水野・亀吉 & 依藤・たつみ

●『ねえ、覚えてはる?』『忘れてると思ってた?』

 たつみと亀吉。亀吉の家へと向かう道は静かなのに、賑やかなクリスマスパーティーで演奏された曲の余韻が二人の耳には残っている気がした。無論亀吉はゴールドアフロもサングラスも既に身につけてはいない。
「久々だなぁ……」
「……うん」
 ようやく訪れた二人だけの時間。亀吉にとっては嬉しい反面申し訳なくもあった。もちろんこれはたつみにとっても久々の時間。
「亀吉さん、……寂しかった」
「今日くらいは独占させてくれよ?」
 何処か弱々しいながらもちゃんと言えた気持ちに、亀吉はたつみの背へと腕を回しながら言葉を添えて笑みを返す。
(「たっつんを駒鳥のガキどもに取られてオレも寂しいの知らねーだろうな」)
 一瞬だけ笑みが僅かに苦笑じみたことにたつみは気づいただろうか。近づきつつある我が家は亀吉にそんなことを考える時間すら与えてくれなかったらしい。広がる夜空の下、二人は家の中に消えた。

 場を移してしまったせいか、一端途切れた会話を再び再開するのは用意ならざるものであるらしい。ひょっとしたら、二人きりの時間が久しぶりであるからかも、クリスマスという特別な日のせいだからかもしれなかったが。
「え?」
「ん、そんなことか」
 とにかく沈黙を破りたくて、たつみはきちんと片付いた部屋に大げさに驚いてみせるが上手くは行かない。
「……ケーキ! ケーキ開けよ!」
(「緊張してんのかな」)
 めげずにケーキの箱へ手を伸ばすたつみを眺めながら。亀吉は、ちょっと可愛いと目を細めた。もっとも、沈黙打破についてはやはり上手く行かない。三度目の沈黙が二人だけの部屋に訪れる。

「亀吉さん……あっち、向いて」
「ん、何? あっち向いてって……」
 三度目の沈黙を破ったのは、たつみの声だった。
「え……?」
 素直に背を向けた亀吉は、心地よい負荷と感触に思わず振り返りかけた。
「……ねえ、覚えてはる?」
 それを止めたのは寄り添うたつみの問。主語は無くても体温が触れ合う身体が、言葉を補う。
「何、忘れてると思ってた?」
 覚えてるに決まってんだろと言葉を続けて亀吉はゆっくりと振り返った。
「……オレがびっくりしたぜ、あの時は」
 更に言葉を続ける亀吉の目に映るのは、手を伸ばすたつみの姿。人差し指と親指。二本の指に一つの指輪が挟まれていて。たつみは亀吉の中指に嵌めて、手を握る。一連の動きに僅かにベッドが軋んで。
「……嗚呼、可愛いなほんと」
 黙って一部始終を見守っていた亀吉が笑う。
「今夜だけはオレのもんだ、誰にもやれねーよ」
 再び手と手が触れて、亀吉は目を開いてたつみを見た。
「独占欲だけは、人一倍強いんだゼ?」
 己の肩へともたれ掛かるへたつみに囁いて、亀吉はたつみの身体を抱き寄せる。再び笑みを浮かべて。




イラストレーター名:topi