氷室・静夜

<ヨーロッパ人狼戦線2 侵攻開始!>


 地中海西部に浮かぶ、イタリア半島の西に位置するフランス領コルシカ島。
 「リル・ド・ボーテ(美の島)」という異名を持ち、ナポレオンの出身地としても知られたこの島は、日本の広島県と同程度の面積と、美しい景観を持つ。
 島の8割は2,500m級の急峻な山岳地帯に覆われ、面積に比して人口は少ない。
 そうした地形の中で、狭い平地に住居が密集している点は、ある意味で日本とも共通する部分があると言えたかも知れない。

 日本を発ってから十数時間を経て、能力者達はそれぞれのルートでコルシカ島東部の都市、ボルゴに到着していた。
 時刻は、現地時間で午前1時を回ったところ。
 深夜と呼ぶべき時間。出歩く人も、車の姿の数も少ない。
 それは、誰にとっても幸運な事だっただろう。
 これから始まる戦闘に巻き込まれるのは、能力者だけでいいのだから。

 ボルゴに集った能力者達の目には、コルシカ島の北の夜空に轟然とその姿を見せる、強大な魔力の渦が映っていた。
 世界結界の作用によって一般人の目に映ることのないこの渦こそ、メガリス『闘神の 独鈷杵』の代償として発生した破壊エネルギー、『闘神の渦』だ。
 現在も、渦の下では人狼十騎士の1人『清廉騎士カリスト』に率いられた人狼達が、世界結界破壊儀式を執り行っている。
 『闘神の渦』の力を利用して執り行われるこの儀式が完遂される時、ヨーロッパの世界結界は崩壊し、欧州全域からは人類の常識が失われてしまう事になる。

 既に、原初の吸血鬼率いる吸血鬼組織の勢力は、コルシカ島北部、サンフローランにおいて人狼十騎士『聖女アリス』率いる精鋭部隊との戦いを繰り広げている。
 人狼側と敵対しているとはいえ、原初の吸血鬼達も味方とはなりえない存在だ。
 彼らもまた、『闘神の渦』が秘めた膨大なエネルギーを狙っているのには変わりないのである。
 人狼側、吸血鬼側のいずれにも、『闘神の渦』を渡すわけにはいかない。
 そのためにも、まずは能力者達はコルシカ島北部一帯を勢力下においた人狼側の守りを打ち破らなくてはならない。

「作戦開始時間だ。これより、メガリスを破壊し『生命賛歌』を発動する!」
 コマンダー、氷室・静夜(蒼葬夜・b09744)の言葉に、メガリス『大帝の剣』が集まった能力者達の中央へと運ばれて来る。
 古代の魔法帝国マケドニアのアレキサンダー大帝が振るったと言われる一振りの剣。
 銀誓館学園の能力者達が初めて入手したメガリスであり、かつて一度破壊したこのメガリスは、メガリスゴーストの打倒によって、再び能力者達への元へと戻った。
 このメガリスが、今回の戦いで能力者達が『生命賛歌』を発動するために再び使用されるのだ。
「メガリスに集中しろ!!」
 静夜の言葉に、能力者達は、その意識と力を大帝の剣へと集中させた。
 見えざるその力は瞬く間に収束し、やがて巨大な力となっていく。
 やがてその力が限界まで高まり、剣の形は次第に失われ、その内から眩い光が迸る。
 夜闇を圧するように輝いた温かな光に能力者達が身を委ねた瞬間、能力者達の体の奥底から、偉大なる生命の賛歌が湧き上がる。
 銀誓館学園のメガリス破壊効果『生命賛歌』は、ここに顕現した。

「戦闘、開始!」

 能力者達の侵攻と時を同じくして、遠く、人狼側からも開戦を告げる号砲が鳴り響く。
 同時、人狼騎士達の放った弾丸が、闇夜を切り裂いて飛来する。
 詠唱兵器の回転動力炉が発する唸りが、能力者達がヨーロッパで経験する二度目の戦争の幕開けを告げた。