●僕ら の 聖夜
クリスマスの夜、いつものように結社……草も疎らな広い空き地で、ゆっくり時を過ごしていると、不意にマリスが「絵を描きたい」と言い出した。
「きりすとが、生まれそう、なの、いい?」
マリスは芥にそう尋ねた。
(「きりすと……?」)
来訪者、鋏角衆の芥には、キリストはおろかクリスマスが何なのかさえよく分かってはいなかった。
けれど、きっと彼女にとって素敵な何かなのだろうと、すぐに笑顔でOKした。
マリスが運んできた物は、地塗りのされた大きな木板。おそらく、先日粗大ゴミ置き場で拾ってきたた物だろう。
彼女はそこに、油絵の具で抽象画を描き始めた。
飽きることなく、絵筆を動かし続けるマリス。
芥の声にも、遠くからの物音にも、彼女は顔を上げようとしない。
時折紡がれる独り言は、一体を示しているだろう。
『大きな一つの星、一人の赤ん坊、二人の聖母、三人の道化』
この絵のテーマのような気もするが、いかんせん抽象画なため、見ている芥には何の事だかサッパリのようだ。
何の絵だろう?
首を傾げてじっと見るが、やはり何だか分からない。
時が経ち。
芥はマリスに紅茶とお菓子を持ってきたが、彼女はやはり無反応。
けれど、そっと傍らに差し出せば、視線はしっかり絵に向けたまま、左手と口だけは反応する。
更に時が経ち。
雪がチラホラ降り始めたが、それでも彼女は無反応。
風邪をひいてしまわぬように、芥はその背にそっとタオルケットをかけてあげた。
もっと時が経ち。
マリスの頬に、油絵の具がくっついた。
気付かずにいる彼女の頬を、芥は穏やかな笑みを浮かべ、柔らかな布でそっと拭った。
それでも、やはり。
凄まじいまでの集中力に、少なからぬ感動を覚えた芥。
彼は、たとえ何時間であろうと、マリスを……この絵が完成するのをずっと見守ることにした。
静かに流れた数時間。
マリスは漸く絵筆を止めて顔を上げた。
それは、絵が出来上がったしるし。
マリスの描いたセピア色の絵は、やっぱりとっても意味不明。
けれどじっと見つめていると、何かが篭もっているのが見える。
それはきっと、妄想じゃなくて本当のこと。
「題、『僕ら の 聖夜』で、どうかしら、ゆとり、あくた?」
そう言って、灯台の光のように笑うマリス。
クリスマスを知らなかった芥だけれど。
この絵を見れば、伝わる、分かる。
クリスマス、それはとても素敵な日。
教えてくれた、マリスに感謝を。
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