ファルチェ・ライプニッツ & 稲峰・渓

●聖夜の花火〜思い出を添えて〜

「着きましたの」
 ファルチェが、到着を告げたのは、雪もちらつく夜の海岸が眼下に広がった時だった。寄せては返す波の音と時折吹く風の音だけが響く海岸には流石に人の姿も見受けられない。雪混じりの潮風が渓のマフラーやファルチェの髪をなびかせ、二人分の白く曇った吐息を何処かへと連れ去って行く。
「この場所覚えてますか?」
 ゆっくりと波打ち際へ歩きながら、ファルチェは白い息と共に問を口にして、渓の顔を覗き込む。
「えっと……ここ?」
 この場へと渓を誘ったのはファルチェで、渓は行き先など告げられていない。
(「……特に目印のない場所だから分からないのも仕方ないですの。でも分って欲しかったなんて思うのは私の我儘なんですよね」)
 少し困惑気味に首を傾げて周囲を見回す渓の背を眺めながら、ファルチェは微かに表情を曇らせた。
「稲峰さん」
 落胆の色を隠しながらコートのポケットへと手を入れ、渓を呼んだのはヒントを出す為。
「何?」
 振り返る渓へとファルチェは線香花火を差し出した。
「それは……、あ、なるほど」
 ヒントで思い至ったらしく、理解の色を浮かべた顔では答えを口にした。江ノ島海岸。
「正解ですの♪」
 嬉しそうな声が響くここは、銀製館学園の後夜祭会場となった場所の一つであり。満面の笑みを浮かべたファルチェと渓を含む結社「学生寮 ◆風月華◆」の面々が打ち上げを行った場所でもある。

「やっぱり花火はこうですの♪」
「あっという間に終わっちゃったね〜」

 同じ場所に並んで座れば、季節は違っても自然と過去の思い出が浮かんでくる。
「今年もまたみんなで楽しみたいね」
 思い出をなぞるように、ファルチェの手にしていた線香花火を受け取ると立ち上がった渓は花火に火を付けた。あの時とは逆に渓が受け取る形になったけれど、花火は思い出のものと重なる。そして、燃え尽きた花火が落ちた瞬間。
「きゃ?!」
 気がつけば、渓はファルチェを抱きしめていた。
「あ、いや、寒そうだから、こうした方が暖かいかなと思って」
 慌てて渓が手を離すと、ファルチェは何かを考え込んで。
「そっか……じゃあ……こうした方がもっと暖かいですの♪」
「……え?」
 瞬きする渓の身体に、何かが寄りかかる。伝わってくる体温とすぐ側にあるファルチェの顔に渓は事態を理解して、自分の鼓動を聞いた気がした。

「えっと……それで、急な散歩の理由は?」
「秘密ですわ」
 いつまでそうしていただろうか、花火の始末も終えての帰り道、渓の問へとファルチェは何度目になるかわからない答えを返す。
(「言えるわけないですの。貴方を好きになったのがあの瞬間からだからなんてね」)
 頬を微かに染め、心中で本当の答えを呟きながら。




イラストレーター名:一二戻