天鳴・遊司 & 岸納・春途

●そしてバスはまだ来ない。

 ふたりは賑やかな街の喧騒から少し離れた住宅街に設置されたバス停で、使い込まれて古びたベンチにのんびりと座ってバスが来るのを待っていた。
 遊司は週に数回ほど知人に頼まれ、小さなレストランで、古い流行歌や歌謡曲を歌っているのだが、クリスマスもまったく予定がなかったので、いつもと同じように歌う事になったようである。
「……寒っ」
 自動販売機で買ったお茶を飲み、春途が真っ白な息を吐く。
 ひさしぶりに、学校以外での外出。
 クリスマスはどうでもいいと思っていたが、美味しい夕食が食べられると言う事で、春途は迷う事なくついてきた。
「さ、寒い……」
 遊司が寒そうに身を強張らせ、マフラーを巻き直す。
 予定の時間を過ぎても、何故かバスが現れない。
(「そういえば、戦闘以外であいつの歌声を聴く事も最近、減ってきたな。この学園に来る前は、よく聴いていたはずなのに……」)
 何気なく彼女の横顔を眺め、春途がしみじみとした表情を浮かべる。
 いつも笑顔を浮かべているが、本当は受験で無理をしている可能性も捨て切れなかった。
「うひゃあ、バス遅いよ。どうしたんだろ! 一応、お店にメールはしたし、大丈夫だよね」
 携帯電話で時間を確認しながら、遊司がバス停の時刻表を確認する。
 だが、いくら時刻表を確認しても、バスが来る時間は過ぎていた。
「まぁ、そんなに焦る必要はないだろ。……まだ時間はある」
 ミニペットボトルに入ったお茶を飲み、春途がぼんやりとした表情でバスが来る方向を眺める。
「でも、春途君が来てくれてうれしいなぁ。お料理の参考になるといいけど……。歌うのは楽しいし、受験の息抜きしてもいいよね」
 春途から貰ったコーヒーを飲みながら、遊司がニコリと微笑んだ。
 それから、ふたりはテストや進路、レストランの美味しいご飯などについて話していたが、途中で遊司が眠ってしまったため、春途がボンヤリと空を眺める。
「……よく寝れるな、この寒さで。まっ、無理、すんなよ」
 そう言って春途がお茶をグィッと飲み干した。




イラストレーター名:アキ