<リプレイ>
金色の花が咲いている。 太陽の色。 真白い花の良い香り。 世界を霞ませる柔らかな雨が降り、今は晴れ。 水滴がきらきらと、春の陽射しの中で輝く。 空は青く何処までも澄んで、波に似た雲が悠然と流れて行き。 約束を果たすには良い日だ。 共に暮らした短い日々の中で約束した通りに。 それから、笑ってお別れを。
●花咲ける森でお茶を。 静かだけれど温もりに満ちた挨拶の声が聞こえる。中心でミカヤは微笑み、ユーゴは戸惑い顔。夜明けの草原を織り取った美しい織物が翻り、茶器が触れ合う澄んだ音が響く。 家の近くに咲いているユリの花で紅茶を作りましたの、と蕾をカップの中に落とすユリカ。湯を注げばユリが花開き、とても綺麗だとミカヤは微笑を返した。銀の小皿がアカシアの花を映して金を帯び、花を咲かせるコブシの木が彫られた皮製のランチョンマットの上で湖畔の如くに煌く。ノリスが手ずから作ったそれに菓子が並べていたユーゴは、ノリスにレインズエンドの礼を言われ照れた様に頷いた。 花信風が往く。森が黄金をさざめかせる。優しい雨の如くに花が降り注ぐ。 命があれば祈る事も祝福する事も、戦う事も守る事もできるから、命をくれた者達に感謝は絶える事無く。能う限り自分と誰かの命を繋いで行くと、ラグは花を見上げ。 あまり好きでは無かった少女。でも死んだ時は悲しくて、自分が偽善者に思えて罪悪感を覚えた。今はきっと好き。分からないけれど口に出せば理解できる気がして、ゴメンね好きなのよ、とミィミーはアカシアの木に呟き。あまり会話する事の無かった少女。頑張っていた印象だけが残る。想う気持ちは消える事無く、絶えず巡り来るこの風景のように、どこか変わってしまっても根は変わらないのだろう。今日という日の暖かさが空気に融け風に乗り、太陽の沈まぬ国へ届くように――リンは祈り。共に船で過ごした少女。良く海に落ちて照れた様に笑ってた。笑顔。時に幸せを咲かせて皆を元気にするあの笑顔。一番印象深く、絆となって心に残っている。今も笑っているのだろうか、この陽射しの中で。抜けるような蒼天を仰ぎアリューダは囁く。忘れはしない。有難う、また会う日まで。 真昼の大気の様に暖かな声が響き合う中、ミルラは憧れなのだとユズリアは言う。その思いを受け継げるような冒険者になりたい……そうなれるまで見守って頂けるだろうか、ミカヤ殿に見守られていると思うと、どんな時も立ち向かっていける気がするんだ――ユズリアはミカヤを見つめ。何時だって信を置き見守っておるよ、とミカヤは少女の頭を撫ぜる。大切な日だから付けた深緑のスカーフ。春陽に煌く金糸の縫い取りに指を滑らせるレーダ。晩夏には俺はまだ彼女より年下で、初冬に誕生日を迎えた朝に真っ先に、自分は彼女と同じ歳になったのだなと思った。生きるとはきっとそういう事と言うレーダにミカヤは、ああ、と答える。時は止まる事を知らず、痛みも喜びも昇華して想い出だけが胸に残り、何時しか薄れて消えて。 会う前に逝ってしまった少女、もう話で聞く事しか出来ない。揺れるアカシアの黄、喜びの色を見ながらどうすれば伝えられるか分からないと言うナタに、きっと聞いてるから言っておやり、とミカヤもアカシアの花を見上げる。ミルラさん、はじめまして。誕生日、おめでとう……です。祈りの様なそんな言葉がナタの唇から毀れた。 そうか、きっと見ているんですね――風が吹き抜ける。草を踏む音。弦が鳴り、風と共にマイトが舞う。友の代わりにここに立ち、枝葉の模様と踊る木漏れ日が見せる幻の様に、何時か少女が見惚れるのだと言った舞を紡いで。覚えているだろうか、一緒に冒険に行きたいと言っていた事――ユイリンも花の金を見る。結局一回行ったきりで、沢山後悔して泣いた。でも君は泣かないで下さいって言うのだろうね。潤む苺色の瞳。ユイリンは瞬きして涙の予感を払い、ただ、友達になりたかったんだと呟く。 少女の印象は淡く春霞が煙る蒼穹の様。けれどその最期は鮮やかに胸へ焼きついた。自分の代わりに行くと言い、一番弱いからと笑った少女。君は俺よりも強く、真っ直ぐな眼差しと折れない心の持ち主だった。マカーブルは【道標】を握り締め、償いと誓いをこの場に、有り難うとさようならを空へと解き放った。 何が好きかとヒヅキに問われ、ユーゴは人が好きだと答えた。人といると暖かいから、人が好きだと。冒険者である事は怖いけど誇らしいと思う。誰かを守る剣になりたいんだ、どこかに辿り着ける気がするから――ジェイクの問いに答え、ユーゴは真摯な瞳を茶器に落とす。微笑んで頷くヒヅキ。ジェイクは少女の頭をぽんと撫ぜる。剣の手入れや間合いの取り方について武人らしい遣り取りをするジェイクとユーゴの話を聞きながら、ヒヅキは少女を思う。一緒に過ごした時はほんの瞬きほどだった。何時でも会える話を出来るとは限らないのだと彼女に教わった。だからこそ、一言一言を大切に抱く様に、ヒヅキはゆっくりと会話を楽しむ。 最近は、泣き虫で寂しがりやだった少女の笑顔ばかりを思い出す。不思議。あの日、あの薔薇色の空を見上げていた時は、こうして自分が生きていけるだなんて思わなかった。こんなに静かな気持ちで――アージェシカは蒼い空を見上げ、目を細める。愛しているわ、ミルラ。愛しているわ、あなた。想い出は蒼い燈火となって、わたしと行く手を照らしてくれている。ずっと。 人はね、誰かの燈火となる為に生まれてくるのだよ。アージェシカの問いに答えを返すミカヤの静かな声。 リューシャが言葉少なに語る、たった一回少女と依頼を受けた時の話を聞いて、あの時は辛い思いを耐え、とても良く頑張ったねとミカヤはリューシャの手に手を重ねた。リューシャは拳を握り、あの依頼で沢山の事を学んだのだと言えば、ミルラもそうだ、あの赤子の事を覚えていたから奇岩地帯で決断したのだろうな。そうミカヤはリューシャの拳を優しく握る。 有難う、さようなら。リューシャの囁く様な声を、リツは柔らかく微笑んで聴いていた。直接会話した事はないけれど、心に何かを残して去った少女はきっと、残された者にとって掛替えのないものだったのだろう。であれば尚更、今日という日が皆にとっていい日であるようにとリツは願いを風に乗せ。 語られる、少女が生きた短い日々の思い出を聞いていたメイフェアはそっと紅茶を啜る。初めて会った時はどこか儚くて、頼りなく思えた。でもそれは誤りで……。あなたは、ゲイブさん、ゼンガルトさんと共に、最も苦しく悲しい決断を、勇気と優しさで選んだ方でしたね……言葉と共に今日聞いた思い出を、メイフェアは胸に刻む。 ああもう半年も経つのかと、クリュウはドーナツを盛り付ける手を止めた。己の無力さと怠慢を悔いたあの時から、少しは成長できた気がしていた。けれど満足には程遠く、貴女への恩に報いるためにも、まだまだ精進しなくてはと、クリュウは傍らの硝子瓶に活けられたマグノリアの花を見る。 少女に纏わる幾つもの失敗談。バルバラと喧嘩をし、我侭を言い家を出て、それでも夕飯までには必ず帰って来た。自身の尾を齧りその度にミカヤに杖で叩かれて。ファオは笑う。胸に幸せの花が咲く。在るのだ、ここに。思いは在り道は違っても先は在る――だからきっとどこかで、彼女も笑っているだろう。お疲れ様とありがとうの言葉を心に浮かべながら、やはり眦に浮かぶ涙をそっと拭うファオ。愛猫をあやしながら、笑う娘達の様子を見守っていたウルフェナイトは、ミカヤへと目を移しふと微笑んだ。 ここは良い場所ですね。たまにはこう言うのも悪くない――そう言うウルフェナイトにミカヤは、永遠に続けば良いと、時折思うよ。平和で穏やかな日々が――と微かな笑みを返した。 ユーゴに見詰められ、バートランドは妻に習った手製のスコーンを、くうか? と差し出す。嬢のような身なりで獣の様に一心にスコーンを食べるユーゴを、膝に肩肘を突いて見守るバートランド。面白い娘だ。おっ母ぁも心配無ぇよ、こんだけ沢山の家族が居るんだからよ……だから安心して、見守っててやってくれよな。バートランドの思いに答える様に、また笑い声が弾け。匂い立つアカシアの花、白く輝くマグノリア。人の心を和らげるウーサーの香の香りが優しく絡み。約束の銀スプーンで紅茶を掻き混ぜる手を止めて、アニエスも唇に微かな笑みを刻む。それから思い出した風に、ユーゴの代わりになれる人も誰もいないよ、と言った。はっと顔を上げたユーゴの双眸を眼差しで捕らえて、ニューラは瞳を覗き込む。あなたが代わりでないのだから、ミカヤは笑うのだ。あなたがいて、うれしくて幸せだから。茫とした少女の心に届くように、ニューラはそう、ゆっくりと言葉を紡ぎ。 潤むユーゴの瞳を見てユージンは、そう――沢山の感情を湛えられれば良い。喜びや驚きや微笑みは優しく訪れて、真摯で美しい瞳をもっと美しくかけがえのないものにするだろうと微笑む。ユーゴ殿も、ミルラ殿も世界にたった一人ずつの大切な存在だと、皆知っています。だから大丈夫。ユージンの言葉を聞いて、うん、と小さく頷くユーゴ。涙が一滴、服の黒い布地に吸われて消えた。 皆を様々な楽器の音色で楽しませていたユーイが、リュートを掻き鳴らして愛の歌を歌う。時に暖かく時に物寂しい、愛そのものの歌を。愛という言葉はミカヤを少し寂しくさせた。 結局お前は、愛を交わすことを知らないまま逝ってしまったね。それだけが心残りだよ、と真白の花に触れるミカヤ。クーロには横顔が、寂しいような、けれど優しい慈しむような表情に見え、思わず育ての媼を重ねた。どうかミカヤ様の心が安らかでありますように――小さく祈って見詰める眼差しの先で、マグノリアの花が優しく揺れ。大好きです。差し出された焼き菓子と言葉を受け取ってミカヤは、私もだよシュシュ、と返す。幸せと紅茶が香る濃密な幸せの中で、大好きという言葉は、幸せな気持ちにさせてくれる笑顔を思い出させる。あの、はにかんだ笑顔が最後に残った。いつか――まっすぐで勇敢な彼女のようにはなれないけれど、それでもいつかわたしが別の国へ旅立った後、大好きな人たちの心に、笑顔が残ればいい――そうシュシュが見上げる空は青く少女の瞳を思わせ。ハジが両手いっぱいに差し出した赤い宝石色の野苺を受け取って、タータは陽の光に透かす。不思議そうに見ているユーゴに、おいしいもの報告ですなぁ〜んとタータは笑みを返した。おいしいと、自然と笑顔になるですなぁ〜ん。笑顔は幸せって思うですなぁ〜ん。空の上のミルラに笑顔のプレゼントができるといいですなぁ〜ん。真似をして空に翳し、ユーゴはタータと一緒に野苺を食べる。タータが笑う。ユーゴの唇にも笑になりそこねた何かが浮かび。 見ているかな。きっと見ているだろうな、皆がいるこの場所を。あの日は満天の星空だったけど、今日は綺麗な青空です。彼地は何も咲いてなかったけど、ここは花でいっぱいです。見守って下さいってお願いするのは、ほんとはよくないって言うけど、お願いしなくてもそこで守ってくれてるですよね? きっとそうですよね――ハジも一粒空に翳して野苺を口に含む。何故だか少し酸っぱくて、胸が詰まった。 子供達らしい楽しげな笑い声が響く。聞きながらグラースプはぼんやり思う。どんな思いで殿を申し出たのか――確実に待ち受ける死への覚悟。見たいもの、やりたかった事、大好きな人に囲まれて好きな物を食べて、暖かい場所で眠って、特別に好きな人が出来て戸惑ったりミカヤさんに相談したり、いつか、もっと別の意味で旅立つはずだったのに――望んだ結果だと分かっているけれど、やっぱり子供が死ぬのは嫌で。 一人ではないよね、いつか誰もが行く太陽の沈まない国。また大好きな人に会えるように、どうか――祈る様に、グラースプは強く思う。 大遠征の名簿を編纂していた時に感じた、誰も欠けなければ良いという祈り。欠けてしまった一人と、帰してあげたかったという思い。部隊章の刺繍をする時に、最期の時に、彼女も感じたのだろうか――ウィーはマグノリアの花を通して思いを馳せ。憧れで、道を示してくれた少女。沢山の感謝を一言に閉じ込めて、ありがとうと呟くウィー。 ……あの日あの時に見た空が忘れられないのだと言っておりました。 孫の事をミカヤとつらつら話していたカンノンは、最後にそう言った。日を追う毎に手を染めるその血の赤にあの日の薔薇色の空が頭を過ぎるらしいだと。蒼ではなく赤…それが忘れられないと――もう少し器用な子であれば良かったんでしょうね……穏やかに茶を啜るカンノン。器用に仮面を被るのになとミカヤも茶器を傾ける。 真白の花弁を震わせるマグノリアを見ながら聞くとも無しに会話を聞いていたミュスカデは、近しい者が――とミカヤへ目を向けた。近しい者が珍しく感情的に、自分よりも臆病で非力で夢想家で……でも自分より冒険者だった、と言っておりましたわ。自分はまだそこに届く事が出来ない、とも。言葉を切ったミュスカデとカンノンを交互に見て、不器用な男が2人――か、とミカヤは微笑み、彼の地を見遣る。 陽は傾き、空の青も森の金もマグノリアの花でさえも彩りを増し、セルディカとニクスが奏でる曲が風に綾を添えた。セルディカの手の内で妙なる音を奏でるデイブレーク。ああ今日は、本当に良い日――あの日々を忘れる事は無いけれど、今のこの日にたどり着いた事を伝える様に、セルディカは探索の譚詩曲を優しく響かせ。奏で併せてニクスがそれを歓びの曲へと変える。こっそりと混ざれる様に注いで目立たぬ様に置いたホットミルクの良い香り。あなたの笑顔が大好きでした。だから笑顔で送りましょう。ミカヤを通じて出会った大切な人々――その感謝も込めて、ニクスとセルディカは今日に相応しい音色で花森を満たす。 楽の音に揺れる樹の幹に手を添えて、真白の花を見るカイザー。暖かな陽射しと柔らかな笑い声と穏やかな時間。触れようとも触れられるとも思ってはいなかった優しい世界が目の前に広がり。あの子がいなければ来る事の無かった場所。感謝を捧げ、さようなら小さな花――そうカイザーは目を伏せる。 ミルラという少女がいた。自分は殆ど知らない少女。だが自分の周りの者は誰も皆、今もなお深く彼女を愛している。どんな少女だったのだろう。アレグロは思う。自分の信頼する皆が此れ程までに愛した人物だ。きっと、とても良い子だったのだろう。きっと――。
一陣の風が吹き抜けた。 誰ともなしに空を仰ぐ。 蒼天に金の花が揺れ、真白い花の良い香り。 風の音に紛れて。
「大好き」
そんな声が聞こえた気がした。

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参加者:38人
作成日:2006/04/25
得票数:ほのぼの43
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
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