近衛・雪兎 & 橘・宮古

●+Christmas carol+

 今は使われていない、小さな教会。
 きっともう長いこと人が来ていない事が積もった誇りから見て取れる。けれどもステンドグラスも正面にあるマリア像も、細部に施されたレリーフもかつての時代を思い起こすのに十分なほど綺麗に残っている。
 街は近いのに喧騒は聞こえて来ず、嘘のようにここは静か。
 しかしステンドグラスはそんな街の灯りと月明かりを受けて、教会の中の床をいろとりどりに染め上げる。

 こっちだよと宮古が雪兎を案内した場所。
 賑やかな街を抜けて、人気のない場所へとするすると進んでいく。少しだけ不思議に思いながらも、雪兎は宮古の背中を追っていきたどり着いた場所。
 二人を出迎える、静かな場所。

 ―――――ポーン……。

 状況が良く飲み込めずに辺りを見渡す雪兎を他所に、宮古は当たり前のように中へと入っていく。「見て、これ」
 静かな教会内で宮古の声とピアノの音が響いた。
 優しい声とピアノの音に誘われて、上を向いていた雪兎の視線が宮古の方に向く。柔らかい灯りの中に、自分を見て同じぐらい柔らかく笑う宮古の姿を立派なグランドピアノの横で見つける。
「ちょっと前に見つけてさ。凄く良いピアノだよ。驚いたことに音もあまり狂ってない」
 少し嬉しそうに話を続ける宮古。宮古の指が鍵盤をたたけば、凛としたピアノの音がまた響いた。 ね? と雪兎を見る宮古だけれども、彼の意図をいまいち汲み取れずに不思議そうな表情で見つめ返すばかりの雪兎。
 そんな様子の雪兎に小さく手招きした後、少し困ったような笑みを浮かべて椅子に座りピアノに向き合う宮古。
 ゆっくりと宮古の側にやってくる雪兎。
 その間、宮古の指は鍵盤の上を滑り涼やかなメロディーを奏でていく。
 クリスマスのこの時期なら良く耳にする、静かな楽曲。
「俺が弾くから……雪くん歌ってよ」
 Silent Nightをかなで続けながら、直ぐ側にやってきた雪兎をにこやかな笑みで見る宮古。
 その言葉に初めてあからさまに表情を変える雪兎。
「え……嫌だ。恥ずかしい」
「大丈夫。俺しか聴いてない」
 かるくそっぽを向いて答える雪兎に、宮古が柔らかい声で続ける。その間もずっとピアノは優しいクリスマスソングを奏でる。
「……うん……」
 しばらく宮古のピアノを聴いていた雪兎、小さく頷くとピアノに合せて歌いだした。

 静かな教会の中、静かに流れていくクリスマスソング。
 ステンドグラスから差し込む灯りも、歌声とピアノに合せて揺らめく。
 静かに始まった曲は、静かに終わった。
 ほんの少し名残惜しげに、宮古の指が鍵盤から離れる。
「Merry Christmas、雪兎」
「……うん」

 再び訪れる静寂。
 窓の外には、粉雪が降り始めていた。




イラストレーター名:ケロ澤