豊科・焔 & 神苑・恵

●いつも通り(?)のクリスマス

「焔ちん、焔ちん〜」
 ソファーに身を委ねて読みかけだった文庫本を開いた焔は本から視線を外すと、推定自分を呼んでいる恵へと視線を向けた。
「……あいつは今度しばいておこう」
 何をしているかだけを一瞥し、呟きながら文庫本へと視線を戻す。
「も〜、何で無視するかな?」
 もっとも読書に集中できたのは、不満げな声をあげた恵がソファーを軋ませてすぐ横に座ってくるまでだったが。
「別に無視はしていない」
 とりあえず不満そうな彼女に答えた焔にしてみれば、まずは昼間に突然ミニスカサンタの格好をして「メリークリスマース♪」などと言いながらずかずか部屋に入ってきて勝手に部屋を装飾された事。
「ミニスカサンタは男の浪漫って疾風ちんが言ってたもん!」
 そのまま夕食の買い物に連れ出されて鳥の丸焼きやら高級食材やらを買わされた事。
「だって、美味しそうだったんだもん!」
 しかもその調理を全部自分がやった事。
「焔ちんの料理って美味しいし〜」
 ともあれ、読書に限らず自分の時間を丸ごと持って行かれたのだ。まぁ、文句を並べ立てながらも焔は満更嫌ではなかったのだが、一応本の内容も気にはなる。
「ね〜焔ちん、それ何て本〜?」
 が、文庫本を見ようとすると恵がじゃれてきて。出た結論は、読書は暫くお預けにした方が良いと言うことだった。まぁ、彼女と同じ部屋で過ごしているのだから、仕方ないと言えば仕方ないかも知れない。ただ、引っかかるのは。
「そもそも告白とかそういうイベントを経験した記憶が全くないのだが」
 つきあい始めてもう3年になるだろうか。恵に責任取ってと追いかけ回された記憶はある。が、そのきっかけは……。
「どうしたの、焔ちん?」
「……前々から言ってるが、その『焔ちん』って呼び方は何とかならんのか」
 そのまま回想に突入しかけた思考を引き戻されつつ、繰り出した抗議の声は報われたのか報われなかったのか。
「ん〜……じゃあ、キスしてくれたら変えてあげる」
 恵は一つ条件を出し。焔は先に呼び方の変更を要求する。
「普通に『焔君』でいいだろ」
「ぇー、何か普通〜。てっきり『ダーリン』とか『ご主人様』とかに変えるのかと思ったのに〜」
「わざわざ変わった呼び方する必要性を全く感じない」
 提示した呼称に、恵はどこか不満げな様子だったが、焔は抗議を一刀両断するとそっぽを向こうとして失敗した。服の裾を引かれたのだ。
「ねぇ、言う事聞いてあげたんだからキスぅ〜」
「……相変わらず恥ずかしい奴」
 まぁ、約束は約束。文句を言いつつも焔は自身の顔を恵の顔へと近づけて。
「「メリークリスマス」」
 言葉が交わされ、唇がそっと落ちた。
「……焔君の事が、好きです」
 解放された恵の唇から漏れた言葉は3年遅れの告白か。だが、それも良い。今日はクリスマスなのだから。




イラストレーター名:水名羽海