●楽しい一日の終わり。そしてまた明日
クリスマスの商店街を、ルシアとブリギッタは2人並んで歩いていた。
夕暮れが進むにつれて街灯が灯り、飾られたイルミネーションが明滅をはじめる。その様子を見ながら「やっぱりクリスマスはこうじゃないと」とルシアは思う。
「ブリギッタさんのところのクリスマスは、もっと素朴なんですよね」
「そうですね。こんなに賑やかなクリスマスは日本に来て初めて知りました」
ルシアの問いに頷くブリギッタ。人狼騎士達は森を拠点としているから、こういったイルミネーションなどに触れる機会は多くなかったことだろう。でも、うちも似たようなものでしたとルシアは笑う。
「煌びやかなのはロンドンに出たときの話で、ウェールズの片田舎にある私の家じゃ、夜になっても周りは真っ暗。だからテレビで見る華やかなクリスマスに、ずっと憧れていたんです」
いつもと変わらない夜の闇、聞こえてくるのは羊の声だけ……それが、いつもだったのに。
今はこうして、憧れていたクリスマスを素敵な友達と一緒に過ごせている。
それは本当に嬉しいことで……まるで夢みたいだとルシアは思う。
「なら、もうちょっと見ていきましょうか。あっちの方とか」
「ええ、ぜひ」
まだ通っていない道を指して、そう言ってくれるブリギッタに、ルシアは心からの笑顔で頷いた。
クリスマスの街を楽しむうち、空には少しずつ夜の帳が下りていく。夕暮れの残滓は西の空に、僅かに茜色を残すだけ。
「ブリギッタさん。今日は一日、付き合ってくださってありがとうございました」
「いいえ。私も、とても楽しかったです!」
そろそろお別れの時間だと、お礼を言うルシアにブリギッタは笑う。彼女もそう感じてくれた事に、ルシアは更に笑みを深めながら、右手を差し出した。
「あ、はい」
最後に、握手。
その意図を汲んで、ブリギッタはその手を握る。
「……私達、友達ですよね?」
「え?」
不意にぽつりと口をついた言葉に、ブリギッタはきょとんとする。今更何を、と、そう言わんばかりの顔をする彼女に、慌てて「ごめんなさい、変なこと聞いちゃった」とルシアは苦笑する。
「それじゃあ、さようなら」
「はい。また明日!」
手を振るルシアに、ブリギッタも大きく振り返して駆けて行く。その背中が小さくなって街角の向こうに消えていくまで、ルシアはその場所でずっと、ずっと見送った。
クリスマスが過ぎれば、街にはいつもの風景が戻ってくる。
憧れの世界、夢の時間も、もうすぐ終わり。
まるで夢から醒めるかのように、イルミネーションもツリーも何もかも消えてしまうのだ。一晩で。
……でも、ルシアは知っている。
さっきまで隣にいたブリギッタは、決して夢なんかじゃないことを。
クリスマスが過ぎても、暗い夜を越えても……夢が醒めてしまっても。大切な彼女とはまた、会えるのだから。
「……また明日、ですね」
ブリギッタの言葉を噛み締めて。
いつしか、空に広がり始めた星を見上げながら、ルシアはゆっくり家路についた。
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