水瀬・桐花 & 神山・蒼

●『太るぞ・・・(苦笑)』『いーのっ!!』

「明日付き合って!!」
 それは突然の誘いだった。彼氏が居る桐花がクリスマスに自分を誘う。思わず振り返り、どういうことかと視線で問うた蒼にむくれた桐花が説明するに。彼氏がクリスマスだというのに会ってくれないのだという。
「おやすい御用だぜ」
 説明を聞いて首を縦に振ったのは蒼の軽い性格がさせたのか、もしくは行き先でケーキバイキングを実施中であるという情報が心を掴んだからか。ケーキバイキングならば美味しいプリンにありつけるかも知れない、美味しい珈琲にも。

「時間通りね」
「今来たところだけどな」
 翌日、待ち合わせ場所で顔を合わせた二人はカフェへと向かう。クリスマスだけあって、街は家族連れやカップルの姿が。時期柄、嫌でも目につくものだったが。
「うまいプリンがあるといいな」
 一応蒼は気を遣って、気を紛らわそうとする。ただ、気遣いが実んだかはわからない。後をついて行く格好の蒼からは桐花の顔が見えなかったのだから。
「着いたわ、ここよ」
 数分後、店の硝子越しに見える光景は甘い物好きにはたまらないものだった。
「いらっしゃませ」
 出迎える店員の声に迎えられ、二人は店のドアをくぐった。
「こちらが取り皿となります、どうぞごゆっくり」
 店員は二人を席に案内し、取り皿などを並べ去って行く。忙しいのだろう。
 クリスマスソングが流れる店内には二人の他に何組もの客がケーキに舌鼓を打ち、会話に花を咲かせていた。
「そんじゃ、取りに行くか……行くよな?」
 隣の席の会話が桐花を刺激しそうで、どこか急き立てるように蒼は声をかける。二人が席に戻ってくるのは数分後。
「どれも美味しそうね」
 桐花の皿に盛られたのは山のような量のケーキ。本来なら笑顔で言うべき台詞。甘いものが好きな桐花であれば尚更笑顔が似合いそうなものだが、残念ながらこれを笑顔と言うのは流石に嘘になるだろう。
「太るぞ……」
「いーのっ!!」
 苦笑を浮かべつつ口にしたお節介に不機嫌そうな声が返ってきて、不幸なケーキが感情の矛先とフォークの先を向けられた。
「せっかくのクリスマスなのに……」
 無論矛先はケーキだけでなく蒼にも向かってきて、スプーンを持つ手を止めて聞き手に専念する。蒼はただ桐花の愚痴を苦笑しながら聞きつつ、時折手元に視線を落とす。先ほどから美味しそうなプリンを前に手を出せずにいるのだ。一方で桐花は話す合間にケーキを口に運んでいる。
「……いいのかしら」
 愚痴に不安が混じり始めた頃、プリンはようやく半分ほど無くなっていたが、桐花の前にあったケーキの山も七割ほどが姿を消している。所謂やけ食いの結果がそれだった。
「桐花」
「何よ?」
 余計なことだとはわかっていた、だが。
「太るぞ……」
 大切なことなので二度言いました。もちろん、この気遣いが報われたかは二人しか知らない。




イラストレーター名:水槻いずみ