石動・雷童 & パチェリー・ノーレッジ

●甘いケーキと優しいキスを

「雷童、クリスマスの準備が出来たわ。入って」
「はい、分かりました。待ちくたびれましたよ」
 パチェリーが扉越しに雷童を呼ぶまでどれほどかかっただろうか。返事と共にパチェリーの部屋へと近寄った雷童はドアノブを回し、笑顔で部屋の中へと足を踏み入れる。ただ、笑顔はすぐに別の表情へと取って代わるのだが。
「おぉ、……これはまたスゴイですねぇ」
 驚きと感嘆の声をあげる雷童を待っていたのは鮮やかに飾り付けられた部屋とテーブルの上に鎮座するクリスマスケーキ。13回目でようやく完成した力作なのはきっと話さなければわからないはず。切り分ける為にナイフが入れられ、覗かせた断面も悪くない。席に着いた雷童へ差し出された白い皿が木製のテーブル上へと着地し、白いケーキにケーキフォークが入れられる。見た目は問題なし。次は味。
「ケーキ、どう? 口に合うかしら……?」
 身を包む紺を基調にしたドレスをそっと摘んで、パチェリーは恋人の顔を不安そうに眺める。まるで表情の変化から何かを読み取るとするように。
「……美味しいです。すごく」
 綻んだ表情は結果がどうであったのか誰の目にも明らかなほどだった。笑みを深めひたすら感動する雷童の様子に、パチェリーもそっと安堵する。確かめるように自らもケーキを口にして小さく頷き、再度開いた口はケーキを食べる為でなく言葉を口にする為で。ケーキを味わいながら二人は言葉を交わす。内容を知るのは二人だけ、二人だけの秘密だ。
「パチェリー、コレは、俺からのお礼です」
 最後の一欠片を口にした雷童は急に立ち上がる。笑顔で囁くと身体をかがめて、驚いているパチェリーの唇へ自身の唇を落とした。
「ん………甘い…」
 ケーキのお礼は、甘く……本当にケーキの味がした。
「これからも、よろしくお願いしますよ」
 何処かとろけるような表情で報酬を受け取った恋人の身体を雷童は抱きしめる。
「メリークリスマス。これからも宜しくね」
 恋人の温もりを感じながらパチェリーはゆっくりと目を開けた。薬指にはめられた指輪が部屋の明かりに輝く。二人だけの時はまだ終わらない。




イラストレーター名:椿千沙