墨枝・宗司郎
●イベント企画部門
 学園祭のメインである結社企画。
 そのイベント企画部門の担当者として今回召集されたのは、1人の青年だった。
 墨枝・宗司郎。京都を守護する日本古来の能力者集団、『書道使い』の一員である。
 学園祭を巡り、各所の企画に顔を出していた彼は、時間を迎えて投票所に姿を現していた。
「さて、イベント企画部門では、どの企画に票が集まったか……」
 宗司郎に、集計結果が書かれた紙が手渡される。その内容を確認し、宗司郎は一つ頷いた。
「……なるほど。よし、では早速結果を告げに行くとしよう」

●第3位 ★*v::モラプラス::v*★
 宗司郎が入った教室の中は、衝立で幾つものブースに区切られていた。

『ミ◎`・ω・´◎ミノ』

 と書かれた衝立は、この教室を使っている結社が、紛れもなくモーラットを愛する者達の集う場であることを示している。
「モーラット秘密特殊部隊、か」
 一般生徒の眼にはヌイグルミを愛好する同好会とでも見えているのだろうか。などと疑問を抱きつつ、宗司郎はブースの一つを覗き込んだ。
 ブースの中には机と椅子が一つ。机の上に置かれているのは、
「【モラプラス】……」
 そう表紙に書かれた、一冊のゲームブックだった。
 このゲームブックを発表するのが、この企画の趣旨であるらしい。
「内容は『使役ゴーストとの学園生活と恋愛を楽しむ』……というものだったな」
 宗司郎の胸を、初日に訪問した際、ケットシーにフラれた挙句一人でイカ焼きを食べるエンディングを迎えた苦い思い出が去来する。
「もう一度やってみるか」
 宗司郎は席につき、1分もしないうちに立ち上がった。
「……ゲームは、苦手だ」
 またバッドエンドを迎えた彼に、この結社の団長である琴月・ほのり(鳳翼の詠媛・b12735)が声をかける。
「あ、書道使いの……ええと、やり直してもいいんですよ?」
「そうそう、短い時間で何度でもプレイして、色んなパターンを楽しむといいよ」
 来店していた蘭・蓮(空を亡くした闇色の鷹・b35362)が言う。そちらに頷き、宗司郎はほのりに問うた。
「このゲームブックを作ったのは、貴方か?」
「あ、ええと、団員のみんなで案を出して、お話を作ったんですよ。前夜祭気分でした♪」
「おめでとう。3位入賞だ」
 微笑む彼女に、宗司郎はそう告げるのだった。

 モラまん、モラッフルなどを売る休憩所に案内され、宗司郎は改めて客などを含めた人達の話を聞いていた。
「もうね、ミヤちゃん可愛いんだよ。1回気付いたらイカ焼き食べてたけど」
「ああ。それは知っている」
 柳瀬・和奈(てるてるむすめ・b39816)の言葉に頷く宗司郎。
 【モラプラス】はモーラット使いばかりではなく、他の使役ゴースト使いにも、人気を博しているようだった。一般客にもありえない設定ではあるが、ゲームブック自体を楽しんでもらえているらしい。
「皆でイベントを考えたりする準備も楽しかったし……出来上がったのを遊んでもやっぱり楽しかったよ♪ ……このゲームブックみたいに使役ゴーストも一緒に学園祭楽しめればいいのに……な」
 玉依・美琴(深淵を照らす陽光・b11621)がそっと微笑む。
「毎年遊びに来てるけど、いつも新しい発想ですげー楽しい!」
「ありがとうございます」
 神栖・真弥(クリムゾンロア・b39876)の言葉に、明るい笑顔を見せるほのり。
 こうした信頼感も、企画への来場者を増やす秘訣なのかも知れないと、宗司郎は感じていた。

●第2位 CKB48 シルバーマイン!
 [起動]せよ、詠唱つるはし!
 伝説の秘宝【黄金のちくわ】は、人類の敵に立ち向かう、たったひとつの希望なのだ

 トレジャーハンターの皆様、今年もようこそ
 ここ鎌倉銀山には、黄金のちくわが眠っている
 それを掘り当て、栄光を勝ち取るのは貴方だ!

 さぁ熱い想いを胸に、隠された財宝に挑もう!
                          〜CKB48 シルバーマイン!〜

 その教室の室内にあるのは、『鎌倉銀山』という設定のフィールドだ。
 内部にある48の探索地点のどこかに、『黄金のちくわ』が眠っている……。
 客はその地点の一つを選んで詠唱つるはしで掘り進み、『黄金のちくわ』を掘り当てるのだ。
「ちくわが無いと対抗できない人類の敵とは一体。そして銀山なのに『黄金のちくわ』とは……」
 つくづく理不尽な紹介文に、宗司郎は思わずツッコミを入れまくる。
 ちなみに、『CKB=ちくわ部』であるらしい。そして『48』とは、
「宝探しゲームの、探索地点の数……だった、はずなのだが」
 いつの間にか、探索地点は60個に増えていた。

 銀山というだけあり、昨日は能力者達を相手に詠唱銀を濃縮した銀塊や白銀属性の防具に始まり、秘宝にちなんでか『黄金のかまぼこ』『黄金の防具セット』なども発見されていたようだ。
 その一方で『48人分のステージ衣装』だの『チャイナ服』だの『総選挙用の衣装』や『下着』、そして『美少女フィギュア「た、ただのハズレなんだからねっ!」セット』だのといった代物も発掘され、訪れる客を困惑させていた。
 その傾向は、2日目となっても変わらず、『「ドキッ☆CKB48大運動会」スポーツウェア48着』、『白銀のちくわ』などが掘り出されている。

「どうやら詠唱銀などよりも、こういった内容の方が記憶に残っているようだなぁ」
 ファリューシング・アットホーン(宙翔る双頭の鷲の子・b57658)やユエ・ルノワール(月の詠・b81396)投票内容を思い出しつつ、宗司郎は店内に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ、冷たいお飲み物はいかがですか?」
 休憩スペースから声をかけて来るのは、団長である神無月・紫苑(追憶の唄・b80221)だ。
「貴方が団長殿かな。こちらの企画が、2位に入賞したので、その報告に伺った」
 宗司郎の言葉に、ブースにいた客達から感心するような声が上がる。

 紫苑のお勧めだという、『日溜まりの黒猫ケーキ』を食べながら、宗司郎はインタビューを行っていた。
「猫の形のビターチョコケーキに、スライスオレンジを添えて召し上がってください」
 宗司郎は、勧められるままにチョコケーキを口に運んだ。
 チョコの甘さと共に柑橘系の酸味が口の中に広がる。
 少し離れた席では、雲乗・風斗(ヴォームティンクラウド・b51535)が悩んている様子だった。永遠の証、エンゲージリングを何故か5個セットで掘り当ててしまったらしい。
 加えて、今日は花束も5個掘り当てたばかりらしく、メインイベントの進行を担当している姫野・息吹(温もりの黒猫・b09551)が彼の前に花束を置く。
「永遠が5個……そして花束も5個」
 苦悩する風斗をなるべく見ないようにしてやり、宗司郎は質問する。
「この企画は恒例だとか」
「ええ、そうなんです」
 紫苑が頷いた。
 羽杜・悠仁(鏡映宮・b13821)のように、毎年訪れてくれている客もいるという。商品が当たるということもさることながら、店員達の商品のチョイス、時々出て来る面白景品の内容も、訪問者を引き付ける魅力となっているのだろう。
「現段階ではまだちくわは出ていませんが、皆さんに楽しんでいただけたのなら幸いです」
「皆が楽しんでくれたなら、それが一番! 伝説の秘法より、嬉しいね」
 綾之瀬・キッカ(エンジェルマヌーヴァ・b05633)と息吹が笑顔で顔を見合わせる。
 こうした団員達の連帯感から生まれる対応の良さも、人気の秘密なのであろう。
「お邪魔します……面白そうですね。ちくわ、でるかな……」
 桜茶菓・口太朗(高校生水練忍者・b47758)が、黙々と一角を掘り始めるのと入れ替わりに、宗司郎はこの企画を後にするのだった。


●審査員特別賞 着ぐるミステリー◆事件の謎を解き明かせ!
 長崎県佐世保市に所在するマヨイガ結社、『文月探偵事務所』。
 団長である文月・裕也(朔夜の着ぐるみ探偵・b33412)が主導して出展した企画は、その名も
『着ぐるミステリー◆事件の謎を解き明かせ!』である。
 今、宗司郎の視線の先では、問題の団長が、企画名が書かれた看板を手に客引きをしていた。
「そこ行く名探偵のお兄さん、見て和み着て楽しい素敵アイテム着ぐるみと共に、事件の謎に挑んでみないか?」
 そう誘いをかける裕也本人も、当然ながらクロネコの着ぐるみ姿である。
 宗司郎に目をつけたのか、こちらに次第に近付いて来ながら裕也は言った。
「全く異なる三つの事件、どれに挑むかは選ぶ着ぐるみ次第! 目指せ、全ルート制覇!」
 アップになった着ぐるみの虚ろな目は、少し不気味だ。
 そんなことを考えながら、宗司郎は告げた。
「すまない、私は客ではなく、審査員特別賞の受賞を伝えに来たんだ」
 クロネコの首が取れ、裕也の顔が現れた。
「すまん、鋼鉄! 呼び込み代わってくれ!」
 彼の声に応じ、牛の着ぐるみを着た八幡・鋼鉄(心地よい住環境を貴方に・b80128)が部屋の中から現れる。

 室内には肝心のミステリーを楽しむことが出来るブースの他、休憩スペースも用意されていた。
 用意された椅子に、裕也と宗司郎は腰かける。
 裕也は先程と変わらぬ黒猫姿、そして宗司郎は白と青のペンギン姿だ。
「さっきも言ったけど、事件の最初に3つの着ぐるみの中からどれを選ぶかによって、起こる事件が変わるんだ」
 クロネコ裕也はそう説明した。ペンギンの着ぐるみも、その探偵役が選ぶ着ぐるみの一つだった。こうした着ぐるみを着て、ブースの先に進むことで、探偵役として事件を体感できるのだ。ペンギン探偵宗司郎が問う。
「今回のレイアウト、それに事件の内容などは、団長殿が主導してデザインしたとの事だが」
「それ誰から聞いたの? 照れるなぁ」
 ペンギンがクロネコにインタビューするというファンシーな光景に、来店していたムゲン・ワールド(愛に生きるナイトメア適合者・b80564)が口を挟んだ。
「まあ、僕はあっさり死んだけどね」
 彼は事件解決までの過程で犯人役に殺されゲームオーバーとなり、喫茶店で特に誰かと話すわけでもなくのんびりと過ごしていたようだ。
「私も一度死んだな……」
 ペンギン探偵宗司郎も苦笑して同意を示す。
 だが、葛木・一(ワイルドキッド・b59305)や志蔵・宇海(黎明の舞姫・b72900)、地祇谷・是空(訓練された一般生徒・b03968)、弘瀬・章人(真水練忍者・b09525)といった客達は、そうした難易度や展開もまた、魅力として捉えているようだった。
「もっとも注意すればゲームオーバーは無い。適切な難易度なのだろう」
「解けるまで、是非、何度でも挑戦して欲しいな」
 クロネコ裕也の言葉に、ペンギン宗司郎も頷いた。

●第1位 CANDY☆Halloween!
 宗司郎が最後に訪れたブースは、『CANDY☆Halloween!』。
 人の気配が多く感じられる薄暗い店内には、各所にハロウィンのシンボル、ジャックランタンが飾られ、行き交う店員達も、魔女や魔法使いのような恰好をしている。
 テーブルを彩るのは、蝙蝠の羽をかたどったテーブルクロス。
 紫とオレンジ、白と黒の4色の蝙蝠の羽を重ねたようなそれの上には、様々な顔をしたジャックランタンが並べられている。
 店内はカフェの一種でありながら、どこかお化け屋敷のような怪しい雰囲気だった。
「そして、夜にはラジオ放送も行う……か。なるほど、大した熱意だ」
 店外に立ち、宗司郎はそう呟く。

 訪れるのは、前日に続いて、これで2度目。
 1度目には気付かなかったが、店内のレイアウトやメニューの紹介は明らかに力が入っており、宗司郎を感心させた。
「しかし、このラジオは何なのだ……。私には、少々難しいな」
 携帯電話を操作し、聞いていたこの結社企画のラジオ放送の録音データを止める。
 投票の一つに添付されていたそれは、カイト・クレイドル(真イケメン人狼騎士・b37048)に霧咲・ジャック(太陽が眩しくて見えない・b68976) 、吉師・鴇継(長剣の魔獣戦士・b57118)達がトークをしているものだ。単にトークを録音したものが投げ込まれていたのだが、
「……しかし、日本語が乱れている番組だな」
 宗司郎は、トークをしているうちの2人が日本人でないことを知らない。

 店内に入ると、ひんやりとした空気が宗司郎を包んだ。
「いらっしゃいませ、まずはトリートキャンディかトリックキャンディを選んで下さいね!」
 団長である小鳥遊・陽太(おひさまといっしょ・b66965)が、自ら接客に出ている。
「いや、今日は客として来たのではないんだ。貴方が団長で良かったかな?」
「……あ、ちょっと待って下さい。すいません遙さん、ヴァン呼んで来て貰えますか?」
 何事か察した様子で言った陽太に頼まれ、鬼灯・遙(彩雲のサーブルダンサー・b46409)が店の奥に移動する。
「その様子だと、何の用か分かっているようだな」
「今回は、自信ありますですよ! もう一人の団員と一緒に、夜なべして頑張ったんです!」
 と、ヴァンパイア・ハロウィン(かぼちゃの花嫁・b42626)が連れられて来る。
 接客の真っ最中だったのか、カボチャオバケの仮装をした彼女に、
「おめでとう、イベント企画部門の優勝結社は、君達だ」
「やったね、ひなちゃん!」
「うん!」
 今回の企画を主導した陽太とヴァンパイアが、手を取り合って互いを祝福する。
 宗司郎の声を聞いた店員や客達も、揃って2人を祝福した。
「豊富なメニュー、提供の際の演出。そうした諸々が、客から素晴らしい評価を受けていたよ。何より、店員の皆の客を楽しませようという姿勢は絶賛されていた」
 宗司郎が、投票されていた内容をそう評する。
「ありがとう、みんな……!」
 2人が今年が卒業となるヴァンにとって、このイベント企画部門優勝は、高校生活最後の学園祭を飾る、良い記念となることだろう。

●鎌倉の夏の日は長く
 2011年の学園祭は、もう1時間もしないうち終わりを迎える。
 まだ日も落ちぬ中、校内では学園祭の終わりが近いことを告げるアナウンスが響いていた。
 宗司郎はその中を歩きながら、学生達の顔を見る。
「やはり、こうして青春を謳歌することが、彼らの力の源なのか……」
 それは、生命の輝きと呼べるもの。
 強大な力を持ちながら、しかし彼らは日常、その力を封じ、人々を守護しようとしている。
 そうした銀誓館学園の能力者達の姿は、宗司郎にとってとても眩しく見えた。
「そうだな。今更、迷うまでも無い」
 彼らとならば、共に歩んでいけるだろう。呟いて、宗司郎は新たな一歩を踏み出した。