●二人のクリスマス
(「……あれ、匠は?」)
クリスマスの夜に皆とパーティをしていた風は、匠が参加していない事に気づいた。
(「確かバイトの予定があるって言っていたっけ」)
そう思って時計を確認したところ、随分と遅い時間になっている。
(「こんな時間までバイトだなんて……。きっと疲れているだろうし、何かあったら大変」)。
そんな言い訳を自分にしながら、風が赤いファーつきのコートを羽織って、匠を迎えにいく。
本当は『一緒にクリスマスを過ごしたい』と思っているのだが、なかなか素直な気持ちになれない。
風にとって、匠は大切な人。
だが、その気持ちを彼に伝えていなかった。
「……これで良しと」
緑色のサンタ服姿で立て看板を抱え、匠がホッとした様子で溜息を漏らす。
ようやくすべてのクリスマスケーキを売り切った。
残っているのは、みんなに喜んでもらおうと思って、確保しておいたクリスマスケーキのみ。
思ったよりも時間が掛かってしまったが、きちんとノルマをこなす事が出来たようである。
「バイトお疲れ様。疲れたでしょ? 大変そうだから迎えにきてあげたわ」
何故か顔を真っ赤にしながら、風が肉まんを抱えてやってきた。
肉まんからはほんのりと湯気が出ており、美味しそうな匂いが漂っている。
彼女の格好を見る限り、パーティを途中で抜け出してきたようだ。
「ありがとう、風ちゃんこそ寒かっただろ?」
迎えに来てくれた事を感謝しながら、匠が彼女の頭をヨシヨシと撫でる。
途端に風の顔が真っ赤になったが、嫌な気分ではなかったらしく、その手を拒否する事は無かった。
もしかすると、匠は気づいていないかも知れないが、彼女にとってその手は何よりも暖かい。
そして、ふたりは肉まんを頬張りながら帰っていく。
肉まんの暖かさと、それ以上に暖かい空気を感じながら……。
まだ、ふたりの気持ちは通じ合っていないが、この瞬間だけはふたりのクリスマスであった。
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