絆縛(きずなしばり)



<オープニング>


 大嫌い――

 そう言って少女は家を飛び出した。
 靴も履かず飛び出した足は土と傷に塗れ、薄い草葉に切られる傷も痛痒いが、それでも走る。
 民家の窓灯す明かりを背に、畦道を抜け昏い野山へと、家路を逆向かい。

 父はとうの昔に消息を絶ち、残された母と姉、少女の三人で支え合って来た。
 併しそれは他人が想像する様な涙ぐましい物語では無く、貧困が生んだ生存本能のようなものだと少女――メイユは考える。

 だから、好きな訳じゃない。嫌――好きじゃないんだから。
 母さんも姉さんも居るんだから、一緒に暮らすしかないじゃない――

 否定してもし切れず、肯定も出来ず、少女は涙を流しながら走り続ける。迫り上げる嗚咽に、喉が熱く痛む。

 きっかけは些細な出来事。狭い台所で湯を沸かしていた母の後姿に、少し太ったのではないかとメイユが尋ねた。唯それだけだった。
 虫の居所が悪かった母はそれだけの事が許せずに語尾を荒げ、少女は更に不機嫌になる。
 口論の末、振り上げられた母の平手から身を守り、メイユは軽く両腕を眼前に掲げた。その予想外な防御に勢いを崩し、母親はその場に尻餅を突く。衝撃で煮え湯を湛えた鍋が床に落ち、母は頭を抱えて悲鳴を上げた。
 そして騒ぎを聞いて奥の間から走り来た姉ケイアは状況を見て、メイユが母を火に向かって突き飛ばしたと独り合点し、その頬を強かに殴った。


「誰が悪いと言う話でもないのですが」
 ドリアッドの霊査士・エリソン(a30912)は俯いたまま淡々と語る。
「母親は腕と足に多少の火傷を負いましたが、頭の方は良い加減ほとぼりも冷めてるみたいですね。それは大怪我に至らず何よりなのですが……問題は少女の方です。それが皆様が募られた理由でもありまして――」
 少女の逃避した山にはポメロの木が連なっており、グドンの群れが山上からその実を食い荒らしつつ、徐々に村へと下って来ていると言う。
「敵は山犬グドン、数は二十匹程……飛び道具は持ってないですね。山向こうから続く獣道沿いに、村を目指して下って来ています。少女は麓に程近い山小屋で、自生しているポメロの果実で飢えと乾きを凌いで縮こまってます。踏ん切りが付かず帰るに帰れない、と言った所でしょうか。グドンが近付いて来ている事には気付いてないみたいですね。ご家族も反省し、心配なすってるでしょう」

 家庭、とは……摩擦の積み重ねで作る感情の歴史でもあるのでしょうから――

 霊査士は言葉を切り、遠い記憶の中で確信と想像の合間を暫し彷徨う。手元で冷え切ったリコリスティの作る小さな水鏡に目を落とした。
「少女さえ戻る事が出来ればきっと――」
 言葉を探す様に指先でカップを叩き、
「多分……乗り越えられるんじゃないかと思います。それではグドン退治と少女の保護、宜しくお願いします」
 そう言って遠すぎる記憶に困った様な笑顔を僅か浮かべ、頭を下げた。

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参加者
冴焔・シーヤ(a31355)
不退転突撃特攻一番槍・フィーロウ(a40191)
辻楽師・ユーニス(a42404)
颶風の黒・アゼル(a43718)
白銀の陽炎姫・リタ(a44019)
素手の・コール(a44786)
紫煙狂・アサギ(a44962)
真情なる豪商・ヴェスパ(a46178)
水先案内・ステュクス(a46875)



<リプレイ>

●山路往く
 日毎色を増す若葉の早緑も濃い晩春。
 枝を垂れて熟れたポメロは日差しに暖められた草の香と混ざり、仄かな柑橘の香を満たす。

「些細な事でいつまでも、家族がバラバラになっているのはとても辛い事ですから――」
 先頭に立つ白銀の陽炎姫・リタ(a44019)は、身軽な利き手を傍らの幹に添える。
「……まず、急いで向かわないと意味がない、わね」
 夜河の歌唄い・ステュクス(a46875)の言葉に、我天昇路・コール(a44786)は首を傾ける。
「ん〜っと。最初に山小屋を目指して、その後にグドン退治、ですよね?」
「第一に少女の保護、そしてグドンの殲滅だな」
 多くの救援物資を背負う、不退転突撃特攻一番槍・フィーロウ(a40191)は、思い迷い山道に慣れた足も鈍るコールを促し、自らも慣れた足で先を急ぐ。
「グドンに先に着かれたら面倒、だしな」
 黒南風・アゼル(a43718)は、外套の襟を正して父を思い浮かべる。
 衝突、なんて、よくある事じゃぁ……ないのか?
 だが、顔も知らぬ母を思い出す事は出来ず、確信は持てない。
 傾斜に靴底を取られ、紫煙狂・アサギ(a44962)はチッと舌を打つ。
「……ガキの反抗ごときに……なんで、あたしが……」
 不機嫌に毒づくが、その背には少女の為に自ら準備をした、毛布や食料が負われている。
「反抗期、と言う物でしょうかね……」
 真情なる放蕩・ヴェスパ(a46178)は思う。今の暮らしの真の価値は、一度そこを離れてみて初めて判る物。少女も、正に今それに気付こうとしている頃なのだろう、と。
「……おかえりなさいを、言ってくれる人がいるのですから」
 辻楽師・ユーニス(a42404)はその先を探して灰の瞳を彷徨わす。安全靴の底でざくりと鳴る土の音が、やけに耳についた。その小さな身体を守り前を行く、慈悲無き氷矢・シーヤ(a31355)は、金混じりの朱髪を掻き揚げて上り坂の先を見遣る。
「まァ、まずは邪魔なんをどうにかせんとな」
 軽く気合を入れて背負う物資の持ち手を直し、ユーニスが小さな声で示す路の先――頭上に見える山小屋を目指し足を早めた。

●裸足の少女
「ガキの子守は趣味じゃねぇんですが……」
 仕方ねぇやなと嘯き、アサギは山小屋の扉を軽く叩く。軋む音を立てて静まる扉の向こうへ、努めて優しく呼び掛けた。
「嬢ちゃん……大丈夫ですかい? あたし等は怪しいもんじゃねぇ……」
「……誰?」
 暫しの後、怪訝の声が問う。
「グドンが攻めて来るってんで、退治しに来た者ですぜ」
 少女は俄か狼狽するが、嘘、と疑いの念を向ける。
「本当です。今もグドン達は降りて来ています。私達はそれを討伐しに来ました」
 ヴェスパの甘く柔らかい声に、やや警戒を解いて尋ねる。
「連れ戻しに……来たんじゃないの……?」
「確かに貴女の御家族も心配なさっています。ですが――」
 扉の向こうで何かを叫ぼうと息を呑む音がするが、
「……誤解が解けるよう、話を聞いてあげたいと思う、わ」
 静かに諭すステュクスの声から扉の外に女性が居る事を察し、少女は安堵を取り戻す。
「絶対……乱暴しないでね」
 恐る恐る開かれた扉から、一段と濃い柑橘の香が流れ来る。部屋隅にはポメロの皮が寄せられている。靴も上着も身に着けぬ少女は、編んだ赤毛もとうに崩れ、着の身着のまま飛び出して来たと明らかだった。

「こんな所で一人は寂しかろうってね、毛布と食料持って来ましたぜ」
 荷を降ろすアサギに続き、武器を収めたフィーロウとシーヤも、持ち寄った物資を床に置いて行く。メイユは何かを言いかけるが、シーヤはそれを制す。
「言い分は後でいくらでも聞いたる。今は先に片付けなあかんモノがあんねん」
 『片付け』の意味を察し、少女は恐怖に肩を抱く。
「私達がグドンを全滅させるまでここに居て下さいね」
 震える肩を軽く撫で微笑むヴェスパ。見慣れぬ蒼をした美しい青年に、照れか戸惑いか、少女は顔を伏して応えた。
 小屋を去る一同を見送り、メイユ大柄な男二人と共に小屋に残る事に多少の不安を覚える。が、渡された様々な物資の中に大きな靴と靴下を見出し、泣き腫らした目に少し困った笑みを小さく浮かべた。
 大っきな靴……履けるかな。

●屠
「……ふぅ」
 なだらかな丘陵地に足を止め、ステュクスは懐の氷砂糖を一片口に含む。滑り止めを施した靴に足元は守られているが、傾斜の続く地は体力を奪う。舌の上の甘味に人心地付き、彼女は小さく息を吐いた。
 遠眼鏡を巡らせるシーヤの手が、山上のある一点で止まる。グドンの群れが見えた。乱暴に果実をもぎ取って齧り、遠眼鏡越しにも咀嚼する音が聞こえて来そうな程醜悪に口元を動かしては、果皮を地面に吐き捨てる。その姿にシーヤは眉を顰め、遠眼鏡を仕舞う。

「……おでまし、だな」
「あんま前出たらあかんで」
 行軍を視認して前に出るアゼル。シーヤは縄を巻いた靴で足場を確認し、警告と共に、模様も装飾も無い紅の弓に番えた透き通る炎の矢を放つ。
 払 と風を切る音の後、轟々と爆風が巻き上がる。直撃を受けたグドンの頭部が吹き飛び、千切れた下顎からべしゃりと果実が落ちた。
 山を劈く、獣性の悲鳴と怒声。
 前方に冒険者を捉え、行軍は押し寄せる。爆風に吹き飛ばされた者も鈍々と起き上がると、爆ぜた仲間の腸を踏み越え走り来る。
「うぉおおぉぉ!!」
 腹の奥から絞る叫びを上げ、コールは疾る。その裂帛の気合にびりびりと圧され立ち竦む一群へ、ステュクスは零布をはためかせた。歌い上げる優しい調べに誘われ、血の匂いも火花散らす剣戟も忘れ、数匹のグドンが眠りに伏し行く。
「さぁ……共に舞いましょう……」
 リタは蒼い瞳に妖美な艶を浮かべる。戦いの直前、瞬時に山中から取り寄せた陽炎の如き二対の白い蛮刀の描く流麗な線が、グドンの一群を走る。
 その一撃で事切れた屍々の上、未だ四肢を激しくばたつかせるグドンの胸を、ヴェスパが描いた紋章が貫く。
「ここで止めてみせます――」
 小さな杖を掲げ、足運びを妨げぬ靴の助けを借りて走り、負傷したグドンに狙いを定める。
 茫洋とした瞳に嬉嬉とした赤を灯し、アゼルは駆ける。眠る者、身動き出来ぬ者も構わず、眼前の敵を纏めて双剣で横に薙ぐ。
「っ!」
 併し、斃れぬ剣は白金の胸鎧を打つ。頑丈な靴底は衝撃に耐えて転び伏す事は無いが、傷は痛む。
「大丈夫なのです」
 シーヤの背に手厚く守られたユーニスが、密かな声と共に真紅のコンサーティナを奏でる。調べと声は透って大気を震わせて高らかな凱歌となり、舞踊に似た足取りで敵攻の多くを躱しつつも細かな傷を負うリタ、一匹でも仲間に回る敵を減らさんと最前線で血に濡れた拳を振るい続けるコールも活力を得る。

「わわ、ちょっ、あぶっ、ないです、って〜」
「それ以上前はあかんて!」
 突出して三方向からグドンに囲まれかけながら、巧みに足を捌き躱すコールの背に、シーヤが叫ぶ。雷光の矢が放たれた。同時に再び奏でられる、ユーニスの高らかな凱歌。閃光に眉間を射られ絶命するグドンの体を避け、コールは一足飛び後ろへ退き、内に秘めた破壊の衝動を呼び起こす。
 どくん、と一際強く心臓が脈打つ。脳を激しく駆け巡る熱い血に茶の瞳は俄か霞むが、澄んだ歌声の響きに光を取り戻す。
 戦地に累々伏し行く屍骸。
 数匹のグドンは逃走を図り背を向けるが、
「止まりなさい」
 ヴェスパが喚んだ銀光の狼が、牙と爪でその一匹を組み伏せる。涎を撒き散らして首を振る獣体を、二対の蛮刀に込めた稲妻の闘気で両側から十字に斬り伏せ、リタは身軽な肢体を爪先に乗せ着地する。
「……逃がすかよ」
 アゼルは、流水の如き剣閃でグドンの背々を薙いで裂く。背骨を裂かれ、折り重なって倒れる亡骸に躓き、よろめく逃走者をステュクスの歌声が捕える。
(「……何より重要なのは逃がさないこと」)
「――っぉぉぉぁぁぁああああ」
 暴走する血が咆哮した。
 尚も闘志を失わぬグドンの剣撃も厭わず、コールは屈んだ膝を一気に伸ばし、全身をバネにして体重を乗せた昂る拳で、獣形の頬を大振りに殴り抜ける。ぐじゃっ と血の混じった鈍い悲鳴と濡れた音を立て、眼窩から眼球をはみ出してグドンが斃れる。
 狙い定めた矢が、紋章の魔力が、逃げ行く者の背を穿つ。
 眠りに伏すグドンの頭に心臓に剣を突き、刃で喉を掻いて逝かせるリタとアゼル。
 癒しの波動を起こし掲げた腕をステュクスが下ろすと、吹き流れた一陣の風に黒紗のヴェールが煽られる。灰緑の瞳は、唯その赤い光景を映していた。

「これも、ユニたちの大事なお仕事なのです。ごめんなさいは言いません。でも、忘れません」
 強く儚く呟き、ユーニスはグドンの亡骸を数えていく。
「!」
 その指先が止まった。
「ちっ……枝道かいな」
 シーヤが舌打つ。渡された遠眼鏡で路の脇を覗けば、その奥には倒木と枝葉に覆われた細い枝道が伸びている。草が深く茂り一目には道とすら解り辛いが、近く踏み倒された痕は確かにあった。

●殲滅
 ――家族関連の依頼は……過去がちらついてイケねぇ……
 アサギは滅入る心を隠して深く息を吐く。紫煙を燻らす彼に見守られ、メイユは遠慮混じりに乾パンをさくと齧る。フィーロウは小さな窓から外を見遣った。護衛にとアサギが喚んだ土塊の下僕達は、変わらず小屋を囲んでいる。
 取り合えず今の所は安心か……
 そう思った矢先、
 貪 と鈍い音が外から聞こえた。少女は喉から悲鳴を上げて毛布に包まる。
「残党か」
 フィーロウは手甲を嵌め直して走る。
 扉に凭れていたアサギも、半目に閉じていた漆黒の瞳を見開く。素早く身を翻して煙草を消し、懐から鋼糸を取る。その横をフィーロウが駆け抜けた。
「アサギ、残ってくれ。……潰しに行く」
 口早に伝え走り出れば、次なる土塊の下僕を砕かんと、鎚を振り上げたグドンが見える。その奥から枝を打ち草を掻き、更に二匹のグドンが迫る。
「させるか!」
 青の瞳を戦いに爛々と輝かせ、開いた敵の右脇に拳を当てる。叩き込まれた気が爆裂し、グドンは低い悲鳴を上げて後方へ弾き飛ばされる。味方を傷付ける者に怒りをなし、後方のグドンは足を早めてフィーロウに武器を振るうが――
「クク……『残れ』と仰ってもね……」
 そうはいきやせんと囁き、アサギは愛しい女の髪を撫でる如く、優しく手繰る指先から燻銀の鋼糸を空に舞わせる。
 乱れ髪。
 それは獣形の腕を絡め取り、燻肉でも切る如くふつりと切り落とす。
 フィーロウはアサギに目礼し、失った腕を押さえ咆哮するグドンの鼻面に気塊を叩き込む。ひしゃげた顔にめり込む拳の勢いのまま吹き飛ばされて背で地を削り、血溜りの中その命は止まる。
 アサギはその骸を飛び越える。フィーロウの初撃に未だ呻き伏す者を庇い、矛を振るうグドンへ向け、指の間に巡らせた鋼糸を弓手でぴんと張り、気の刃を連ね撃つ。濁った甲高い悲鳴と共、切り刻まれた獣体は幾重に鮮血の幕を上げ、地で手足をひくつかせる仲間の上に頽れ、事切れた。その下でもがく頭を、フィーロウの拳が頭蓋ごと砕く。
「……三匹、か」
「ってとこでさぁね」
 白い手甲に粘る血を振るうフィーロウに背を向けたまま、アサギは再び煙草に火を灯した。

●絆縛
 父さんに捨てられた母さんは惨め。
 母さんを女と見れなくなった父さんは無様。
 壊れていく絆を私よりずっと見て来た姉さんは哀れだわ。
 それから私は――

 傾く日を背に辿る帰路、昔語りとも恨言とも付かぬ少女の言葉に、アゼルはありし日を思う。父の事を好きだった訳ではない。それでも一番多くの時間を共に生きた掛け替え無い肉親なのだ。頭で組み立てた言葉を辿り、淡々とメイユに語る。
「無理に好きだと思う必要はないと思う、けど……断ち切るのだけは、やめた方がいい……」
 リタに背後を守られ、大き過ぎる靴を履いた自らの足に視線を落とす。解ってるけど、と少女は呟く。
「家族といっても所詮、個の人間の集合だ……すれ違う事もあらぁな……。しかし、すれ違ったまんまってのも……虚し過ぎやしませんかねぇ……」
 柄になく熱くなった己を嘲る様に笑うアサギに、少女は力無く頷く。
「個の人間、そうよ。私は私。母さんみたく醜くならない。姉さんみたく乱暴にも……なりたくない……」
 腫れの引いた頬も、触れれば痛みと共、理不尽な悲しみも怒りも蘇る。
「りんごの飴、どうぞなのですよ」
 甘いものは落ち着くのです、とユーニスはメイユに小さな飴を渡す。
「ユニもみんなでお世話していた林檎園で、りんごを食べて暮らしていたのです。ちょっとメイユさんと似てますけど……」
 過ぎた日々が脳裡を掠め、ユーニスは喉に込み上げる思いを呑む。
「……メイユさんにはおうちで家族が待ってますから、だから、ただいまって言って、おかえりなさいを言わせてあげてくださいです」
 言い切って俯けば、目頭が熱くなる。
「オレには血の繋がった奴なんかおらへんけどな。それでも『家族』はおってん。……急におらんようになってまうんはキツイで」
 帰って母親も姉も居なかったらどうするかとシーヤに問われ、メイユは考えたくないとばかりに首を横に振る。
「何でも許したれとか、言わへん。ただ無くなってしもてからや遅いんよ」
「解ってる……解ってるの……」
 口中の飴に涙の味が混ざる。
「……で、何してんねんさっきから」
 シーヤに突っ込まれ、
「ん。これですか? いえ、先ほど、山を降りるときに……」
 むぐむぐと口を動かしつつ、コールは布袋一杯に詰めたポメロの実を一つ手に取る。
「まだありますけど、召上ります?」
 呑気だなあと小さく笑うフィーロウの横、ステュクスが少女に語る。
「決めつけられて、誤解されて、悲しかった。だから飛び出したんじゃないのかしら? でも、それはつまり、相手に誤解されたくないと、相手の事を好きだと、思っているからじゃない?」
「好きだから――」
 言葉に出せば、込み上げる思いが喉を突く。
「メイユ君……大嫌いと言った事、今は後悔しているのでしょう? 素直になるのは少し勇気が要りますが、決して難しい事ではありませんよ」
 家路を目前に、涙と嗚咽に立ち止まる背を、ヴェスパがそっと撫でる。

 ……な、さい――

 それは、小さな呟き。
「ごめんなさい……!」
 わぁっと泣きじゃくり、メイユは間近な我が家への僅かな道も急ぎ、走り出す。
 その姿を見詰め、ユーニスは深い信頼で繋がれた守護者の裾をきゅっと掴む。伏せた睫毛の先を拭い、胸に思う。

 縛られているのだとしても、それで傷つくことがあるとしても。
 この絆が途切れることがなくて、良かった――と。


マスター:神坂晶 紹介ページ
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参加者:9人
作成日:2006/04/27
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