クロエ・アブリーユ & 藤代・隆也

●聖しこの夜

 雪。いつ頃から降り始めたのだろう。夕暮れの色が空も雪も街角をも鮮やかに染め、雪雲もやはり夕日に染まりながら流れて行く。
「ふむ、雪か」
「だな。ひとまずどこか屋根のある場所へ行こうぜ」
 クロエに倣うように空を見上げ隆也はそう提案した。別に自身が寒いという訳ではないが、街中とはいえ雪が降るほどの気温だ。デートからの帰り道、風雪のしのげる場所で少し時間を潰すのも悪くはない。
「ならば私に一つ寄りたい場所があるが……」
 隆也の提案に乗る形でクロエが希望したのは教会への寄り道。ツリーの飾られたクリスマス・イブの教会。どこか心当たりでもあったのか、進行方向を変更して二人は茜色に染まる道を行く。
「夕日が綺麗だぜ、うん」
 空は端の方から夜の色へと変わり始めていたが、夕日は西の空にまだ健在だった。
「ふ、着いたぞ」
 そんな空の比率が幾分か変化した頃、二人は教会の門の前にいて。
「意外と時間がかかったか?」
 クロエが問うたのは、門の向こうから賛美歌が微かに流れてきたからだ。
「まーこんなとこだな。ひとまず中に……」
「同感だ。まだツリーも見ていないしな」
 空を仰いだ隆也に促されて、クロエは門をくぐる。聖堂に近づくほどに賛美歌のボリュームは上昇して行き、窓からは淡い暖色系の明かりと浮かび上がるツリーの影が見て取れた。
「では、エスコートを頼もうか」
「うぃよ〜。手取り足取り……」
 正道の扉の前まで歩いて、クロエが指しだした手を戯けながら隆也は握る。そして扉が開けば、賛美歌の音量は更に増していた。
「うむ、見事な」
 手を繋いだ二人の目に飛び込んでくるのは、窓の外に漏れていた明かりでライトアップされたクリスマスツリー。人の顔が映るほどの光沢を持つ玉はまばゆく、甘い香りが漂うのはクッキーのオーナメントがツリーの枝からぶら下がっているからだろう。
「そこ、空いてるぜ」
 微笑みを浮かべ、どれほどツリーを眺めていただろうか。隆也に手を引かれ、視線で示された長椅子にクロエが目をやれば確かに席が空いていた。
「座るか」
「ああ」
 二人は顔を見合わせ、手を繋いだまま見つけたばかりの空席を埋める。何気なく窓の外に目をやれば夜の浸食は随分進んでいるようだったが、静かに賛美歌を聴きながら迎えるクリスマス・イブの夜も悪くはないだろう。まして、二人で居るのなら。
「こういうのも良いな」
 クロエは目を細め、頭を隆也の胸に預ける。聖堂に響く賛美歌に包まれながら。




イラストレーター名:一二戻