藤宮・千夏 & リヒテンシュタイン・ヴォルケルト

●† Nightmare after Christmas †

 しんしんと雪が降り積もる。
 青い薔薇に囲まれた西洋墓地もまた、天から舞い落ちる白に包み込まれてゆく。
 漆黒から舞い落ちる純白。
 それは、墓地に佇むサンタと神父……千夏とリヒテンシュタインにも、等しく降り注いでいた。

「トナカイは役目を終えたわ」
 青い薔薇を一輪手に取り、黒衣のサンタが言葉を紡ぐ。
「次は幸せな人生に生まれ変わってくれるといいんだけど……」
「そうか、トナカイは……逝ってしまったのか……」
 ダルメシアンの神父はトナカイの頭骨を手に取り、物悲しげな視線を空へと向けた。
 人々に美しい夢を届けるために、サンタとともに夜空を駆け続けたトナカイ。
 けれどクリスマスが終わってしまえば、トナカイの役目はもうなくなる。
 首を落とされ、肉を削がれたトナカイは、骨となった冷たい骸を晒すことしかできない。
「誰もが幸せな夢を見るクリスマスだけど、それは尊い犠牲の上に成り立っている「偽りの夢」だったのよ」
 まるで鎮魂歌でも唱うかのようにそう呟き、髪を掻き上げ青薔薇をクルクルと指先で弄ぶ千夏。
「そんな真実……知りたくもなかった」
 クリスマスの幸せな夢。
 しかし、夢の運び手を担うトナカイが、それを見ることを許されないだなんて。
 リヒテンシュタインは、頭骨を抱く両手に力を込めた。
「どうか、安らかに……」
 夜空を見つめ、ただ祈る。
 安らかに……。
 来世ではどうか、幸せに……。
 雪の降り続ける墓所で、厳かに捧げられる神父の祈り。
 しかしそれを、サンタの言葉が断ち切った。
「何を悠長な。貴方は来年のトナカイになるのよ」
 そう言って、切なげな視線をリヒテンシュタインへと向ける。
「……来年? ま、まさか、このトナカイは……」
「そのとおり。そして、この秘密を知ってしまったからには、もはや運命から逃れることはできないわ」
 さくり、さくり。
 千夏は真っ白な雪を踏みしめ、リヒテンシュタインへ近付くと、手にしていた青薔薇を彼の胸元へと挿した。
 その途端───。
「……まさか? うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
 リヒテンシュタインは、自らの叫び声で目を覚ました。
「夢……だと……?」
 見回せば、そこは見馴れたいつもの風景。
 雪も、墓石も、トナカイの骸も……あれ程までに存在を主張していた青薔薇すらも、どこにもない。
「そうか、夢か……」
 ほっと胸を撫で下ろし、椅子の背に身体を預けて天井を見上げる。
 するとその耳に、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「パーティの前だと言うのにうたた寝していたの? 仕方ないわね」
 現れたのは、黒衣のサンタなどではなく、正真正銘藤宮千夏。
 その姿に、リヒテンシュタインは再度胸を撫で下ろした。
 だが……。
「ねえ見て? 珍しいものを手に入れたわ。今夜はトナカイ・ステーキよ」
「!!!」

 彼の悪夢は、まだ続く………。




イラストレーター名:sinco