片桐・綾乃

<聖杯戦争 侵攻開始!>


 滋賀県の面積のおよそ6分の1を占める日本最大の湖、琵琶湖。
 現在、その湖面は凍り付いたかのように静止し、その中央には巨大な塔が湖面からそびえ立っていた。
 普通の人々には意識することすら出来ないこの塔こそが、リリスの君臨者たる『揺籠の君』の居城、『聖杯の塔』であった。
 神話に語られるバベルの塔を思わせる塔の内部は、むっとするような熱気で満たされている。
 我を忘れたかのように、一心不乱に絡み合う男女、そしてリリス達……。
 淫らの一語で表す他ない光景の中央にいるのは、錫の杯を掲げた揺籠の君だ。
 揺籠の君が手にする杯こそ、世界結界を修復することの出来るメガリス、『聖杯』だった。
 だが今、巡礼士達によって守り抜かれて来たメガリスは姦淫による汚れを帯びつつある。
 この姦淫の儀式が成就し、聖杯が穢されきった時、聖杯の性質は逆転し、修復の力は破壊の力へと逆用されるのだ。
 その力をもって世界結界に完全なる破壊をもたらすこと。それが、揺籠の君の狙いであった。

「ゆり姫様、『非実在の扉』と、私の『透明城壁』は万全です。何人たりとも、ゆり姫様の儀式を阻むことはできません」
 饗宴には加わらず、身を清め、巫女服に袖を通した女性、長城・万里は言い放つ。確かに、彼女の作り出したこの「静止した琵琶湖」という超絶の驚異を見れば、その言葉は当然と思えたが……。

「まりちゃんはまじめでかわいいですね。でも、わたしたちのせんそうにぜったいはありません」
 揺籠の君は、ゆったりと笑みを浮かべる。
 それはまるで周りの状況さえ無ければ、慈悲深き聖女のようと例えても良いものだっただろう。
「ぎんせいかんがくえんはさいごまであきらめない、どりょくとじょうねつにあふれたかっこいいひとたちです。ばびろんのけものをもってしてもしょうりつはふかくじつ。だからおもしろいのです」

 そして揺籠の君は、立ち上がり、静かに響き渡る声で宣言する。
「さあ、せいなるさかずきをけつえきとたんじゅうとせいえきとあいえきでけがし、せかいにしゅうまつをうがちましょう」
 背徳の宴に参加する者達は、彼女の言葉に興奮を一層高め、恍惚とした喜びの中へと己を飛び込ませていく。

 一方、聖杯を奪還するべく集った銀誓館学園の能力者達の姿は、琵琶湖の4方面にあった。
 揺籠の君に通じる4つの道は、いずれも『最悪の最悪(タルタロス)』の『ナイトメアビースト』達によって守られている。
 現実世界への侵攻を果たした来訪者ナイトメアと人間の融合体である彼等は、その力を用い、銀誓館学園の侵攻を阻止せんとしているのだ。
 堅固に守られた道を突破し、聖杯を奪還する。
 それが、能力者達に課された使命であった。
 また、敵の攻撃に晒されている巡礼士達、そして運命予報士、王子・団十郎も助けねばならない。

「では、始めましょう。これより、生命賛歌を発動しますわ」
 コマンダー、片桐・綾乃(猫を被った直情系お嬢様・b19717)の声と共に、能力者達の意志は一つに集中され、先日再び手に入ったばかりのメガリス、『さまよえる舵輪』が破壊される。
 それと共に湧き上がる力が、能力者達に生命賛歌の発動を伝えていく。
 先日起こった組織としての力の強化に伴い、生命賛歌の力もまた増している。
 戦争中に負った傷は、翌朝には完全に癒されるのだ。

 生命賛歌の発動を受け、能力者達は琵琶湖上に築かれた『透明城壁』への侵攻を開始する。
 咲き初めの山桜が見下ろす中で、世界の命運を賭けた能力者達の決戦はここに幕を開けた。