●嬉しくて
ふたりはクリスマスが楽しみだった。
千織は珱にケーキを食べてもらえる事。
そして、珱は千織のケーキを食べる事が出来るから……。
その事を考えるだけで、ふたりは嬉しい気持ちになり、自然と心が弾んできた。
……クリスマス当日。
ふたりは向かい合うようにして席に座り、千織の作ったクリームホールケーキを食べている。
「やっぱり、千織さんのケーキは美味しいですね」
彼女が作ったケーキを食べながら、珱が幸せそうな表情を浮かべた。
今日こそは彼女を呼び捨てようと思っていたのだが、なかなかキッカケを掴めず、言い出すタイミングが掴めない。
「はい、あーん」
カットされたケーキを小皿に乗せ、千織が楽しそうな笑みを浮かべ、珱に食べさせようとして口まで運ぶ。
「……ちょっと恥ずかしいな」
苦笑いを浮かべながら、珱が困った様子で汗を流す。
彼女からケーキを食べさせてもらう事は嬉しいが、何の心構えもないうちから、ケーキを口元まで運ばれても、まったく対応する事が出来ない。
「まさか、ボクのケーキを食べてくれないって事はないよね?」
含みのある笑みを浮かべ、千織がジリジリと迫っていく。
(「こ、断れない……」)
この状況で首を横に触れるわけがない。
最終的には珱が折れる形となり、千織からケーキを食べさせてもらう。
……何とも言えない負けた気分が珱の心を包む。
(「こ、このまま終わらせるわけには……」)
自分自身に気合を入れ、珱が心の中に留めておいた言葉を、えっちらおっちらと口元まで運んでいく。
「お、お、美味しかったですよ……千織……」
……これが限界。
本当はきりりっとクールな表情を浮かべて、彼女に言うべきだったのかも知れないが、それでも自分なりに頑張った……方だと思う。
その証拠に千織が少し驚いた表情を浮かべており、珱の顔をマジマジと見つめている。
そのため、ふたりがクスクスと笑い、ほんわかとした雰囲気に包まれた。
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