西方国境警戒令 〜還れざる魂の咆哮〜



<オープニング>


 その二体のモンスターを見つけたのは、混沌の哀天使・セーラ(a20667)ら一行だった。

 たとえ既に寂れ、朽ちていたとしても、やはり人の暮していた場所には気配が残るのだろうか。それとも、命を狩る狂い壊れた本能が「獲物」のいそうな場所を感じ、選んだのか。
 宙に浮いた二つの頭は、濁った瞳に憎悪を宿して誰もいない村を睥睨する。
 炎と氷を纏ってゆらゆらと漂うそれは、敢えて喩えるならば獅子に似ていた。
 赤く爛れた獣の顔と、凍傷で白く崩れた獣の顔。どちらの面もアンデッドのように腐食し、露出した脊椎は白い尾のよう。
 しかし、あくまで似たような姿であるというだけで、これはアンデッドではない。かれらは――最早かれら、と呼ぶ事さえ正しいのか分からないそれは、モンスターであった。

 獣達の目が、生者の姿を捉えて細められる。
 空気が突然とろりと濁ったような、重苦しい感覚が冒険者達を襲った。
「気をつけて、来……!」
 誰かが警告し終わる前に、種類の違う2つの痛みが齎される。
 炎纏う獅子が鬣を震わせ、針に似た力の具現が降り注ぐ――炎の針は突き刺さった場所から広がり、数人の肌を舐める様に焼いた。
 氷纏う獅子が腐れた口を開き、地の底から響くような咆哮を上げる――叫びは見えない力となって肌を裂き、まともに受けた数人の心から漣のように力が引いていく。
 ――これは怨みの、憾みの声だ。心を引き裂き勇気を啜る、遠い冥府の呼び声。
 更によく見れば二体は纏うもの、使う技こそ違えど、同じように素早かった。このままモタモタしていたら、またすぐに追い討ちをかけられてしまうだろう。
 二度目の攻撃が届く前にと、セーラは仲間達を見回して静かに呟いた。
「……参りましょう」

 色ばかりは青く明るい空の下、武器を構える硬い音色が濁った空気を僅かに払う。
 戦いが、始まった。

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参加者
鉄芯・リジュ(a04411)
無影・ユーリグ(a20068)
天下無敵の爆裂拳士・パティ(a20549)
混沌の哀天使・セーラ(a20667)
前進する想い・キュオン(a26505)
狂獣・クルワ(a29566)
暁に舞う翼・ルブルム(a37233)
赤枝の騎士・セタンタ(a39514)


<リプレイ>

●双頭
 たとえば月明かりの夜であったなら、まだしも美しく見えたのかもしれない。
 凍った白い鬣が月光を受けて青く輝く様は神秘的であろうし、燃え立つ紅い鬣は夜の紺色の中でひときわ鮮やかだった事だろう。
 それに夜の薄闇の中であれば――腐れ爛れた凄惨な姿も、幾らかは紛れただろうに。

 天候は快晴、時刻は真昼。
 不愉快に重たく濁った気配に、己の体躯を凌ぐ大剣を手にした轟鋼瀑布・リジュ(a04411)は一つ舌打ちする。
「ふよふよ飛びやがってからに。男らしく降りてきて闘ったらどうだい」
 呟きながらもリジュはまず、無影・ユーリグ(a20068)に鎧聖降臨の加護を授けた。医術士のユーリグは回復の要でもある。リジュの与えた加護が防具に篭もるのを見て、ユーリグは感謝を込めて薄く笑んだ。
「……では、戦闘を開始します」
 次の瞬間に笑みは消え、男は黒炎を纏いながら心を凍らせて戦いに備える。
「フフン、ちょうど良いわ。今ムカついてた所だしボッコボコに八つ当たりさせて貰うわよっ!」
 敗戦の苦い記憶を思い出し、胸中に当時の苛立ちや怒りをも蘇らせていた天下無敵の爆裂拳士・パティ(a20549)が魔物を睨む。
 大人の頭ほどの高さに浮かぶ赤い獣首は、唸り声とも何ともつかぬ濁った音を立てて応えるように揺れた。殺意や怒気のように強い感情の気配は、理性を失ったものにも多少は通じるのだろうかとパティは思い、上等じゃないのと口の端を釣り上げる。憎悪を込めて悲痛に叫ぶいじけた魔物を倒すよりも、何であれ真っ向から挑んで来る相手と戦う方が面白い。
「あんまりはしゃぐんじゃないよ」
「分かってるってば!」
 パティと軽口を叩きながらリジュが授けた加護が、混沌の哀天使・セーラ(a20667)の防具にも守りの力を行き渡らせると、セーラは伏せがちの真紅の瞳をすうと開いた。同時に生じた黒い炎がセーラの身を這うように燃え上がる。
「…ここで、終わりに致しましょう…」
 黒い陽炎越しに揺れる獣首を見据えながら、セーラはゆるりと錫杖を構えた。

●紅炎
 本格的な戦闘が始まると同時に、空気を裂いて白い糸が飛んだ。
「ふらふら浮いていて目障りだ、糸に絡まって落ちてしまうがいい!」
 赤枝の騎士・セタンタ(a39514)が放った粘り蜘蛛糸である。
 宙に浮かぶ首に向けて放たれたそれは、あわよくば炎と氷、両方の拘束を狙っての行動だった。
「足止めっつっても、倒せそうならとっとと倒しちまうのが一番なんだろうがな」
 そうもいかないかと、蜘蛛の糸をくるりとターンして回避した魔物を見て狂獣・クルワ(a29566)は目を眇める。
 まずは二班に別れ、片方の班が獣首の一方――氷を纏う首を攻撃し、もう一班はそれが撃破されるまで、炎纏う首が逃走しないよう牽制し留める。これが今回、冒険者達が取った作戦である。
 クルワの言うように、倒せればそれが一番なのだろう。元々牽制よりは攻撃に向いたアビリティを有するパティは不敵に笑った。普通に倒すつもりで戦えばいい。こちらの班の主目的は、仲間が魔氷の首を倒し終えるまで魔炎の首を逃がさない事なのだから。
「…フ、機嫌悪い時に出会った事を後悔するが良いわ!」
「こいつでも喰らっときやがれ!」
 パティの鉄をも断つ蹴りが獣の腐れた肉を抉り、続いてクルワが剣を振り下ろす。上手く連携できてはいたが、クルワの振り下ろした剣は燃え盛る炎を切り裂いただけだった。
 ――オォォ、ン。
 獣は空中で苦しげに呻き、紅の針を降らせる。経験少なく、また術に対する防御も低かったクルワは、纏わりつく火に焼かれて小さく苦悶の声を漏らした。
 技量不足か、それとも詰めが甘かったか。眉を寄せるクルワの後ろから、セタンタの放った追尾の矢が獣の横面に突き刺さる。
 クルワの攻撃が作った隙を、セタンタは無にする事なく利用した。
 たとえ劇的な効果は齎せずとも、複数で戦う場合はこういった一手一手の行動は少なからず影響を及ぼすし、良くも悪くも積み重なって重要になる。セタンタは口の端を軽く上げて、目線だけで礼を言うクルワにひらりと手を振って答える。
「――剣閃導く癒しの霊光」
 ユーリグの声と共に、傷ついた仲間の肌に淡い光の波が触れ、傷を癒していく。
 こちらにも余裕は充分ある。だが、敵の燃え盛る炎が消える気配もまた無い。
 憎悪の雄叫びを上げて、獣は濁った眼で冒険者達を睨んだ。

●白氷
「白き矢に宿りし雷よ、悪しき怪物に突き刺され〜!」
 真剣な中にも何処か無邪気に、暁に舞う翼・ルブルム(a37233)は雷光纏う矢を冷気に白く霞む首に射掛ける。
「よっ、と……ん?」
 前進する想い・キュオン(a26505)もまた、ルブルムと共に雷光の矢を射掛けたが、かわされるどころか相手に届いてすらいない矢を見て眉を寄せる。
 それもその筈で、キュオンは己の射程ギリギリの位置で攻撃を仕掛けていた。
 敵の攻撃範囲から外れるのはいいが、感覚だけで全て補えるほど魔物相手の戦いは甘くない。ギリギリの位置を取り続けようとすれば当然、外す事も増えた。元より魔物の体は小さく、くるくると動き回る頭は素早い。
 ほんの一瞬逡巡した後、キュオンは雷光の矢から追尾の矢に攻撃を切り替えた。こういう時、ホーミングアローは重宝する。いくら強力な攻撃でも当てねば意味がないのだから。大事なのはやはり、少しずつでも体力を削る事である。
「…絶対に逃がしませんわ…」
 セーラの放つ異形の炎が、凍てつく首に食らいつく。黒い炎に焼き焦がされながら、白い首は身、と言っていいかどうかは分からないが、ともかく顔を奇妙によじらせて背筋を凍らせるような慟哭を上げた。
「……!」
 声は見えない力となって肌を引き裂き、同時に冒険者達の背筋を冷たく不快な感覚が駆け上がった。幾人かの体から空気が抜けるように殺意が抜け、手足に込めた力さえもが抜けていく気がする。
 しかし心を蝕む苛立たしくも抗い難い感情は、セーラの澄んだ声が歌い上げる凱歌に打ち消された。
 獣首は不愉快げに身を震わせ、角度を変えてリジュに突進する。リジュは焦らずに巨大な剣を掲げ、突進してきた獣首に勢いよく叩きつけた。
「あたしゃ結構なチビだがね……ンな動きであたしを抜こうなんざ、50年早い!」
 ぐじゅりともぐしゃりともつかぬ濁った音と共に、首は腐肉を撒き散らしてリジュから距離を取る。
 よろめく首に、ルブルムとキュオンの放つ矢が追い討ちをかける。獣から飛び散った氷の欠片が舞って、陽光にきらきらと白く輝いた。
 場違いなほど綺麗だとキュオンは思い、傾いて緩やかに落下していく首を哀れに思いながらも、油断なく見つめる。
「……還るべき場所にお逝きなさい」
 セーラの放ったブラックフレイムが、煌く白を飲み込んだ。

●埋もれ行くもの
 幾度も放たれていた雷光の青白い光が、視界から消える。
 続いて、何かが落ちたような音がした。
 ユーリグはちらと視線を動かして、仲間達がひとつを地に還した事を知り、小さく息を吐く。
「光の矢羽よ、どこまでも敵を追いかけろ〜!」
 後ろから聞こえてきたルブルムの声と、燃え盛る首を追うように飛来した矢を見て、他のメンバーも残る敵が一体となった事を知った。
 セーラが合流した事で回復にも余裕ができ、冒険者達はゆらゆらと揺れる首に向けて次々と攻撃を仕掛け始める。
 揺れる炎は未だに勢いをなくしてはいなかったが、獣首自体は戦いを始める前よりも幾分小さくなったように見えた。
 腐肉は削り取られ、露出した脊椎は途中で折れ、鬣は千切れている。
 ただ身に纏う炎だけが未だ赤々と燃えていた。
 ルブルムやキュオン、セタンタの矢が魔物を追い詰め、パティの蹴りが、セーラの炎が、リジュとクルワの剣が肉を削っていく。魔物は幾度も幾度も、せめて一人は道連れにとばかりに炎の針を降らせたが、冒険者達が仲間に齎す癒しを越えるには至らない。
 パティの放った蹴りに身を打たれた魔物は、ぐらりと大きく傾いた。
 そのまま緩やかに失速していく。
 燃え盛る炎の残像が、青い空に濃い橙の尾を引く。
 惨めな姿で地へと落とされながら、獅子に似た獣は腐れた眼で冒険者を睨んだ。
 逸らす事も閉ざす事もなく、屈する事など知らぬとばかりに、その眼は最期まで敵を睨みつけていた。

 冒険者達は、もはや魔物の一部だか土だかわからない一握りの灰を、手分けして作った墓に埋葬する事にした。
 白い方は魔氷の、薄紅色をしたものは魔炎の体が崩れた後に残ったものである。
「…さて、弔いましょうか」
 ユーリグの言葉と共に、ルブルムの奏でる鎮魂歌が流れ始める。
 作られた墓の見た目はただの土饅頭で、墓碑銘さえない簡素で寂しいものであったが、無いよりはマシだろう。戦って戦って死んだ末に、静かに眠れる場所も無いのではあまりに救いがない。
「…ま、ゆっくり休めや。誰も咎めやしないからよ」
 ぽんぽんと土を叩きながら、セタンタは静かに瞑目する。
 進み行くものが過ぎ去ったものに対して出来る事は、その背を見送る事だけである。
 晴天に流れる鎮魂歌を背に聞きながら、クルワは墓に一瞥だけの黙礼を送る。
 パティもまた、後は任せときなさいってことよ、と強気に胸を張りながらも、死者を思って胸の奥で安寧を祈った。
「成仏すんだよ、ライオン頭」
 リジュは簡潔な一言だけを告げて、空を仰いで祈るセーラの肩を叩く。
 セーラは振り向くと小さく頷いて、あの惨劇は忘れませんと小さな墓に頭を垂れた。そして、土に汚れた自分の手を見る。
 今は誰もいない村にも光は降り注ぎ、帰らぬ主を待ち続ける土は温かい。
 この命を思わせる温もりに包まれて、二人の勇士は大地にゆっくりと還っていくのだろう。

「じゃ、帰ろっか、皆」
 キュオンの明るい声が静まり返った世界に響く。
 ふと見上げれば、眼に沁みるほど青い初夏の空が広がっていた。


マスター:海月兎砂 紹介ページ
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