灯山・暁 & カナデ・ヴァンツィーナ

●benamato

 音楽が止むと立ち替わるように講堂を拍手の群れが占拠した。クリスマスライブが開催されているだけあってステージを除くたいていの場所には人がひしめき合っている。

「お」
 拍手がざわめきへと座を明け渡し、やがてはステージで別の人物が曲を奏で始めた。こうして支配権交代が数度めぐった頃、何気なく暁が視線を移した講堂入り口に待ち人の姿はあった。
「おう、こっちだ」
 カナデもまた暁の姿を認めたのか、手招きをすれば観客達の最後列の後ろを移動して静かに近づいてくる。ただし、その表情は嬉しそうな暁とは対照的に何処か強張っていた。曲は後半の中盤に差し掛かったあたり。程なく演奏も終わって会場は再び拍手に包まれた。

「来てくれてありがとな」
「……ん、まぁ……断わる理由も無いし……音楽好きだし……ね。けど、演奏中はあたし無口だよ?」
 拍手をしながら微笑みかける暁の言葉に答えたカナデは何処か素っ気ない。
「……演奏中の私語は……演奏者にも音楽にも失礼だから……」
 続けて小さく呟いた言葉がその理由だったのかも知れない。
「そういや……確かにそうだな、悪い」
 思い至ることがあったか、暁は軽く頭を下げ詫びてみせる。
「……別に……謝らなくてもいいけど……あたしには……音楽は大事なものだから……」
 少し驚いた表情を見せてた後、言葉を返しながら顔を逸らしたカナデが見つめるのはきっとここではない何処か。
「大事なものなら尚更だろ?」
 暁の一言がそんなカナデを現実へと引き戻す。
「俺だって自分の大事なものそういう扱いされちゃ、嫌だしな」  続けて暁が「だから、ごめん」と口にすれば、次の曲が始まることをアナウンスが告げる。カナデは暁の方を向いてコクンと小さく頷くとステージに向き直った。ステージからメロディーが会場へと広がり始める。

「なぁ、演奏者も少なくなってきたし」
 時間は進み、演奏者の数が減ってきたところで暁はカナデへ声をかけた。
「……愛器を持って来ていないから……」
 飛び入りで参加しないかという言葉にカナデは首を振って答え、視線はステージ上におかれた弦楽器へと移る。
「……ヴァイオリンなら……あれば弾けるけど……ヴィオラは愛器じゃないと嫌なの」
 ステージの弦楽器が別の何かとかぶって見えるのか瞳に映っているのはその楽器とは別のもののようで。
「ヴィオラはね……特別なんだ」
 現実に戻ってきたカナデは言葉を口にすると共に微笑する。だが暁の口からは相づちの言葉も出ない。
「そ、それじゃあ」
 微笑みに見とれ惚けていた暁がようやく我に返ると、ステージでは次の演奏者が準備を始めていた。慌てていつか聞かせて欲しいと頼めば、ほんの僅かな間を置いて答えが返ってくる。
「そのうち……ね、機会があれば聞かせてあげるよ……ヴィオラ以外なら」
「そっか、ならそれを楽しみにするかな」
 顔をほころばせる暁の耳に演奏が聞こえ始めて、慌てて口をつぐむと顔をステージの方へと向けた。演奏者が減っているとは言えライブはまだ終わる気配を見せない。メロディーは再び観客達を包み始めた。




イラストレーター名:蜜木