●Thermodynamics
(「クリスマスのキラッキラしたイルミネーションや、人前でイチャコラやるのは柄じゃねぇやな、お互いに」)
苦笑いを浮かべながら、征十がアンジを連れて華やかな大通りを抜け出し、人気の少ない裏道へと入っていく。
その先にあるのは、馴染みの場所である寂れた高架下。
遠くの街からわずかに届くぼんやりとした光以外、何も明かりは存在していない。
「聖夜だってのにイルミネーションのイの字も無いけれど、やっぱ俺達には此処が落ち着くよな……」
ふたりで一緒にペンキで壁に大きなクリスマスツリーを描き、仮初めのメリークリスマス。
辺りには使い込まれた脚立や、ペンキが散乱しているが、ふたりにとっては、それすらもクリスマスの飾りつけになっていた。
「……クリスマスか」
ぼんやりと夜空を眺めながら、征十が真っ白な息を吐く。
それから、寒さのためか。
年に一度の特別な夜だったせいか。
はたまた、他に理由があったのか。
征十にも理由がよく分からなかったが、隣に居る恋人に触れたくて堪らなくなって、思わずアンジの太股に触れて口付けを落とす。
「な、何してんだよ……」
困惑した表情を浮かべ、アンジが恥ずかしそうに征十を睨む。
予想外の出来事にアンジは驚いていたが、別に嫌な気分ではなかったのか、顔が真っ赤になっている。
「……べ、別に、なんでも無ぇよ」
何故か拗ねたように答え、征十が僅かに上がる肌の温度を感じ、その熱に頬を寄せた。
「な、何でもないわけねぇだろ。……たく。今日だけだからな」
ここで喧嘩をするわけにもいかないので、アンジがふんと鼻を鳴らしてそっぽをむく。
本当は何か気の利いた事を言うべきだったのかも知れないが、ふたりとも素直な気持ちになれなかった。
それでも、お互いの気持ちが繋がっているので、いずれ素直になれる日が来るかもしれない。
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