<リプレイ>
●厳寒たる窟(いわや) 吐く息が、白い。 この洞窟はまるで真冬だ。細身の刃で切られるように、寒さが肌にしみこんでくる。壁面という壁面はむきだしの硝子(がらす)、ゴツゴツと不規則な表面は冷たくて、弱い光を多方面に反射する。 蒼翠弓・ハジ(a26881)は覆面を引き上げた。体にはマント、手にはよくなじんだ革手袋、素肌は極力ださない。硝子から身を守るための装備であったが、同時に防寒の役目も果たしていた。 「そろそろですね」 ハジがいうと、桐一葉・ルカ(a05427)は軽くうなずいた。 「ああ。話が正確なら、このあたりだろうな」 ルカが指しているのは、研究者たちが襲われた場所のことだ。恐慌状態で逃げた人間から聞き取ったことだから、どこまで正しいかはわからないが。 「じゃあ準備に取りかかろう」 といったのは、この身と心を総て君に捧げよう・ニオス(a04450)である。漫ろ雨・ルキ(a08504)がかれに近づき、 「見える?」 とホーリーライトをあてた。ほとんどが硝子でおおわれた洞窟だ。土の場所を探すには少々手間どったが、そこから無事、土塊の下僕が姿をあらわす。ニオスは目にかかる前髪をはらって、もう一体下僕を召喚した。ルキが、 「たのんだわね」 と、それぞれの下僕に灯りをもたせる。 仰望清夜・イーヴ(a14619)は仲間たちに呼びかける。 「さて、ふたつの灯火(ともしび)についていくとしましょうか?」 イーヴは両手をあわせ、そっと吐息であたためた。マントと帽子でずいぶんと暖気はとれたが、指先の痺ればかりはどうしようもない。 戦術魔法士・レイオット(a19271)は寒さのあまり、自身を抱くように腕をさする。厚い鎧ならまだしも、聖衣だけというのはこの底冷えにはこたえた……ここは無理をせず、鎧聖降臨で防寒着をつくっておくとしよう。レイオットは思う。 (「学術的価値をどうこういうが、結局、私利私欲で杯を手に入れようとする学者。硝子の城を作り出し、積極的に人を襲おうとはしない騎士。…さて、どっちの方が化け物なんだろうな…?」) そう考えはじめると少々気が重くなる。だが依頼は果たす、それが冒険者としての自分だと気を取り直す。 一行は、なるだけ音をたてないよう、土塊の下僕たちについてゆく。 爆煙の魔女・リオ(a27853)は、歩きながら想像の翼をはためかせていた。 「硝子の騎士……かぁ、なんか話だけだとロマンティックなんだけどねぇ……」 騎士、心ときめく言葉ではないか。リオはカンテラをそっともちあげ、ゆくての光景に目をやる。それにしても寒い、防寒着を用意してこなかったリオは小さなくしゃみをした。 「どうぞ」 そんなリオに微笑みかけ、彼女の鎧に手をふれたのはイーヴだった。 「暖かいだけじゃなく防御力も高い、イーヴ特製コート、ってね」 たちまちリオの鎧は、イーヴがいったとおりのものに変化した。イーヴは、どういたしまして、と一礼すると、同じく防寒装備を忘れた 桜花乃夢・カヅキ(a31571)にも鎧聖降臨をほどこす。剣をもたぬ聖職者のイーヴだけれど、「女性に親切」という意味で、かれも立派な騎士道の体現者なのであった。
見えるのは、どこまでも鈍く輝く硝子、そして闇。弱々しい灯りとともに、土塊の下僕が進むのが確認できた。逆にいえば動くものは、ただそれだけしか目に入らない。
どれほど歩いただろうか。それほどの時間ではないはずだが、寒く寂しい行程は、ひどく長く感じられた。 そんなときふいに、カヅキがリオの袖を引いた。 「すごーい」 カヅキは思わず声をもらしていた。闇の中ふと浮かび上がったのは、透きとおる銀の宮殿……まさしく玻璃(はり)の城だった。
●玻璃の城、玻璃の騎士 「いらしゃいましてよ」 蒼の奏剣・セレネ(a35779)は前方に、雷光のようなものを確認した。光の中下僕が、まっぷたつになるところも。すぐにセレネは鎧聖降臨をつかい、防寒着を手甲・脚甲へと変える。 ニオスはすぐに判断をくだす。 「雷光か、やつは俺の敵だな」 槍を持った盾の騎士とみてまちがいない。ニオスはかけだした。バッドラックシュートを当てるには少し距離がある。泡灰・フィシレナ(a35812)もつづいた。 「……うふふ、硝子の騎士様はね、フィシィのためにバラバラになってくれるの」 フィシレナの長い髪がなびく。厚い靴のおかげで走るのに不自由はない。硝子の騎士はどんな欠片(かけら)となって、彼女を歓ばせてくれるのだろう? 距離があるとき強いのは牙狩人、ハジは弓をひきしぼる。 断罪の剣・カズキ(a19185)も追わんとして、ふと動きを止めた。 「――なんだ?」 不意うちされないよう警戒してきたカズキ、かれの神経の糸に、なにか不吉な「気配」が触れたのだ。 「背後(うしろ)……いや、ちがう」 寒いのに額に汗が浮かぶ。黒い海につかっているような悪寒がはしる。待ち伏せか? いずこからか殺気のようなものを感じる。前でもない、背後でもない。とすれば……カズキとルキの目があった。ルキも同じものを感じているらしい。 「しまった」 ルキは気づいた。慌ててホーリーライトを消し仲間に呼びかけようとするも、遅い。 カズキは叫ぶ。 「カンテラを棄てろ、頭上(うえ)だ!」 カズキの気づくのが数コンマ秒遅れていれば、もしくは、その鎧にイーヴの鎧聖降臨がかかっていなければ、リオは最初の一撃で死んでいたかもしれない。 頭上からまっすぐに落下してきた剣が、リオの背を激しく打った。カズキが体当たりし、むき出しの首をそらせてくれたのが幸いだった。リオはか細い叫びをあげ硝子の地に倒れる。 いくら音を立てず歩こうとも、深い暗黒のなか灯りをもって歩くのは、どうぞ的(まと)にしてくださいといっているようなものではないか。敵は頭上の闇のなかにいた。弱いカンテラの灯しかない土塊の下僕たちは、陽動と看破された可能性がある。なにせそこからいくばくかの距離をおいて、いくつも強い灯りをもった集団(冒険者本隊)が近づいてきたのだから。 つづいて一行の真ん中に、羽根飾りをつけた騎士が飛び降りた。着地と同時に地面の硝子が砕け、細かい破片となって飛び散る。
●砕け散る 硝子の破片をものともせず、果敢に騎士に立ち向かう姿があった。ルカだ。 「上だったとはな、足音がしないはずだ」 いまは仲間の混乱を鎮めるのが先、ウェポン・オーバーロードやライクアフェザーをつかってはいれない。攻撃こそ最大の防御、ルカは激しく羽根飾りの騎士を攻める。 だがルカひとりではくいとめきれない。羽根飾りの騎士は翼をひろげるように、両手の剣で仲間たちを薙ぐ。攻撃はオーロラのごとく、軌跡に一瞬光をおびた。 騎士は味方の中央に飛び降りたのだ、現状の冒険者たちには前衛も後衛もない。等しく攻撃を浴びる。 ぐったりしたリオを抱いてイーヴは走る。この状況だ、自分に構ってはいられない。イーヴはあえて敵に無防備な背を向けた。 「……っ!」 リオをかばうことには成功したが、背を斬られイーヴの呼吸は一瞬とまる。 ――死ぬのかな、とイーヴは思った。恋人セロの横顔がかすかに脳裏に浮かんだ。 盾の騎士に向かった以外のメンバーは皆、かわしきれず大きな傷を負う。 「伊達や格好だけの騎士じゃないってことか、その戦闘本能には……敬意すら覚えるよ」 レイオットは肩口を押さえた。出血がひどい。だがまずはイーヴとイオを助けなければ。 セレネも、のけぞるほどの被害を負ったが倒れない。膝すらつかない。もちなおし、笑う! 「オーホホホホッ! わたくしと剣を交えるにはそれくらいの力量がありませんと!」 セレネはむしろ、敵の強さに士気を高めた。セレネにはダークネスクロークもついているのだ、そうそうやられるものではない。 「よろしくて!?」 そしてふりかざす巨大剣は、美しき凶器デストロイブレードとなる! セレネの一撃は、さしもの騎士とて防ぎきれない。キィンと甲高い音がした。ぱっと玻璃の雨が降る。セレネはいった。 「さあ、もっといい声で鳴いてくださいましね」
前方の騎士にむかったメンバーは、手はず通りの隊列を組んだ。 「…黒の禍つ火、身にまといて…力とせん!」 と、カヅキが黒炎覚醒をつかい、戦いの狼煙とする。 ゆくてはルキが、ふたたび灯したホーリーライトで照らしていた。 ニオスはバッドラックシュートを当て、さらに粘り蜘蛛糸で動きを封じようとする。 その後方からハジは狙いを定め、 「いくら盾が硬くたって、『貫き通す矢』は防げませんから」 闇色の矢を盾の騎士にはなつ。フィシレナは傍らで 「フィシィはバラバラ粉々なのがいいの」 と艶然と笑みつつ、貫き通す矢の二重奏をハジと演じるのだ。 一同を護る位置に立つのはカズキだ。 「貴様は全力をもって、俺が相手をする」 宣言し、可能な限りの間合いをとり白刃で騎士を牽制する。だが実質的に前衛をカズキ独りとしたのは、あまりにもかれへの負担が大きすぎはしなかったか。 「どうした? 掛かってこないのか……? その程度の攻撃では、俺を倒すことなどできんぞ……」 カズキは騎士を挑発しつづける、その甲斐あってすべての攻撃は、かれひとりに集中している。 騎士は硝子の槍を持つ手を、大きく斜め後方に下げた。そこに蜘蛛の糸がまきつく。ニオスの攻撃だ。 「なにをするつもりか知らないが、動けなくしてしまえば」 ニオスの声を聞き、好機とばかりにカズキは駆ける。カズキの剣がまとうのは「魔炎」と「魔氷」、キルドレッドブルーの与えた力だ。この一撃で終わらせてやろう! 「我が剣が直撃すれば、魔炎、魔氷が貴様を捕らえる。氷結の中で、ただ、滅びを待つがいい」 大きく踏みこんだその瞬間、硝子の騎士の腕から蜘蛛の糸がはじけとぶのが見えた! カウンター。 けっして油断したのではない。惜しむらくは攻撃陣に決定力がすくなく、騎士に余裕を与えたこと。 カズキの視界が上下逆さになる。
●瑠璃の杯、遠く 一行の防護壁たるカズキがはじき飛ばされた瞬間、隊列は瓦解した。 「しっかり!」 血を流すカズキの体をしっかりとかかえ、ひきずるようにしてカヅキは後退する。 ルキはカズキの脈を診ていった。 「命に別状はないわ、だけど……」 もう戦えない、とまでいう必要はないだろう。かれにいま必要なのは療養だ。 ハジは騎士の足元に炎の矢を撃ちこんだ。魔炎がゆれて硝子の体に反射していた。 「ルカさんたちと合流しましょう。挟撃されるかたちとなりますが、やむをえません……」 冷静なハジの口調だが、どこか口惜しさがあるのは否めない。 フィシレナはつぶやく。 「欠片が……」 きらきらとした騎士の体。なめらかなあの表面が微塵になれば、どれほど美しい光景になるだろうか。だがここは下がるしかない。 ニオスはしゃがみ、土塊の下僕を召喚する。召喚しながら後退する。後退しつつ召喚をくりかえす。 「この手は使いたくなかったが」
最初の一瞬で二人もメンバーを欠いたセレネらも、奮戦むなしく徐々に体力を奪われていった。 とくに消耗がはげしいのはルカだろう。満身創痍、いまや痛まない四肢はない。レイオットが懸命に回復させているが追いつかないようだ。 「俺は……まだ力不足かもしれん」 肩で息をするルカ、これまでの修行、冒険や戦いの日々が頭に浮かんでは消える。これほど辛い戦いはいつ以来だろう。雪原で幻女と戦ったときか…いや、青の鎧着た怪物のときか。体はいまにも倒れそうなのに、かれの思考は冷静だった。 「たとえ貴様に及ばずとも」 ルカは跳んだ。捨て鉢ではない、計算しての一撃。 直後 騎士の刀がルカの肩を貫いた。だが肉を切らせて骨を断つ。ルカのシャドウスラッシュは、音もなく騎士の左腕を打擲する。そこにひびが入っていることはとうに見抜いていた! 「この俺の矜持にかけてその左腕……もらい受ける!」 玻璃が粉と砕けて闇に降りそそいだ。 レイオットはこのスキを見逃さなかった。 「業火が行くぞ!」 緑の業火で羽の騎士の動きを縛った。そしてレイオットは、どうしてもいいたくなかったこの言葉を叫んでいた。 「撤退だ!」 騎士たちは追ってこなかった。 ニオスが召喚しつづけた土塊の下僕たちが、一斉に玻璃の城に向かったからだ。硝子の騎士たちは、瑠璃の杯を護りにいくのだろう。
帰路もまた、長い。 「…………」 フィシレナは口をきかない。 撤退する直前、わずかにふりかえった城に、なにか紅いものが光るように見えた。あれが瑠璃の杯だったのだろうか。 手を貸そうとするルキに、セレネはしずかに首を振った。 「ルキさんも疲れておいででしょう。ルカさんはわたくしが運びますわ」 セレネはルカの体をひとりで背負っているのだ。 「でも」 というルキに、セレネは笑って見せた。高飛車なふだんの彼女とはちがう、どこかおっとりした笑みだった。 「わたくしは嬉しいの、一緒に戦った戦友の鼓動を聞きつづけていられることが」 ルカの心音は、たしかに聞こえている。 イーヴはかすかに意識を取りもどしていた。 「セロ……いや、リオは……?」 かれに肩を貸すハジがいう。 「意識はまだ戻らないけど無事です」 イーヴの目の前では、リオがニオスにだきあげられ、お姫様のように眠っている。寝息は一定しており、すでに危険な状態は脱したように思えた。 「ん……」 このとき、リオが片眼をあけたのである。 「あれ……ボク……浮いてる……?」 リオはけげんな顔をした。自分をのぞきこんでいるカヅキの顔が、涙半分笑顔半分の様子だったからだ。 「どうしたの? あ、瑠璃の杯は……?」 リオは首を傾けて、ようやく痛みに顔をしかめた。同時に記憶もよみがえってくる。そんな彼女を安心させるように、ニオスは優しくいったのだった。 「たしかに杯は得られなかったけど……」 ニオスは首をめぐらせた。レイオットに肩を借りるカズキも、顔色は冴えないが息はある。 「命があるんだから、また挑戦すればいいさ。玻璃の城も騎士も、瑠璃の杯だって、逃げないだろ?」
(幕)

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参加者:11人
作成日:2006/04/14
得票数:戦闘13
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冒険結果:失敗…
重傷者:桐一葉・ルカ(a05427)
皆無・イーヴ(a14619)
断罪の剣・カズキ(a19185)
爆炎の魔女・リオ(a27853)
死亡者:なし
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