宵凪・朔 & 九十九塚・灰那

●Warm memories 〜なんて事の無い、特別な日〜

 街が賑やかになるクリスマス。
 その日、灰那は朔に誘われて、彼女の部屋に来ていた。
 今、朔は灰那のためにとケーキを用意してくれている様子。
 ケーキへの期待に、この部屋に誘ってくれたということ。
 それが灰那を嬉しくさせていた。
(「思えばこうやって、この部屋で落ち着いて過ごすのは何度目か……」)
 そう思い、改めて部屋を見渡す。
 クリスマスだからか、可愛い飾りが部屋のいたるところに飾ってある。
 そして、小さくて可愛いツリーも用意されていた。
 気づけば、いつもいる猫もいない。
 二人っきり。
 その事に気づいたときであった。
「お、お待たせなんよ」
 朔がケーキを持ってやってきた。

 この日のために用意したケーキ。かなり頑張ったと思う。
 でも不安なのは……その味。喜んでくれるだろうか? 嫌な味になっていないだろうか?
 不安な気持ちのまま、ケーキは完成した。見た目はパーフェクト。後は相手が気に入るかどうか。
「お、お待たせなんよ」
 そわそわしながらも、心配そうに灰那を見つめる朔。
 切り分けてあげるも、やっぱりまだ不安で。
「そ、それじゃあ、いただきます」
 いつもと灰那の様子が違うのは、気のせいだろうか?
 ぱくんと一口食べる灰那に。
「お、美味しいんよ?」
 朔は恐る恐る尋ねた。

 顔色を窺う様子の朔。灰那の瞳には、朔の様子が、ちょっと不思議で可愛く映る。
 灰那は僅かに首をかしげて微笑んだ。
「美味しいですよ」
 その一言に朔は安心したかのような笑みを浮かべて、自分もケーキに手を伸ばす。
「いただきますなんよ」
 ケーキの甘さと喜んでくれたということ。それが嬉しくてたまらない。
 おしゃべりを楽しみながらのケーキは最高といってもいいだろう。
 それに、隣には大切な人がいる。
 幸せな時間。何をしゃべったのか、よく覚えていないくらい楽しくて。
 だからこそ、それに気づかなかった。

 最初に気づいたのは、灰那。朔の頬にクリームがついていたのだ。
「ついてますよ」
 何も考えなしに、灰那はそれを指ですくって取ってやる。
「うう、ありがとうなんよー」
 慌てながらも恥ずかしそうに朔は、頬のクリームを拭った。

(「きっと今、私は笑っていると思う」)
 灰那の思うとおり、その顔には笑顔が浮かび。
(「恋人さんになってから触れられる事は少し緊張もあるけど。こうして笑ってくれるなら幸せ」)
 それを見ている朔も嬉しそうに微笑んでいた。
 二人の甘い時間は、まだ始まったばかり。
 ケーキはまだ、二人の前にたくさん残っているのだから。




イラストレーター名:ことね壱花