●今は夜景なんか見なくていいだろ?
「高いところから眺める夜景って、きっと綺麗よ」
そう言ってツグミがデートのついでに、彰をデパートの屋上に連れ出した。
そこで彼女達を待っていたのは、見渡す限りに輝く雪のイルミネーション。
まるで宝石箱を引っくり返したように、街の明かりがキラキラと輝いていた。
その光景を眺めてツグミが子供のようにはしゃいでいるが、何故か彰はどうにもそこまで楽しくないらしく、浮かない様子で彼女に視線を送っている。
どうやら彰はふたりでゆっくりと聖夜を過ごしたかったらしく、夜景に好きな人を横取りされてしまったような気分になっていたため、少しだけ寂しい気分になっていたようだ。
もちろん、ツグミが悪いわけではないので、文句を言うわけにも行かないのだが、ただこうやって時間が過ぎていくのは、あまりにも悲しすぎる。
(「やっぱり、このままだと悔しいな」)
そう思った彰は、ちょっとだけツグミにいたずらを仕掛けて見る事にした。
「でも、やっぱりフェンスがちょっぴり邪魔になるわね」
と、愚痴るツグミ。
彰はツグミの背中にそっと近づき、彼女が被っていた帽のつばを前に倒す。
「こ、これじゃ、前が見えないわ」
急に前が見えなくなった事で驚くツグミ。
彰はそんな彼女が愛しく思い、後ろからぎゅっと抱きしめた。
「俺は夜景なんかより、ツグミといる時間の方が好きだな」
……その言葉に嘘は無い。
彰が心の中で思っていた事なのだから……。
「……意地悪なのね」
何処か寂しそうに呟くツグミ。
「イヤか」
『さすがにやり過ぎてしまったか』と反省する彰。
「……イヤじゃ、ないけど」
本音を言えば、夜景を見せてくれない事が少し不満だったりするのだが、ツグミもまんざらではない様子。
「だったら、このままでいいだろ……」
ツグミに優しく囁きながら、アキラが両腕に力を込める。
その間も街の明かりがふたりを見守るようにして、キラキラと美しい輝きを放っていた。
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