<リプレイ>
●チューリップの花畑 そよ風の精霊達が無邪気な悪戯をするかのように、少女の金色の髪に触れていった。驚き顔を上げ、慌てて左手のチューリップを束ね、右手で長い髪を押さえるファムル。 花を摘んでいたドリアッドの少女達がその仕草に皆、クスクスと笑い声をもらす。 「……もう」 ファムルは少女達を軽く睨み、でもすぐに笑顔になり、花を摘む作業を続けた。 「赤いお花は、大好きな人のため♪」 近くにいた名も知らぬ少女がくすくすとまた笑う。ファムルが手にしていたのがまさに赤い花だったからだ。頬を染めたファムルの耳にまた違う声が響く。 「こーら! 女の人をからかうんじゃないぞ!」 チューリップを肩に、生徒達に注意したのはジョーラム。 ロリエンの護衛士の一人だ。 「ごめんなさ〜い」 女生徒は悪戯っぽく笑うと、再び花畑に隠れてしまった。 「悪いな。こいつら、ドリアッドじゃない種族が珍しいみたいで」 ジョーラムはファムルに謝った。彼女は首を横に振り、微笑み返す。 そのジョーラムを呼ぶ声が、違う場所から響いた。 「ジョーラムさん」 ジグであった。彼は、生徒達に軽く会釈をしてから、 「ベルフラウさん、あちらにいらっしゃいました」とジョーラムに話しかけた。 「そうか。それじゃ……挨拶くらい行っておくか」 ロリエン護衛士として顔見知りの二人は、肩を並べて、花畑を歩いていく。 (「チューリップか……」) リョウはその様子を振り返り、小さく笑顔を浮かべる。懐かしい人の笑顔が脳裏によぎる。今は亡きあの人も、生徒達のような無邪気な笑みを浮かべていた。 「綺麗なチューリップが摘めるといいね?」 視線のあった少女に話しかけると、彼女は目を細めて頷いた。
●春風の丘 「チューリップ畑……やっぱり綺麗なんだろうなぁ〜」 呟きながら、花畑へと続く道を歩むチサト。もうその場所は間近らしい。 教えられなくても、風が吹くたびに甘い花の香りを感じるので分かる。 「あっ……」 彼の足は突然止まる。視界の中にその美しい風景が飛び込んできたからだ。 青い空を背景にして一面に広がる花畑。沢山のチューリップの花達が、春風に弄ばれるように右に左にふわふわと揺れる。 「まあ、ここがエラノール女学院の花畑なのね」 チサトの後ろで、長毛の猫を抱き花畑へと訪れたリリーナは、はじめてみる美しい風景に目を細めた。 「美しい景色じゃ……」 ガガもまた、白い尻尾を引きずりながら、景色に見とれていたリリーナに頷くように呟いた。 リザードマンの彼の姿を見つけ、花畑に身を屈めて、数人の女生徒達が何かを話している。 ロリエン聖域の中には結局最後まで、リザードマンが入ることは無かった。 (「わしに出来ることは……彼女達の為に花を摘んであげることだけじゃ……」) ガガはそう心に告げ、花畑の中へと入っていく。 「ガガさん」 リリーナは言葉にこそ出さなかったが、その背中に何かを感じたのか、暫くその方向を見つめる。 「……」 チサトは二人の様子を見守ると、大きく伸びをした。 沢山の思いが詰まった花畑……。でも、彼にとっても出来ることは一つ。 「……さて、今日はのんびりとチューリップを摘ませてもらおうかな……」 「ええ」 花畑に進む彼にリリーナは微笑む。 「赤いチューリップが、あいつは好きだったんだよな……」 ヒバナが、道中で知り合いになったらしいニルスと共に話している声が聞こえた。 「……あはは、僕も実は赤いチューリップを……」 ニルスも笑う。 「赤いチューリップに秘められた花言葉をご存知ですか?」 ニルスの問いに、ヒバナは顔を向ける。 なんだか幸せそうな二人である。 「わたくしも……」 入院しているあの人に送る花を摘まなくては……。 リリーナもその背中を追うように、花畑へと進んでいった。
●花畑の中で 「ど、どう選んだらいいのかな……?」 「どうって?」 花畑の端っこで、戸惑うように花を見回すエイジの問いに、トキは笑う。 「ほら、何色とか、花の切り方とか……色々」 「そんなに難しいかな?」 近くにいた少女に尋ねると、彼女は花バサミを二人に手渡してくれ、何色でも構わないとも教えてくれた。 「あ……う」 「さあ、行こう」 トキに背中を押され、花畑に沈むエイジ。暫く戸惑い、それから真剣な眼差しで一つ一つ花を切っていく。 その様子をトキは見守る。最近の彼の様子を少し心配していたのだ。 やがて安心するとトキも、指先でチューリップを探った。とびきり綺麗な一本の紫の花を見つけるために。
カユウの目の前を小さな蝶が通り過ぎていく。蝶はやがて綺麗な赤い花の上にとまった。 心誘われる気分で、蝶に触れようと指を伸ばす。だが、蝶はその指をするりと交わし、再び宙に舞い上がった。 「あっ……」 笑い声が聞こえた。振り向くと、彼と行動を共にしていたフィードが、蝶と遊ぶ姿を見て、面白がっていたのだ。カユウは不満そうな表情を返し、そして蝶が選んだ赤い花を見つめる。それはなかなか美しい花だった。 「蝶を惑わす程に綺麗な赤……か」 「そうだな」 頷くフィード。彼の手には絹のように滑らかな純白の花がある。 紅の花を摘みカユウはフィードを苦笑しながら振り返り、まっすぐに見上げた。
花畑の中から見上げたティラシェルの視界の中で、ラナは黄色い花を寂しそうに見つめていた。 「?」 何かきっと悲しいことを思い出しているのだろう、と彼女は思った。 彼女はそんな人。周りの皆が大好きでとても優しい人だから、他の人の心配をしたり、悩んだりしちゃうのだ。だからどう声をかけてよいやら迷う。 けれどそんな戸惑い視線にラナは気づき、笑顔を浮かべた。 「ティラさん、お花は摘めましたの?」 「うんっ」 彼は心を隠しにっこり微笑む。彼女はきっとそうしてほしいだろうから。
「ここに咲くチューリップの数、いいえ、それ以上に色々な思い出があうのでしょうね」 花を摘みながら、アンジェリカはそうひとりごちていた。 彼女の周りで花を摘む少女達の真剣な表情を見ていたからだ。 「悲しみや別れを乗り越えて、彼女達も大人になっていくんだね……」 アンジェリカの声を聞いた、ピノが同意した。 「……私たちにできるのはこれくらいですから」 生徒の一人が二人に感謝をつげ、微笑む。 「頑張ろう」 ピノはそんな彼女達の為に沢山花を摘んであげようと思う。そして目線のあったアンジェリカとにっこり微笑みあい、一生懸命花を摘み続けたのだった。
●花畑に宿る沢山の思い 「ちゅーりっぷ〜っ♪」 摘んだ花を両腕に抱きしめ、元気に駆け回り、明るい声を響かせているのはクロク。まだ13歳の幼さ残る少年だ。 「これ、あまりはしゃいでは転んでしまうのぅ」 花畑の中で、日向ぼっこを楽しんでいたユズリが、むくりと顔を起こす。 「転んだら、花が台無しじゃからの」 「……ぁ、ん、そうだな……。ちゅーりっぷ、ごめんなさい!」 素直に謝るクロクに、ユズリは目を細め優しく頷く。 「じゃ、俺、ねぇちゃんに摘む赤いの探さなきゃいけないから!」 注意深く足を踏み出しながら、クロクはそれでも気持ちを抑えられないように花畑を駆けていく。 きっと大好きな人に贈るのじゃろう。 ユズリは花の中でそんなことを思う。ぽかぽか陽気に羽を膨らませながら。 「気持ちいい風ですねぇ……」 クロクが行ってすぐ、ビオウがユズリに話しかけた。 春風にあたりながら花畑を散歩してきた彼女は、日向ぼっこをしている彼を見かけ、笑って話しかけ、そして振り返りながらゆっくり花畑を見回した。 沢山の人が一心に花を摘んでいる。 少し離れた場所に人が集まっているようにみえるのは、あれは、霊査士がいる場所だろうか?
「集まったチューリップは、ノソリンに積みましょうか?」 クロウの呼びかけに、花束を運んでいたベルフラウが頷いた。 「ありがとう、クロウさん」 「みんな集まってくれてよかったね……♪」 ベルフラウの隣で、ティーが微笑む。 沢山の冒険者達の協力のおかげで、チューリップの花は充分に集まってきていた。 ジグやジョーラム達も姿を見せてくれたので、護衛士達には、摘んでもらった花をまとめてもらう作業を手伝ってほしいとベルフラウは頼んだのだ。 「ベルフラウさん!」 生徒達と共にグラシアが姿を見せ、チューリップの束を渡した。 「グラシアさん、ありがとう」 「これ……よかったら使って下さいな」 差し出したのはビロードのフリルのリボン。ベルフラウは笑顔で受け取る。お揃いのリボンをつけた生徒達も嬉しそう。 しかし微笑みの後にはすぐに、生徒達はため息をついてしまうのであった。 明るい無邪気な笑顔の裏腹にある、別れの不安。 そして悲しみの予感。 知っている人に涙を見せたくなくて、再び花畑に散らばり、少女達は花の側でしくしくと涙を零す……そんな風景があちこちで見られてもいた。 「……元気を出してくださいね」 オウカはそんな少女と一人出会った。花の剪定の仕方を尋ねているうちに親しくなったのだ。話し込むうちに少女は悲しくなってぽろぽろと涙を零して話した。 「私たちは非力ですし、護衛士のお兄様やお姉様がいなくなったらどうしたらいいのでしょう」 「別れがあるから出会いがあるといいますけれど、だからといってお別れが悲しくない事なんてありませんものね」 一生懸命慰めているオウカを見かねたように、シンシアが近づいてきてくれた。 「笑顔で見送りましょう。そうすればきっと、笑顔でまた再会できますわ」 「そうでしょうか」 「ええ」 「私もそう思いますわ」 「オウカ様……、シンシア様」 少女は暫く涙を零し、それから力強く頷いた。
●静かな風の音を聞く場所で その騒ぎを遠く風の中に聞きながら、スティアライトはひとり離れたところで花を摘んでいた。 白い花に、いまは亡き人の面影を重ねながら。 (「責めても、悲しんでも仕方ないから……、感謝の気持ちを込めて……」) 伏せた睫の先に雫が伝う。人知れない場所だからこそ、精一杯、ありがとうと呟けるのかもしれない。
ガトーもまた、一人で花畑に立っていた。 護衛士として手伝いに行こうとは思うが、その前に、亡き同胞に手向ける花を一輪探したかった。それから、他の少女達と共に泣いたり微笑んだりしながら、花を摘む彼女の家族を見守っていた。ロリエンGG解散につき幾人かの生徒がここを出るという。その娘もまたその一人なのだと聞いた。 「……」 風に吹かれガトーは色々な思いを胸に抱くのだった。
「出会いは別れのは始め、とも言いますが……別れたくない人もいますよね」 紫色の花を見つめ、ブレイズは呟く。 悲しみにくれる生徒達にかける言葉が見つからなかった。 心に浮かぶその彼女と別れるなんて想像しただけで、その身が千々に張り裂けそうな気分がしたからだ。 「私も……そう思います」 ブレイズの言葉に、ツバキも頷く。 ずっとずっと大好きで、見つめていた人がいた。会えない時間を沢山我慢して、だけどますます好きになった。 「ずっと一緒にいたいですよね」 ツバキはまぶたを伏せ、祈るように紫色の花を抱きしめたのだった。
花を眺め、楽しげに笑い声をたてているティノア。 黄色の花に、失った記憶を捧げ、新しい日々が訪れるのを楽しみにしよう。 そんな思いを描きながら、花の中をはしゃいでいた彼女。 生徒達はその様子がとても楽しそうなのが羨ましくて彼女を呼び止め、一緒に花を摘もうと誘いかけていた。 「ちょっといいか?」 その少女達の輪に、ガイは近づき、話しかける。 三つ編みの少女が振り返り、微笑んだ。 彼は自分の知人の話をし、その人を知っているかとたずねると、彼女達は勿論、と頷いた。 「彼女に渡す花を一輪、摘んでもらえるか」 「喜んで」 三つ編みの少女は大きく頷き、紫色の花を摘み、ガイに渡した。 「どうかこれからもお健やかにいらっしゃるよう、心を込めてお渡しいたします」
●別れの花風 「うーん……見つからないなぁ」 花畑の中で、サガラは目を皿のようにして、一本の花を探す。 もうお日様は西に向かって高度を下げ始め、チューリップ摘みもそろそろ終わりの時刻。 「どうしたの? サガラさん」 二人で摘んだチューリップを生徒達に渡して、会話を交わしていたローズウッドが振り返る。 「『ウンメイを感じるチューリップ』を見つけたいの」 「ええ?」 「それは素敵で大切なことだと思いますわ」 ローズと話していた三つ編みの女生徒がふんわりと微笑む。 「沢山のお花があっても必ず、お姉様と出会うために咲く花がいらっしゃると思いますの」 「……お、お姉様?」 目を丸くするサガラ。「それじゃ僕も探そうかな」とローズウッドも探し出す。 「ま、負けないもんっ!」 そう小さく叫び、サガラも再び探し出す。二人の姿を見て少女はにっこり微笑んだ。
紫の花は永遠の愛情……。 気高く咲いたチューリップの花を眺め、べルは大好きな人を思い浮かべていた。 ダイスキ、アイシテル。そんな言葉で伝えて貰いたいあの人のココロ。 でも。 きっと、だから彼のことを好きなんだろうと思う。 (「この花はだから……いつか私たちが『永遠の愛』の似合う二人になるまでお預け……」) ベルは笑顔で頷くと代わりに赤い可憐な花を選んだ。 そして花畑を立ち去る前にもう一度紫花を振り返ってから楽しげに去っていった。
「さて、摘むといっても、すぐ枯れてしまうんじゃ勿体ないしな」 マサカズはシャベルでチューリップの根元を掘り、小さな鉢植えに移していた。 「アイデアですね」 それを見かけ、白いチューリップを手にしていたフィーが話しかける。 「……そうだ」 彼女の胸に小さなアイデアが浮かんだ。 遠くへ行ってしまうあの人へ送る祈りを籠めたお花にしたかったから。 いつまでもお花を綺麗に保つために。 フィーは近くにいた少女を呼びとめ、それに必要な道具を貸してもらったのだった。
●夕暮れの時 花摘みの時間も終わり。 ベルフラウはエラノールの少女達と共に、冒険者や護衛士達に深く深く頭を下げた。 「皆様のご協力で沢山の花が集まりました。本当にありがとう。 そしてこの子達の為に、これからも力を貸してあげてくださいませ」 「どうか……よろしくお願いします」 声を揃えて呟く少女達。
三つ編みの女生徒が前に出て、それぞれ気に入った一本のチューリップを手にしている彼らに向かって優しく祈りを捧げた。 それが彼女達にできる唯一のお礼であるから。
この花は私たちの勇気の証。 この花は私たちの願いの証。 この花は私たちの約束の証。 この花は私たちの祈りの証。
どうか、お花を愛する人に幸せが訪れますように。
エラノール女学院の清らかな少女達の祈りのこもった花を受け取り、冒険者達は少しだけ幸せな気分で帰宅したのであった。

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参加者:36人
作成日:2006/05/14
得票数:恋愛1
ダーク1
ほのぼの19
えっち1
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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