<リプレイ>

●黄昏のクリストフの学園祭見物
 結社企画への人気投票が締め切られ、投票箱が開けられる。
 公平かつ厳格に集計されたその結果は……。

「……なるほどな」
 たった今、出たばかりの結果を覗き込むのは、黄昏時が良く似合う男、クリストフ・ギーツェン。
 ヨーロッパから日本にやって来て1ヶ月弱。銀誓館学園の学園祭を、いろいろな意味で満喫していた彼は、集計結果を暗唱すると歩き出した。
「可憐なお嬢さんの頼みを無下にしては、この黄昏のクリストフの名折れだからな」
 クリストフは今朝、突然中学生の女生徒から声を掛けられ、イベント企画部門の人気上位になった企画の取材と、審査員特別賞の選定を依頼されたのだ。
 人手不足ですっごく困ってるんだ、お願い! ……などと見上げてくる少女を無視できるだろうか? いや、できるはずが無い。
 たとえ年下であろうとも、あと20年位すればクリストフの趣味に……いやいや。
 人狼騎士として、困っている人を見過ごせるはずが無い。

「さて、最初はどこだ?」
 一度引き受けた仕事は、しっかりと完遂してみせよう。
 クリストフはまず、数多の企画の中から第3位に選ばれた結社企画へと足を向けた。

●第3位〜木陰のプールへおいでませ
 クリストフが向かったのは校舎の外、グラウンドの一角だった。木陰になっているそこは、更にテントが用意されて、日除けが出来るように整えられている。
「いらっしゃい。ようこそ流水庭園へ。空いている席にご案内するわ」
 出迎えたのは、嘉良那・零(流氷の監視者・b45282)。彼女の案内でテントの下に用意された席の1つにつけば、頭上から降り注ぐ熱気が和らいで、微かに吹いていく風が心地良い。
 そんなクリストフの視線が向けられた先は……。
「なるほど、見事だな」
 そこに置かれていたのは、ひょうたん型の大きなビニールプール。
 そして、水着姿で接客する少女の姿があった。
「……これも修練か」
 初めての水着に照れ恥ずかしそうにしながらも、桜・桃花(此の花咲ク頃・b35203)はお客からの注文を受け付ける。そう、プールというだけあって、店員には水着姿の者が多い。
「こうやって漂うと……気持ちいい……」
 そして、浮き輪で漂う標・莱(蟲の籠・b45273)らのように、訪れた客もまた、水着姿でプールを楽しんでいる。
 そう、ここは木陰のプールサイドを模した休憩所なのだ!
「素晴らしい。……暑い時期の休憩所として、な」
 深く頷くクリストフ。彼の視線は女性ばかりを追いかけているように見えなくも無いが、あまり気にしてはいけない。
「ジュースは、こちらの色からお選びください」
「色から選ぶんですか? 面白いですね」
 胡桃木・セリ(翡翠・b40769)が緑をチョイスすると、やがて運ばれてくるグラス。おっかなびっくり口に運べば……口に広がるはキウイ味。
「さて、次は……七生くん、よろしく!」
「まかせて〜☆」
 注文の色に合わせて次々と果物をミキサーに掛けるのは、団長の河川・青晶(水色ネコの夢・b34154)。彼の言葉に頷いた紫咲・七生(ヘリオンとつちぐものみこ・b35184)は、包丁を握り締めると、これでもか! とばかりに大きく振り上げて、豪快にオレンジを輪切りにする。
 その間に青晶がグラスに付いたジュースに、トッピングとしてオレンジを載せて。そのまま、お客さんの元まで一直線。
 白、黄、橙。桃に赤に紫。更に青と緑……。何種類ものメニューにあわせ、次々と新鮮ジュースを作り上げていく。
「……団長、大変そうじゃのう」
 その様子を見たゲオルク・ホッケ(永遠のクランケ・b36732)は自らもジュース作りを手伝い始める。ただし、その材料は青晶の物とは違う。やがて、青と注文されたそのジュースから、漂うのは磯っぽい香り。
「お待たせなのじゃ」
「こ、これは……?」
 ちょっと顔を引きつらせつつ、館端・楓(粉塵爆発で戦闘不能になる眼鏡・b29726)が受け取るグラス。何のジュースかと問えば、その答えは……。
「マンボウジュースじゃ」
「え、果物ですらない!?」
 楓に戦慄が走る。
「あはは、ごめんごめん!」
 一方プールでは、高峰・勇人(ヘッドエイク・b34890)が水鉄砲攻撃をして遊んでいる。この休憩所では浮き輪や水鉄砲、アヒルのおもちゃ等も貸し出されているのだ。
 水飛沫をあげながらすごす、穏やかな時間……。
「お客様、も皆さん、あんなに楽しそうにしている、ですよ」
 嵯瀬・和泉(人柱の巫女・b39002)は、お客さんだけでなく、店員たちも楽しそうにしているのを見て、どこか嬉しそうに目を細める。
「学園祭が夏に行われる事を生かした良い企画だな」
 その言葉を耳にし、クリストフも頷いた。
 そして、「おめでとう」と。
「君達の企画が、人気投票の結果、第3位を受賞した」
「えっ!?」
 何事かと耳を傾けた団員達は、クリストフの言葉に顔を見合わせて……次の瞬間、揃って歓声をあげる。
「よし、受賞記念で今まで以上にサービスするぞ!」
 彼らはそれを喜び合いながら、また再び楽しそうに接客、あるいはジュース作りへと戻っていく。
「時間があれば、俺もお嬢さん達とプールでのひとときを楽しみたかったが……」
 それはまた、次の機会に。
 大変名残惜しそうに、クリストフは活気に溢れた休憩所を立ち去ると、第2位の企画に向かった。

●第2位〜君は伝説の迷宮をクリアできるか!?
「……ここか」
 クリストフが次に訪れたのは、とある教室だった。
 入口には【トウキョウナイトラビリンス08騎士の逆襲】と看板が掲げられている。
「あ、いらっしゃい!」
 出迎えたのは、団長の御手洗・薫(甘くて苦いママレードボーイ・b03081)だ。挑戦者お一人様ご案内〜! と、クリストフを招き入れる。
「今、この教室の中は、この学園祭の時期だけ姿を現すという、伝説の『迷宮』となっております……」
 どう見ても、暗幕で暗くした教室の中に、積み上げた机などで迷路を作っただけに見えるが、クリストフは無粋な突っ込みはしない事にした。
 この企画の趣旨は、こうして用意された迷宮で宝物を手にし、出口を目指すというものだ。
「どれ……」
 物は試しと、迷宮内へ踏み込むクリストフ。
「さあ、挑戦するでー。私の邪魔ぁするモンはたたっ切るまでや!」
 傍で声を上げたのは、同じく挑戦者の庭井・よさみ(大依羅の朱雀帝神・b03832)。彼女とは別のルートを進んだクリストフが遭遇したのは……。
「……出口はどこでしょうか……」
 かなり焦燥した様子の綾之瀬・キッカ(エンジェルマヌーヴァ・b05633)。どうやら、かなり長時間迷宮内を彷徨っているらしい。
 更に薄暗い通路を進めば、
「オーッホッホッホッホ! また愚かな獲物がかかりましたわね!」
 クリストフに高笑いするのは、中茶屋・花子(クィーン囗フラワーチャイルド・b37343)。彼女こそ迷宮の守護者、つまり敵である!
「女性と戦えというのか……だが」
 戦いの場では、いかなる相手でも正々堂々と容赦せず戦う事こそ人狼の矜持。
 クリストフは彼女を乗り越えて先へ進む。
 障害を越え、手に入れたるは1つの鍵。それが開けるのは、財宝が秘められた宝箱。
「お行きなさい。ゴールはすぐそこです」
 宝を手にしたクリストフを導くのは、シルヴァーナ・セリアン(蟲狂いの白燐姫・b08447)。そちらに向かうクリストフが見た者は……。
「エアシューズを使えなければ、エアライダーも人の子という事か……!」
 くっ、と苦い顔をしながら進んでいる、鐶葉・桂(狂いの万華鏡・b31698)の姿だった。そして、彼とすれ違った先に待ち受けるのは、更なる守護者……!

「……出口か……」
 やっと見えた光に、クリストフは一息をついた。
 ゴールだ。
 そこでは、迷宮をクリアした『騎士』達が感想を言い合っていた。
「面白かった」
「今年も楽しかったです」
「まさか、今回はこんな構造だなんて」
「延々とワンダラーでした」
「眼鏡ッ子の縞ぱん、堪能したよ」
「何度も何度もくじけそうになったのじゃが、出れた時の達成感は格別じゃった……!」
 皆、大冒険を楽しんだようだ。
「皆さん、ありがとうございます」
 遊び終えた彼らを、薫は嬉しそうに見送っている。多くの人が楽しんでくれたなら、この日の為に頑張って準備した甲斐があったというものだ。
「ところで、君達に1つ報せがある」
 クリストフは、この場にいる団員達に向けて、この結社『刀狂騎士倶楽部』の企画が人気投票で第2位を獲得した事を伝える。
「本当? ……ありがと、みんな!」
 自信を持ってみんなにオススメできる、楽しんで貰える企画だという自負はあった。
 でも、こうやって2位を受賞できるなんて……。
 企画に協力してくれた団員と、そして遊びに来てくれた多くのお客さん達に、薫は喜びと感謝の声を伝えるのだった。

●審査員特別賞〜何匹すくえるかな?
「……ん?」
 2位の企画を去り、校内を歩いていたクリストフは、周囲でひときわ賑わっている教室の脇を通りかかった。
「ちびふぐさん3匹ゲット、おめでとうございます!」
「さあ、どちらをすくいますか?」
 通りすがりに覗き込めば、どうやらここでは金魚すくいのような企画を行なっているらしい。
「あ、いらっしゃいませー♪」
 そんなクリストフに声を掛けたのは、にこやかな笑みの葛原・彬(残夢香・b14663)。
 ……彼女の笑顔を見て、クリストフは何となく教室の中に入る。
「ミドリフグとタコクラゲ……か」
 見れば、教室にはすくえる魚について、詳しい解説が張ってある。
 ミドリフグは小さなフグ、タコクラゲは小さなクラゲ。この2つのどちらかを選んで挑戦し、何匹すくえるかを競うという物らしい。
 八匹以上すくうと『達人』と認定されるらしく、今までに達成した何人かの生徒の名が張り出されていた。
「よーし♪」
 今挑戦しているのはクリス・ファーレン(たけのこ・b04365)。去年の企画が楽しかったからと今年もまたやってきた、いわばリピーターだ。鼻歌交じりにちびふぐを目で追いかけて、すくってみれば……。
「おめでとうございます、4匹です」
「あなたも遊んでいく?」
 見物していたクリストフに、久遠・彼方(水檻橙花・b00887)が誘いかける。なら、と頷き返したクリストフが、女性の誘いだから断れなかったのかどうかはさておき。簡単に説明を受けて、ちびくらげすくいに挑戦する。
 あまり硬くなりすぎず、彼方ら店員達との会話を楽しみつつすくってみれば、小さなくらげが、ふよふよっとすくい上げられる。
「おめでとう。いい顔してたわよ」
「顔?」
 首を傾げるクリストフに差し出されたのは、ポラロイドカメラで撮影されたばかりのクリストフの顔。
「……いつの間に」
 どうやら、すくっている時の写真を撮影して、思い出にどうぞ。……というサービスのようだ。
「なるほどな。いい記念になりそうだ。……俺だけしか写っていないのが、少々残念だが」
 ふっと笑い、楽しいひとときだったと言い残して、次の人に順番を譲るクリストフ。
「ありがとうございました」
 最後に、声をそろえて見送る団員達。
「……凄く、楽しい」
 こうやってお店をするのは初めての経験。でも、とても楽しいと彬は思わず呟く。
 きっと、今日の事は、いつまでも彬の心の中に残り続けることだろう……思い出は、いつまでも色あせないものだから。
 そう彬は笑むと、新たに訪れたお客さんをまたで迎えるのだった。

 こうして、この結社『Aquarium』による『ちびフグ&カラフルちびくらげすくい』は、クリストフによる審査員特別賞として紹介されるのだった。
 皆の笑顔が素敵で、とても楽しく遊べる。そんな、ちびふぐとくらげすくいのお店として。

●第1位〜あの空に打て! 打ちまくれ!
 クリストフがやって来たのは、グラウンドだった。再び訪れた校庭を、配置図を元に歩いていく。
「あそこのようだな」
 向かう先からは、カキーン! と軽快な音が響いてくる。
「やりましたわ!」
 思わず声をあげたのは名倉・蝶(高校生ファイアフォックス・b19235)。そして、彼女が握り締めているのは、一本のバット。
 そう、ここは銀誓館学園・野球部が主催するホームランダービー、『銀の弾道』の会場だ。
「はい、いらっしゃい……いい男といい女、愛と欲望渦巻く飲食スペースへ、どうぞいらっしゃいませ……」
 打ち終えたお客さんを出迎えるのは、浅香・凛(ちび高校生水練忍者・b18933)ら団員達。そう、ここはただホームランを打つだけでは終わらない。打った数だけ具材を加えたお好み焼きが、参加者には振舞われるのだ。
「月に向かって打て!」
 気合を入れてバットを構える藤堂・史孝(高校生魔弾術士・b37329)。法月・京(花粧・b12881)は、また今年も盛況ですね、なんて話しかけながら、貸し出されたバットを受け取る。
 投げられるボールにバットが振られ、軽快な音と共に白球が青空に舞う。その光景を、逢坂・壱球(クドリャフカ・b16236)は目を細めて見上げる。
「ははっ、やっぱ夏空に消えてく白球ってロマンだよな」
 去年に続く大盛況ぶりに、壱球は休む間もなく動き回るが、グラウンドに響き渡る沢山の声が、彼にとっては楽しくて、無意識のうちに笑みが浮かぶ。
「おめでとー! 2本やな。さっきのあれも、惜しかったなぁ」
 10本打ち終えた刈谷・紫郎(見通す者・b05699)に、綿宮・祈一郎(クリティカルケア・b16567)はそう声を掛けると景品交換所へ促す。その先で、紫郎が「お任せで」とお好み焼きを頼めば。
「わかった。少し待ってて……」
 朝月・紫空(夜想曲・b17266)が選んだ食材を生地に放り込み焼き始める。じゅわわわ、といい音が響き、程よい焼き加減になった所で、紫空オススメソースがたっぷり掛かる。
 では、と一口食べた紫郎は……そのまま倒れた。
「……今の、は……」
「エビ(らしきもの)いりイチゴグミチョコソース。普通のよりチョコソースがおすすめで……」
 多分、紫郎は最後まで聞く前に意識を手放したと思う。
「お待たせしました。日本人らしくタクアンとイカ納豆にしておきました」
 ソースなどはお好みで、とにこやかに笑うのは燐月・司(空の護人・b22063)。他にも色々なお好み焼きが辺りに乱舞する。
「やっぱここに行かないと学園祭って気がしねーんだよな。ホームラン打つより、美味いお好み焼きもらう方が難しいんだけどさ」
 もぐもぐやってる、鳳・南雲(朱雛・b11630)の言葉が端的に今の状況を表していただろう。
「いつもの野球部らしく、明るく楽しい雰囲気ですね。……その、一部カオスなのも野球部らしく……」
 なんて、藤野・沙羅(華桃・b02062)は苦笑い。
 いろいろな意味で、銀の弾道は盛り上がっていた。

「あ、いらっしゃい!」
 そんな中、新たな客としてクリストフを迎え入れる団員達。
「面白そうな企画だな。だが、用件は他にある」
 バットを差し出そうとした団員に軽く首を振って、クリストフは彼らを見る。
「おめでとう。君達の企画が、今年のイベント企画コースの人気投票で、見事一位を獲得したそうだ」
「今年も!?」
 壱球は思わず大きな声を上げてしまう。そう、この野球部は去年も人気投票1位を獲得した結社なのだ。彼らは去年に負けないほどの面白い企画を発案し、そして多くの人の支持を得て、2年連続で1位を獲得するに至ったのだ。
「マジか……これも、投票してくれた大勢の人達のお陰だな……みんな、本当にありがとうっ!」
 拍手を贈るお客さんにはお礼を返し、団員達とは喜びを分かち合う。
「……嬉しい……」
 静かに、朝永・柾世(栄光の架橋・b16442)は呟いた。沢山の人が来てくれた事、皆と笑顔で過ごせた事……本当に、この学園祭は良い思い出になった。そう、高校最後の学園祭は、決して忘れられないものになるだろう。
 他の高校3年生の者達も、きっと想いは同じはずだ。
「ああ、そうだ。お前も遊んで行かないか?」
「そうだな。野球というのは初めてだが、栄えある一位の企画を素通りしては勿体無いからな」
「そうか。コツはバットを短く持って……」
 壱球の誘いに頷いたクリストフは10球勝負に挑むと、丁重に混沌としたお好み焼きを辞退し、野球部の元を去る。
 そんなクリストフの姿は、黄昏時の太陽の光に照らされていた。

 そう、もうじき日が沈む。
 2日間続いた学園祭も、もうじき閉幕を迎えようとしていた。