「アテンション! 今回のミッションの説明を行う」 響き渡る一成の号令に、室内から声が消えた。 辺りに張り詰める謎の緊迫感。それを打ち破らんばかりに続く一成……否、軍曹からの激励。 すっかり恒例となりつつある勉強会の開幕である。 「き、気合の入り様が尋常じゃねぇ……!」 一成から目を逸らし、教科書に隠れる大河が戦きながら呟く。 「一成くんってこの期間中は凄くイキイキしてるよね」 その隣でにこにこと微笑むクロランタが、卒業生を偽装していたみるの腕を取る。 がたがたと組み合わされる机に広がる様々な教科書。 ある生徒は得意な科目から片付けようと教科書を開き、ある生徒は教科書を開くも二秒で眠りに落ち、卒業生は応援とテスト勉強の手伝いに回る。 緊迫感の中にも、和やかな雰囲気が現れ始めた頃だった。 「ふぁあああ」 大きな欠伸をする数馬の手元に、白いカップがそっと置かれた。 「はい、数馬さ、ん……っ」 紅茶を差し出すユマが、言葉の終わりに硬直する。 「わーい、お茶お茶」 数馬がテキストを閉じ、カップへと手を伸ばすと共に、彼女は素早い動きで身を翻すと、お盆を胸に抱き駆け出した。 「――さん!? さ……ああっ、ユマさん待て、待てっ」 遅れて、恋人の発言に気が付いた数馬が椅子を倒さんばかりに立ち上がり、追いかける。 ぽつんと残されたのはユマの主人であるイアハムだ。 「あの、主人にも……」 無情にも飲み物を求めるイアハムの声は、恋人同士の様子に和む声によって掻き消されてしまう。 イアハムが肩を落としかけた時、廊下から数馬の声が聞こえた。 「パパンにもお茶、入れてあげてッ!」 「――だぁれがパパンだがねゴルァ!」 逃げるチャンス、と瞳を輝かせたのが悪かったのか、勢い良く戸口へ向かおうとしたイアハムをユーディットの足が阻む。 そこに『いちごモード』になり愛らしい声で立ちふさがる一成。 鉄壁の防衛ラインに、イアハムは床に突っ伏した。 「イヤンイヤン表でて外の空気吸うだがよー!」 「い、イアハムさん、がんばろーね!」 机へと引き戻され、大きな体を小さく丸めて泣き出すイアハムに陽がエールを送る。 そのエールに珠音が続いた。 「団長! あたしがお茶入れてあげるの〜」 置かれたカップで揺れるのは、飲み物を通り越して半固形体へと進化した緑の物体だ。 「イアハム氏、頑張ろうか」 ユーディットが教科書を積み重ねる。 「大丈夫、イアハム先輩ならデキマスッ!」 くくく、と怪しく笑う一成は、イアハムの肩を叩くと自分の席に戻って行った。 自分の勉強を進めながらも監視の目は緩めないだろう。 絶体絶命。四面楚歌。周囲がそんな言葉を思い浮かべる瞬間。 「い、イヤァアアァァ!」 響き渡る二度目の雄たけび……ではなく悲鳴。 この日の努力はテスト結果となって面々に安堵を届けることになるのだった。
……中にはメイドの手によってお仕置きされた者もいたが。
【マスター候補生:雅姫】
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