黒羽・霧亜 & 黒楼・斬夜

●蜜と唾

 クリスマスの夜、霧亜と斬夜は家でのんびりと過ごしていた。  ソファでひとり待っていた霧亜は、キッチンの方を見る。さっきまで隣にいた斬夜は、今そっちで何かをやっているようだ。何をしているのか見に行こうと思ったその時。
「じゃじゃ〜ん!」
 と、楽しそうに斬夜がキッチンから出てくる。傾けないように気を付けつつ斬夜が持ってきたのは小さな苺のケーキだった。
「どこで買った」
「失礼なこと言わないでよー! アタシが作ったんだよ!」
 掃除洗濯などの他の家事は上手いくせに料理は苦手な斬夜が作ったものだと思えなくて、そのケーキが売り物だと直感的に思い霧亜は眉をひそめる。
「嘘をつくな。貴様がそんな普通のケーキを作れるわけがない」
 立ち上がって拳を握りキッパリと否定する霧亜の態度に思わず頬を膨らまさせて斬夜は怒る。
「今日のために、友達に教えてもらってたの!」
 そのまま強引に霧亜をソファーに座らせ、机に置いたケーキに包丁をいれる。苺とたっぷりのホイップクリームが綺麗な断面を見せる。少しスポンジのふくらみが足りないような気がするが、今までとは格段に違う普通に美味しそうなケーキだった。
「ほら、霧亜! あーん!」
 ケーキの一欠けらをフォークでとり、霧亜に差し出す。
(「きっと食べてくれないだろうなぁ」)
 冗談のつもりだった。自分の料理は本当に下手で、霧亜は滅多なことがない限り手料理を食べてくれない。その上、プライドも高いので斬夜の手を借りて食べることは、絶対にしない……筈だった。
 霧亜は無言でケーキを見つめた後、大人しくケーキをぱくりと食べる。斬夜は眼をぱちくりする。
「今日は素直だねえ……」
「別に……」
 びっくりしながらも嬉しそうな斬夜に霧亜はクールにこたえる。
「美味しい?」
 斬夜の問いに、霧亜はニヤリと笑うと、強引に斬夜の肩を抱き引き寄せた。斬夜が恋人の急な行動に驚くまもなく、口付けをされる。そのまま、口をこじ開けるように、舌とケーキが入ってきて……。口移しでケーキを食べさせられ、斬夜の顔は真っ赤だ。
「もー! 恥ずかしいよー!」
 急なキスに驚いて真っ赤な顔で霧亜の背中をぽかすか殴る斬夜と反対に、つんとした無表情で霧亜はそっぽを向いている。
「……美味かったか?」
 衝撃で味を感じていなかった斬夜だったが、一度意識すれば、口の中に広がるのは単純、かつ致命的な間違いの味。
「……砂糖と塩、間違えたみたい……」
 今度こそ上手くいったと思ったのに、甘いもの好きな恋人に変なモノを食べさせてしまった、とがっくりと肩を落とす斬夜の頭を無造作に霧亜は撫でる。
「まったく……来年は間違えるな、いいな」
 霧亜は口元を一見皮肉そうに歪める。でも斬夜は、その笑みに本当は皮肉なんて全然こもっていない事を知っていた。




イラストレーター名:Hisasi