●相澤悟事件簿=聖夜の湯煙殺人事件哀愁編=
「先輩、クリスマスやのに鍋なんかで堪忍な?」
「いいですよ、クリスマスだからって無理にクリスマスらしくする必要もナイですし……」
「そやなー、二人一緒なら鍋でもラーメンでも一年中クリスマスみたいなもんや」
「またそういうコトを! ……今は二人だから別にいいですけど……」
「あ、けど去年のツリーあるかも? 鍋が煮えるまで時間あるやさかいちょっと見てくるな♪ ちょっとはクリスマスっぽくなるやろ」
悟の部屋の青い布団のこたつに向かい合って座っている、悟とみずる。
折角のクリスマスだというのに、全くクリスマスらしくないこたつの上の鍋。とそこで、そう言えばと、悟が昨年使ったクリスマスツリーの存在に気がつき、すぐに戻るからと言い残して部屋を慌ただしく出て行った。
その時はこの後、あんな惨劇が起ころうとも予想だにしなかった。
「せんぱーい! あったで! ツリーあったで!」
程なく悟が嬉しそうにツリーの箱を抱えて戻ってくる。
しかしその陽気すぎる声はこの部屋に似つかわしくなかった。
さっきまで一緒にこたつに座っていたみずるが、こたつから半分這い出る様な形でグッタリとうつ伏せに横たわって、先ほどののんびりとした雰囲気ではなくなっていた。
心なしかみずるがピクピクと動いている様な気がしなくもないが、この状況に気がついた悟がそこに気がつくはずもなく、ツリーの箱を放り投げみずるに駆け寄る。
「……え。ちょ! みずる先輩どないしたんや!?」
ぐったりとしたみずるを抱き起こし、辺りの様子を確認する。
「っ……俺がおらん間に何があったんや? 出てくときに鍵かけてったし、この部屋は密室やったはず……」
抱き起こしてもみずるの反応はない様に感じる。
楽しいはずのクリスマスが、一気のその様子を塗り替えていく。
推理を働かせる悟の視線が、ふと曇った窓ガラスを見た。
『しゅんぎく』
そこに書かれた文字。
「……」
考え込む悟。
「……しゅん……ぎく? 犯人は春菊?」
色々と考えを廻らし、似非推理をを始めていく悟の腕の中、ぴくりとみずるが動いた。
「あれは……ダメです……人が食するモノではありません……ただの草です……」
みずるがぐったりとしながらも、声を絞り出し呟く。
その言葉に悟は腕の中のみずるとこたつの上の鍋を交互に見つめる。
「まさか、春菊嫌いなん?」
そこでついに、悟は真実へとたどり着いた。
「ちゅーか、みずる先輩ツマミ食い……したん?」
「……」
悟の腕の中、ぐったりしたみずるは何も答えなかった。
そうして、恋人達の夜は更けていく……。
| |