八伏・弥琴 & 梶原・玲紋

●祝福の音

 弥琴にとって、これが三度目のクリスマスであった。
 一昨年は、わがままを言って、ツリーを出してもらって、天辺につける星を飾らせてもらった。
 そんなことを思い出しながら、弥琴は、静かに待っていた。
 大学とアルバイトで遅くなっている、玲紋の帰りを気長に……。

 そういえばと、弥琴はまた、思い出す。
「玲が音大に進んだって聞いた時は、驚いたんだよね」
 趣味程度でなら弾けるとは言ってたけど、まさかその道に進むなんて。
 そのまま考えを巡らせて。
「あっ……」
 あることに思い至った。

 かちゃんと、鍵が回される音が響いた。
 どうやら玲紋が戻ってきたらしい。弥琴はすぐさま、玄関へ向かった。

「おかえり、玲」
「ただいま。まだ起きてたのか、ミコ」
「まだ寝る時間じゃないよ。そうだ、玲」
 弥琴が靴を脱ぐ玲紋に声をかけた。
「ん?」
「ピアノ聴かせて」
 実は今までずっと、はぐらかされて、一度も玲紋のピアノを聴かせてもらってなかった。
「今日はクリスマスだし、プレゼントの代わりってことで」
 既にもらったプレゼントを思い出したけれど、少しの期待を込めて、弥琴はおねだりしてみる。
「しょうがないな……」
 ふうっとため息混じりに玲紋が折れた。

 ピアノの音が部屋中に響く。
 始めは、物珍しそうに玲紋を見ていたが、途中から瞳を閉じて、その音楽に身を任せていた。
 優しい音色。それが心地よくて、嬉しくて。

「ほんとに弾けたんだね」
 曲が終わったところで、弥琴が口を開いた。
「これでも音大生だからな」
 くすりと笑みを浮かべる玲紋に、弥琴も笑みを浮かべる。ぱちぱちと拍手をした後、弥琴は。
「アンコール、今度は他の曲を聴きたいな」
 せっかくの機会だし、ね?
 そう言うかのように首をかしげて、弥琴はまたおねだり。
「はいはい、仰せのままに」
 玲紋は大げさに肩をすくめて、苦笑しながらそれを承諾した。

 紡がれる温かな旋律は。
 クリスマスの夜を。
 これから歩いていく道を、祝福するかのように響いていった。




イラストレーター名:蜜来満貴