辻村・崇

<伯爵戦争 侵攻開始!>


 銀誓館学園の能力者達は、畳敷きの大広間に集合していた。
 戦場となる札幌市から遠く離れた九州の空に浮かぶメガリス『マヨイガ』内の無限畳の間。
 ここに設置された幾つもの扉からは、銀誓館学園や世界各地の古民家……マヨイガ結社へと、瞬時に移動することが出来る。

 原初の吸血鬼『伯爵』は、直属の原初の吸血鬼たちを入れた『影の城』を体内から解放するという荒業によって、北海道札幌市を一気に制圧した。
 『影の城』の解放と共に生じた闇は札幌市を包みこみ、市への出入りは封じられた。
 銀誓館学園に唯一残された侵入手段は、メガリス『マヨイガ』と繋がるマヨイガ結社。
 先だって行われた偵察で、すすきのマヨイガ結社の能力者達が得た情報は、各ポジションでの作戦に反映されていた。

 だが、マヨイガ結社の能力者達による偵察の結果を受けてから短期間での作戦立案を終えたコマンダーたちは、一つの事実を問題として共有していた。
「結局ジハード勢との連絡はつかなかったね……」
 辻村・崇が呟く。
 長年に渡って欧州で吸血鬼と戦って来た人狼騎士団や、メガリス『聖杯』や世界結界を巡って銀誓館学園と協力関係にあり、幾度も戦いを共にした巡礼士といった戦力は、この場にはいない。
 今の段階で、札幌市を占領した吸血鬼勢力を攻撃に向かうのは銀誓館学園だけだった。

 本来ならば、このマヨイガを通過して援軍に来ることが出来るはずの巡礼士や人狼騎士団は、その戦力をゴーストを駆逐するための大作戦『ジハード』につぎ込んでいる。
 問題はジハード勢がカンボジアのアンコール・ワット遺跡を発って以降、彼らとの連絡が取れていないことだった。
 今回の戦いのことを欧州のマヨイガ結社の者達を通じて欧州の人狼騎士団や巡礼士の本拠地の方に伝えたが、そちらからもジハード参加者との連絡は付かない状態らしい。
 銀誓館学園の方も、ジハードに同行していた理事長「矛城・晴恋菜」がメガリス「嫦娥の瓶」使用の代償のためにジハードから旅立ってしまったらしく、ジハードがどうしているのか、分からない状態だった。
 欧州で人狼騎士団と勢力を二分して来た吸血鬼、その最強存在である『伯爵』自らが出て来ての決戦を前に、銀誓館学園は単独での戦いを強いられるかたちとなっていたのである。

「アジア圏を移動中のジハードとの連絡途絶、ユーラシア大陸東部を通過して来た『伯爵』……」
 共通する要素はあるように思えるが、その点を追求するのは、少なくとも今ではない。
 一つ息をつくと、崇は皆に声をかけた。
「とにかく、やるしかないね。そろそろ始めようか!」

 何としても勝利を収めなければ、札幌市を吸血鬼の魔の手から救い出すことは出来ない。
 崇の号令と共に力が集中、メガリス「嫦娥の瓶」が砕け散る。
 『生命賛歌』が発動と共に温かな生命の力が体の中から溢れ出すのを感じながら、マヨイガ結社から雪の降り積もる札幌市に飛び出した能力者達は、白く染まった札幌の街を全力で駆け抜けていった。