寒さ厳しい2月のある日。結社『ねなしぐさ』の一角は甘ーい香りに包まれていた。大中小様々な大きさのボウル、ゴムべら、ステンレスのトレイにオーブンシート。そして甘い香りの元である、大量のチョコ! これらを調理場に運んだ七緒は期待に胸と胃袋を躍らせた。 「では皆さん! チョコ作っちゃいましょう!」 本命、義理、友チョコに逆チョコ、最近の流行では自分チョコというのもあるらしい。とにかく、楽しくチョコを作れて、それが美味しかったらもっといいんじゃないか……。そんな気持ちから始まった今回のチョコ作り。美味しければ少しくらい形が奇天烈でもきっと大丈夫。大事なのは楽しく作った思い出だ。
七緒はチョコの包装紙を剥しつつ湯煎用のお湯を沸かす。薄い銀紙を破れば、うっとりするような甘い香りが鼻をくすぐった。 「つまみ食いの誘惑なんかには負けません。負けませんとも!」 「こっちでは普通の作るんだ……」 既に誘惑に負けそうな七緒の横で、亮が湯煎に挑戦している。手作りチョコに苦い思い出でもあるのだろうか、何だか涙目になっているのは気のせいではあるまい。梓那はしっかりちゃっかり七緒が剥いたチョコをつまみ食いしているが、生クリームを持参してチョコを溶かす様子は真剣だ。 「美味くできっかなー?」 「……チョコ、減ってません?」 「き、気のせいです! そうだ、カップチョコの準備も……」 結局誘惑に負け、口元にチョコらしきものをつけた七緒に冷ややかな目線を送る亮。七緒は亮の気を逸らすように、沙羅のナッツを失敬してカップチョコの準備に勤しんだ。 「み、皆早いの……」 皆の作業を見ている沙羅は若干焦り気味だが、翼の型を見つけてチョコを流し込んでいる。砕いたナッツをあしらえば、可愛い翼の出来上がりだ。 「出来ましたっ! 誰か試食しませんか?」 一番乗りでチョコを冷やしていた静香が、トレイから少し微妙な茸チョコを取り出す。茸と薔薇の型、好きなもので作ったチョコは感慨もひとしおだ。 「試食……! 是非させてください!」 「オレにもちょーだい!」 「あ、俺もちょ……既になくなりそうな勢い?」 さっと手を挙げた七緒と梓那が静香の試食用チョコをゲットするが、手を挙げかけた亮は二人のがっつきぶりに思わず遠慮してしまう。七緒も亮の一言ではっと我に返った。 「むぐ……す、すみません」
さて、皆大きな失敗もなくチョコを完成させたようだ。皆の表情は満足げだったが、ここで一つ問題が。 「後片付けのことも考えておけばよかった……」 ボウルに固まった残りのチョコ、大量の銀紙、ナッツの欠片……。調理場がちょっとしたカオスになっている。 「後悔先に立たずとはこのことなのですね……」 脱兎の如く後片付けから逃げ出した団員をぐったり見送り、七緒はしょんぼりとボウルを洗い始める。目を瞑れば甘く幸せな香りがたっぷり残っているだけに、物悲しさは余計募るのであった……。
【マスター候補生:深町壬子】
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