水中模索



<オープニング>


 指輪を、落してしまった。
 もう使われなくなった古い井戸。
 暗闇に飲まれたくすんだ指輪は、ぴちゃん、と微かな悲鳴をあげて、消えてしまった。

「よォ、しけた面してんな」
 賽の霊査士・アノニマスが冒険者達を一瞥して言う。
 実際冒険者達がどんな顔であろうと、彼は基本的にしけた面か景気の悪そうとか、そんな言葉しか使わないのである。
 聞き流す冒険者達を見、つまらなさそうに唇を尖らせるのも、最早恒例だ。
「てめえらに依頼だ。まあ、簡単っちゃー簡単だがな」

 アノニマスの説明によると、その村はアンデッドに襲われてしまったらしい。
 幸か不幸か、村人の避難は迅速で、事なきを得た。
 霊査ではしばらく村にアンデッドが留まる図が見えたという――いずれは去るとはいえ、村人達は今しばらく避難生活を続けねばなるまい。
 ただ、依頼人であるチィロはどうしてもすぐに村に戻らねばならぬ理由があった。
「大事な指輪を、避難する前に古井戸に落してしまったんです」
 チィロは赤茶色の髪を真っ直ぐに伸ばした少女だった。
「あの井戸が使われなくなった経緯というのが、井戸の横に何だか穴が開いてしまって。水量が一定を超えると、其処から水が流れていってしまうんです。私達の村は雨季という程ではありませんが、雨が続く時期になりつつあります。井戸の底に沈んでいるといっても、指輪程度なら流されてしまうかもしれません」
「……ってわけだ。村にはアンデッドが二十体ほどうろついてる。特に心配するほど強いわけでもねーが、油断はするなよ? 井戸の深さは六メートルってトコだな。幅的に二人以上は入っていけねぇだろう」
 一度言葉を切り、冒険者達を再び一瞥する。
「実はな、あんまり猶予はねぇ。お前らが急いで村に駆けつけたとして、既に雨が降ってるだろう。それも、二日目くらいだ。霊査で見た光景であって、天候は俺の専門外だから外れるかもしれねえが、指輪の確保は急いだ方がいい」
 皮肉にも井戸の水かさは例のウロのお陰で一メートルと半分程で済んでいる――
「よろしくお願いします」
 チィロは頭を下げる。赤茶色の髪が踊った。

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参加者
哭きの・カイエ(a14201)
仮想偶詠・ルミィ(a36245)
笑顔のヒーロー・リュウ(a36407)
大砲娘・ドミノ(a36487)
小さな探究者・シルス(a38751)
天地を裂く黒炎の重戦車・ナムール(a40973)
久遠の旅路を歩む者・フェイ(a41383)
見得ぬ天辺歩し犬士・ケンゾー(a45765)


<リプレイ>


 ある地域に入ってからぽつぽつと降り出した雨は穏やかだったが、時折雨粒が痛いほど強く叩き付けられる事があった。
 冒険者達にとっては些細な障害であったが、指輪が心配である。
 防水マントに当たる雨粒の音に、小さな探究者・シルス(a38751)は拳を握った。
 何があろうとも、完遂する――雨粒に負けぬよう彷徨える黒き旅人・フェイ(a41383)は前を見据えた。薄暗い先に今は道が続くばかり。

 彼らはふと、依頼人――チィロとのやりとりを思い出す。
「チィロさん、大事な指輪は必ず取り戻すから待っててね!」
 彼女と約束したのは、温和だが相手を勇気付けるような笑みを浮かべ、笑顔の剣士・リュウ(a36407)だったか。
 否、依頼を受けた時、既に皆そろって当然依頼を完遂すると決めている。
 チィロの大事な指輪が雨に流されないうちに。
 急がねば――冒険者達の走るペースが早くなった。

 ようやく村に着いたとき、雨は随分弱まっていた。
 しかし以前止む気配は無い――雨季ほどではないがこの時期に晴れ間を覗かせる事は稀なのだと、チィロは言っていた。息を整えながら、今度はアンデッドを警戒しつつ、井戸を探す。
「あ、あそこですよ。チィロさんから訊いた通りです」
「井戸はあっちにあるみたいだよー」
 小さな探究者・シルス(a38751)が地図と見比べ井戸を見つけると、大砲娘・ドミノ(a36487)が指差し皆を呼ぶ。
 一刻を争う事態、早く井戸にたどり着かねばとシルスは予めチィロに井戸の場所を確認しておいたのだ。
「お水、冷たいけど指輪見つけたらお姉ちゃん喜んでくれるの…。だから、頑張ってなの…」
 仮想偶詠・ルミィ(a36245)が哭きの・カイエ(a14201)と見得ぬ天辺目指せし犬士・ケンゾー(a45765)に荷物を渡す。
「任せとけ!」
 ケンゾーは胸を張ってルミィに応えた。

●井戸
「あ、ケンゾー殿、降りる時には縄を使い慎重に降りるんじゃぞ。水は冷たいじゃろうが気張って欲しいのじゃな゛ぁ〜ん」
 カイエから受け取ったロープを握るケンゾーに、天地を裂く黒炎の重戦車・ナムール(a40973)が確認の言葉をいくつか投げかける。
 其の間にも皆アンデッドを警戒し、構えている。
「わかってる、そっちも頼んだぜ」
「準備はできたなぁーんよ。ケンゾーちゃん、寒くなったら凍える前に言ってなぁーん」
 笑ってナムールに答えたケンゾーに、カイエが声をかけた。
 頷いて、軽く井戸の縁に足をかけ、彼は垂らしたロープをするすると降りていく。
 薄暗くも僅かに視界を助ける光が段々と弱まっていく。そこでケンゾーはホーリーライトを使って、光をともす。
 うわ、と彼は思わず声を洩らす。
 ホーリーライトの明かりは、狭い井戸の中では眩しいほどだった。
 暗いよりは大分マシだが、視界に影響を与えそうではある。明かりの色を橙あたりに変えれば、差し込む光は和らいだかもしれないが。
 更に運の悪い事に、ケンゾーが井戸を降りていくにつれて雨が強まっていったのだ。
 井戸を覗きこむカイエは彼の名を呼びかける。
 作業は簡単には終わらなさそうだ。

 井戸の外で待つ者たちも雨脚が遠ざかる気配が無いどころか、強まってくる雨に不安を感じていた。
 しかし、彼らには別の仕事があった。
 井戸にたどり着き一連の仕事を終えた直後を狙い済ましたかのように、肉の崩れ落ち腐敗の進んだ人型のものたちが姿を現し、冒険者達に襲い掛かってきたのだ。
「大砲娘ドミノ、ばばーんと参上♪ なんで村にたむろしてるか知らないけど、あたしがけちょんけちょんにしてやるー」
 指差し言って、決め台詞とともに慈悲の聖槍をアンデッド達に叩きつける。
「どみの・すとらーいくー!」
 其のたくましい戦いぶりを見て、かけそびれた言葉を飲み込みリュウが笑う。
「ドミノさん、ナムールさん、後衛に敵を行かせない様に頑張ろうね!」
「黄泉へ追い返してやるわいな゛ぁ〜ん」
 独特の低い声が迫力を増した。

 井戸の中、ケンゾーは眩しさにもようやく慣れてきた。
 水の中に半身が浸ったあたりで、一度止まる。
「うっへー、さみー……うう、さっさと探して上がるぜ!」
 軽く身震いして、彼はウロを探しはじめる。それはすぐに見つかった。確かに深い穴が開いている。何かが突き破ったのだろうか。
 一瞬思うも、思案に暮れる性でもないし、暇も無い。ざっと指輪が流れ出していない事を確認すると、彼は腕に巻きつけておいた布を解き、ウロに詰め込む。
 だが予想よりも大きな穴に、布は気休めであるように感じられた。
 何より今の雨量を考えると、ウロを封じた状態ではいずれ水かさが増してしまう。
 現在にしたって彼の身長では――無論底を探すとなれば意味が無いのだが――顔の半分が出せるか出せないかの水量なのだ。
「ケンゾーちゃん、大丈夫なぁ〜ん? 水掻き出すなぁ〜ん?」
「頼むぜ!」
 頭上から降ってくるカイエの声に、ケンゾーは両手を振った。
 そしてザルを持つと大きく息を吸って息を止め、水の中へ飛び込んだ。

●指輪
 前には出ないようにしていたルミィだが、自分やケンゾーの手伝いをしているカイエを庇って戦っている者たちをほうっておく事はできない。
 格下相手であろうと怪我をしないということはない。彼らを治癒すべく前へ前へと進めば自ずと、ルミィへ向かうアンデッドが現れる。
「そちらへは行かせません」
 シルスがルミィの前に立つ。
 暗闇の下に光が溢れ、アンデッド達に降り注ぐ。
「ここは生きる力を持った生者の世界。彷徨いし闇は、在るべき闇に帰ってください」
 静かに――しかししっかりとした意思を籠め、フェイがアンデッド達に告げる。
 腐肉を撒き散らしながら、飛び掛るアンデッドをかわし、ニードルスピアを降らせる。
「お前の相手はこっちだ!」
 後衛の方へとアンデッドが流れていく――というよりもそちらの方角に固まっていたのかもしれないが――のを見かねたリュウが、スーパースポットライトを使う。
 アンデッド達がそちらへ気を取られているところへ、
「な゛ぁあぁぁん!!」
 咆哮を上げながら、ナムールが武器を振るう。
 骨の砕ける音がして、アンデッドがばらばらに崩れた。

 ホーリーライトは自分の意思で消すことは出来ないし、自分の体から離れる事は無い。
 ゆえにこの場において、カンテラの何倍も役に立ったことだろう――もう少しだけ、光の調節をしていれば。尤も光を弱くしたりすることができるわけではないのだが。
 何にせよ、ケンゾーは文字通り手探りで指輪を探す事になる。井戸の底は土や泥が溜まっていて、指輪の姿は見当たらなかった。
 頭上ではカイエが水を掻き出しているが、作業自体はすべて水の中である。
 何度か掬い上げると、ホーリーライトの光を受けて何かが光った。
 はっとして、ケンゾーは水が汚れる事さえ忘れ、其の一帯の土ごとザルに掬った。
 硬質で小さな指輪が、ザルの中に在った。
「あったぜー!!」
 急いで水上に顔を浮かせ叫んだケンゾーの上に、バケツが落ちた。

「急だったから戻せなかったなぁーん。ケンゾーちゃんごめんなぁーん」
 ヒーリングウェーブをかけながら、カイエはしゅんとして謝った。
「お風邪ひいたら大変なの……」
 ルミィが毛布を彼に渡す。
「火も起しておいたよ。ちゃんと暖まってね?」
 暖炉の前に居たドミノがケンゾーを暖炉へと押した。
 とはいえど、彼女達も皆、雨に打たれ続けていた訳で、体が冷えていた事に変わりはない。
 皆で暖炉を囲むところに香ばしい香りが届く。
「みんなお疲れ様〜。暖かいコーヒーはいかが?」
 リュウがポットをもって、黒い液体を注いだ。
 流石にこの濡れ鼠で民家を借りるのは憚られたが「もし入用ならウチを使ってください。あるものは何でも使っていただいて結構ですから」とチィロがシルスに井戸の場所を問うた時言ってくれたのだ。
「ふぅ、やれやれじゃわいな゛ぁ〜ん」
 一度温まってもまた雨の中を戻らねばならないという事に、緊張がある程度ほぐれた今は、少々ゲンナリしないでもなかった。

 酒場に戻りチィロに指輪を手渡すと、彼女は小さく悲鳴を上げて喜んだ。
 赤茶の髪が嬉しそうに揺れる。
 ふと、フェイが問いかける。其の指輪は、一体どんなものであるのかと。
 洗っていない所為ではなく若干薄く曇っている様な、指輪。宝石のひとつも無く彫刻も無い、デザインもぱっとしない、平凡な指輪だ。
 それを大事に握り締め、チィロはフェイに答える。
「これは、母から譲り受けた指輪です。母だけじゃなくて、祖母、その母からも、ずっと受け継がれているものなんです。子供が生まれた時に、その幸福と成長を願って、渡すものなのだと聴いています。特別な細工は何もないけれど……私にとっては何よりの宝物なんです」
 微笑むチィロの目の端の涙を見て、フェイは少し驚く。不謹慎な事を聞いてしまったのではないかと思い謝るも、チィロはぶんぶんと首を振って否定した。
「私が言うのもなんですが…その指輪大切にして上げてくださいね?」
「もう失くさねーよーにな!」
 彼女を宥めつつフェイが穏やかに笑う。そして、ケンゾーの声。
「本当に、ありがとうございました!」
 冒険者達の背に隠れながら、そんなチィロを見たルミィは心の奥が安堵するのを憶えた。

「幸せになって欲しいもんじゃな゛ぁ〜ん」
 そんな彼女の今後を、ナムールは感慨深げに思った時、ぐうう、という低い音が腹の方からした。
「……腹が減ったのぅな゛ぁ〜ん」
「…くっしょん!…」
 また別のところではフェイがくしゃみをした。
 ――まだ肌寒い、春の事であった。


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