翳・彩蟲 & 榊・巽

●異国での聖夜

 市場は喧騒に溢れただひたすら賑やかだった。活気があるのは時期故か。商品の陳列されたテントの間を行き来するのはクリスマスディナーの買い出しに足を運ぶ夫婦やカップル、材料の仕入れに来たシェフも居るのかもしれない。カップルではなかったが、巽と彩蟲の二人もクリスマスディナーの買い出しに着たという点では他の買い物客と同じだ。陳列された魚や肉、野菜に果物。様々な食料品へと視線を巡らせ、目当ての品を買い込んで行く。
「おっ、トマトか」
「いらっしゃい、ウチの野菜はどれも新鮮だよ」
 ここはそんな一角。ふと足を止めた巽へ、愛想の良さそうな中年の女性が声を掛けた。巽の目の前に陳列されているのは色とりどりの野菜で、女性の言うことを肯定するかのようにみずみずしく鮮やかで艶がある。
「そうだな……」
「榊さん、よろしくて?」
 もし、品定めをする巽の服を彩蟲が引っ張らなければ、野菜と巽のにらめっこはしばらく続いただろう。
「おう、どうした?」
 巽が振り返れば、彩蟲は服を摘んだのと反対の手で後方を指さしている。指さす先には……。
「仲がいいねぇ恋人同士かい?」
 確認を阻む形になったのはテントの女性が口にした質問だった。ただの世間話のつもりだったのだろうが。
「あ〜違う違う」
「違いますわ、友達同士です」
 割り込んできた質問へ二人は即座に答える。言われてみれば腕も組んではいない。仲は良く会話に花を咲かせては居たようだったが。何処か慌てて、一瞬だけお互いの顔を覗き込んだことにもし意味があったとしてもその意味がわかるのはおそらく当人達だけだろう。
「そんじゃ、これ頂いてくな」
 否定も弁解もそこそこに、巽は良さそうな野菜を手に取ると引き替えに代金を差し出し、立ち去る背へと彩蟲が続いた。
「さてと、お姫様の口に合う物をがんばってつくらないとな」
「ふふ、期待してましてよ?」
 買い物袋に野菜を追加して、袋を持ち替えながら笑顔を浮かべペコリとお辞儀のまねごとをする巽に彩蟲は果物の入った小さな袋を差し出す。
「あれ? 何時の間に……」
「乙女に秘密はつきものでしてよ?」
 驚く巽を尻目に、もうあまり余裕のない買い物袋の中に小さな袋を入れて彩蟲が微笑んだ。買い出しももう充分だろう。二人は談笑しつつ帰路に着く。クリスマスディナーを楽しむ為に。




イラストレーター名:七夕