相馬・都 & 燕糸・八尾

●HaPPy X’mas

「……相馬さん」
 白いと息と共にポツリと言葉が漏れる。自ら腕を抱いた身体をクリスマスツリーの電飾は優しく照らすが、冬の空気は明かりほど優しくもない。端から見ればただ一人。実際には戸惑いとの二人連れで、八尾は視線を落とし頭を垂れた。
「えと……」
 今まで心を占めていた使命感と不安感、そのどちらでもないものの出現。状況の変化なんて言葉では片付けられない、片付けたくない現状に心は揺れる。急に見知らぬ街角に迷い込んでしまったかのような戸惑いからまだ抜け出せないことが、八尾自身をやきもきさせているのだろうか。
「み、みや……都」
 クリスマスツリーの下、人待ちの時間を使って躊躇いがちに呟く。いつもとは違う呼び方。胸中の戸惑いと別れを告げる為の……。
(「そう呼べるでしょうか?」)
 自身への問いかけは、やがて決意へと。
(「呼びましょう」)
 呼べたら好きだと自覚しよう、そう決めて八尾は顔を上げた。だが、見える範囲に待ち人の影は無い。
(「八尾ちゃん……居た」)
 何故ならツリーへと向けて駆けてくる都は八尾の後方にいたのだから。
(「そーっと、そーっと」)
 足音で悟られるのを避ける為、有る程度距離をとった場所で足を止めて都はマフラーを解く。白く曇る息越しに震える八尾の姿に急く気持ちを抑えながら、広げたマフラーを手に一歩一歩進んで行く。
「八尾ちゃん!」
「みゅ?! ……あ、み、相馬さん」
 突然の衝撃と温もり。流石にこの奇襲は反則だった。急に後方から抱きしめられ、びくんっと震えた八尾は抱きついてきた相手の正体を悟って頬を染めながら身体から力を抜く。決意した矢先、出鼻をくじかれた形になったが仕方がない。
「ごめんね、待ったよね?」
 かけられた言葉に首を振る様は何処か嬉しそうで。一本のマフラーが二人を一つにする。
「あったかいです」
 寒空の下冷え切った体に都の体温とマフラーは暖かく、心地よかった。冬の空気は刺すように冷たくても、この刻は幸せの時間。目をつむり、目を開ければすぐそこに都の顔がある。
「えと……都」
「何?」
 温もりと距離感に背を押されて口にした言葉に応じる返事には、呼び方の意味など気がついていないようだった。ただし、それも初めの一度だけ。
「えと、だから……めりぃくりすますです、都」
「あ……」
 二度目の呼びかけで都の顔に理解の色が広がり、表情は笑顔へと変わる。
「メリークリスマス」
 返る言葉は笑顔と共に。二人のクリスマスはまだ始まったばかりだった。




イラストレーター名:笹井サキ