●二人の記念日
それは、初めての経験だったから──。
霧也の家に招かれた蒼星は、予め地図を貰っていたにもかかわらず、迷子のプロを自認するだけのことはあり、案の定、さんざ迷った挙げ句の遅い到着となってしまった。
「仰山遅れて申し訳あらへん」
「いえ、こちらこそ、お呼び出ししてしまってすみませんでした」
開口一番、深く頭を下げて詫びる蒼星に、霧也は柔らかな笑顔を向けると、まずはあがって温かなお茶でもと、彼女を内へ招き入れた。
(「柾上はんって、本当にお坊ちゃんやったんや……」)
広い敷地に嘆息しつつ、やや遠慮がちに彼の後をついてゆく蒼星。
けれども部屋へ通されて、ともに薫りの良いお茶を愉しめば、その緊張は徐々にではあるが溶けてゆく。
しばし、他愛のない談笑。
頃合いを見計らい、霧也はゆるりと立ち上がると、蒼星を境内の散歩へと誘いだした。
「あちらに見えるのが本殿です。そしてこちらが……」
蒼星の手を取り、ひとつひとつ丁寧に説明しながら、ゆっくりと歩を進めてゆく霧也。
「あ、そういえば」
「はい?」
桟橋のやや手前、ふと、蒼星が何かを思い出したかのように立ち止まった。
「そういえば、うちに用事ってなんやの?」
その言葉に霧也はフッと微笑むと、そのまま彼女の手を引いて桟橋の中程へといざなった。
そして……。
「神社の境内でこういうのも変かもしれませんが……メリークリスマス、蒼星さん」
霧也は小さな包みを取り出すと、それを、そっと蒼星の手に握らせた。
「え? メリー!?」
動揺しつつ包みを解けば、そこには、御守りの銀の指輪。
突然のことに、蒼星はちょっとしたパニック状態に陥った。
「メリーってあれやろ? 日頃お世話になってる人や尊敬する人とかに……それが何でうちなん!? それに……」
こんな高価なものを貰っても、お返しできるものが何もないから……。
そう言って、申し訳なさそうに項垂れる蒼星に、霧也はこれは自分の一方的な好意だからと告げた。
けれど、もし叶うなら……。
「お返しに、唇を奪っても良いですか?」
「!?」
耳元で囁かれた言葉に、蒼星の顔が突如耳の端まで真っ赤に染まる。
「私は蒼星さんの事が好きです。蒼星さんが迷惑でなければ……その…恋人になっていただけませんか?」
「………」
蒼星は、緊張で言葉を紡ぎ出せなかった。けれど、紅潮したまま小さく頷くことで、彼の問いかけに答えを返した。
淡く触れ合い、緩やかに離れる唇。
「……うちじゃ等価交換にならんと思うよ。こんなうちの何処がええねんな……後悔するで」
「ふふ、後悔なんてしませんよ」
今だ頬を朱に染めたままでいる蒼星の頭を、微笑を浮かべた霧也が優しく撫でる。
今日は、記念日。
ふたりにとって、大切な日──。
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