●炬燵からは出たくない
「あ〜、もう炬燵から出たくな〜い」
大きな窓の付いた部屋の中、紅涙は彼女と向かい合うようにして座り、すっかり冷え切ってしまった両手を突っ込むようにして、炬燵の中に入っていた。
ぱらぱらと雪が降っているせいで、辺りが肌寒くなっている事もあり、炬燵から出たくないと言う意見にも一理ある。
「でも、それじゃ、ケーキが食べられないよ?」
綾守の言葉に紅涙がビクッと身体を震わせた。
(「……ケーキは食べたい。でも、炬燵からは出たくない」)。
紅涙の脳裏でふたつの意見がぶつかり合う。
ここでケーキを選べば、結果的に炬燵から手を出さなければならなくなる。
逆にここで炬燵を選べば、いつになってもケーキを食べる事が出来ない。
選ぶ事が出来るのは、ふたつにひとつ。
両方選ぶ事は……でき……。
そこで紅涙が閃いた。
「動きたくない。食べさせて〜」
炬燵の中に両手を突っ込んだまま、綾守が机の上に突っ伏して口を開ける。
(「ズボラの神様、ありがとう……」)
紅涙は何となくズボラの神様に感謝した。
「もうしょうがないなぁ」
にこにこと笑みを浮かべ、綾守が一口サイズに切ったケーキにフォークを刺す。
「はい、あーん」
途中でケーキが零れ落ちてもいいように、左手を皿のようにして伸ばし、フォークに刺したケーキを運ぶ。
「あーん……って、届かないよ」
わずかに腰を曲げながら、紅涙がしょんぼりとした表情を浮かべる。
もう少し頑張れば、ケーキを食べる事が出来そうだが、場合によっては炬燵から身体が出てしまう。
そこまでの危険を冒して、ケーキを食べに行くほど、紅涙は無謀な賭けには出られなかった。
「それじゃ、これで……どう?」
仕方なく綾守が炬燵から少し身体を出し、何とか紅涙にケーキを食べさせる。
「うん、おいしい」
幸せそうな表情を浮かべ、紅涙が笑顔を浮かべた。
その頬には生クリームがついており、モゴモゴと一緒に動いている。
「……良かった。あ、ちょっと動かないで」
ホッとした表情を浮かべ、綾守が生クリームをぺロッと舐め取った。
「……えっ? あの……」
綾守は何も答えない。
ただ笑顔を浮かべているだけ。
そして……。
クリスマスの夜が更けていく。
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