静寂が戻ると、凛は立ち上がった。拍手を贈りながらメファシエルに近付くと、ありがとうと囁いて。
「メフィ……」
 そっと指先を伸ばしながら触れると、凛は彼女の頬に優しくキスをする。
 その行動に、メファシエルの目が思わず見開かれる。けれど、すぐに、彼女は蕾が大輪の花を咲かせるかのように、にっこりと笑った。

 クリスマスの夜、この聖堂は喧騒とは無縁で……。
 2人だけの穏やかな時間が流れていた。




イラストレーター名:みつびさつき