雪村・羽根 & 葬月・黒乃

●尽きせぬ想い

 白い湯気がカップから立ちのぼる。マグカップに口を付け、口の中に広がった甘く温かなココアで喉を鳴らした羽根はカップから唇を離した。マグを握る手は白いカップのつるんとした手触りと冷たさを感じ、漏れる吐息はココアから貰った熱を帯びている。
「……あぅ、せんぱい。膝の上であんまり動かないで〜……」
 膝枕。少し短い制服のスカートから伸びた剥き出しの膝には黒乃の頭が乗っているのだ。サラサラとした銀髪は黒乃が身じろぎする度に揺れて肌をくすぐって行く。くすぐったさを堪え、羽根はココアをこぼさないように努力するがこれも一苦労。
(「もし、顔に零れたココアがかかったら……」)
 一生膝枕はされてくれないかも知れない。
「……っ」
 カップを空にすれば良いとは言っても、時折膝がくすぐったくなるこの状況でココアを全て飲み干すのは、現状維持よりも大変だ。
「……せんぱい?」
 まだ余裕はあったけれど、少しだけ助けを求めるように羽根は黒乃を呼んでみる。返事はない。慎重にカップを持ち上げ膝の上見ると、眠っているのか……黒乃は目を閉じていた。
「(……目を閉じた顔。きれい)」
 思わず小声の呟きが漏れる。ふとその顔に触りたくなって、羽根はカップを持ち替え、上半身を捻って中身の残ったマグカップを床に置く。ココアが零れてしまうんじゃないか、膝が動いて黒乃が起きてしまうんじゃないかと不安もあったのに。ただ、純粋な気持ち……想いが、ささやかな難事を乗り越えさせた。
(「……せんぱい」)
 両手を空け、身体を元に戻しても黒乃は相変わらず目を閉じて羽根の膝の上で。羽根は……温かくて、安らかで。幸せだった。
(「時間なんか……」)
 止まっちゃえばいいのにとか、ホントに馬鹿みたいに本気で思った。それ程に幸せだったのだろう。何かのきっかけですぐに壊れてしまいそうな儚さと表裏一体のものでもあったけれど。
(「……せんぱい」)
 同じ単語の繰り返し。胸中にも幸せが溢れて、いつの間にかぼやけてきた羽根の視界から何かが零れて頬を伝う。零さず壊さず、ただ守ってきた時間は小さな雫が終わらせた。
「ん……」
 頬に落ちた一滴の雫に黒乃が目を開け上を。羽根の顔を見上げる。
「羽根? どうし……」
「なんでもないです」
 それ以上先を言わせないように、指の先で涙に触れる黒乃の手を羽根は捕まえて笑った。
「幸せなの」
 黒乃に何も言わせないように言葉を続けて。




イラストレーター名:一二戻