〜ガザンの国〜怨嗟



<オープニング>


 楓華列島はリョクバ州、ミナモの国に、『水望大社(みなもたいしゃ)』と呼ばれる聖域がある。
 ミナモの国の語源であり、国よりも長くある聖域……。
 大社は、遙か昔の天子様がこの地をエルフたちに与えた時には、既に其処にあったと言う。
 その大社の一角にある小さな庵に匿われ、ひそやかに暮らす少女がいた。
 少女の名は、カスミ。水望大社の巫女にして、この楓華の地に於いて、最も忌み嫌われる邪悪かつ異形な存在である『鬼』となりながらも、その優しき心を失う事のなかった稀有な存在であった。
 そして、少女はもう1つ、類稀なる力をその身中に秘めていた。

 即ち、近い未来に『鬼』となる者を見通せる力を。

 やがて、その力が紛う方なき真の力である事を知った水望大社の宮司やミナモの国の武士たちは、何時しか少女の事を畏敬の念を込めこう呼ぶようになったと言う。
 『鬼巫女・カスミ』と――。

「ガザンの国に……鬼が現れます。鬼と化すのは……地主に騙されて……僅かばかりの畑を奪われた挙句……手酷い仕打ちを受けている小作人の若者……。ひ弱と詰られ……能なしと蔑まれ……最後に残していた種籾をも奪われて……激しい怨嗟と絶望とが膨らんで……」
 胸の前で重ねられたカスミの手が固くぎゅっと握り締められて。暫しの沈黙の後、再び言葉が紡がれる。
「地主からの仕打ちを止めさせる事が出来れば、若者が鬼と化す事を止められるかも知れません。まだ……間に合うかも知れません」
 そう告げて縋るような瞳で冒険者たちを見据えるカスミ。僅かな希望の光は確かに其処にあるのだと、その真摯な眼差しは言葉よりも雄弁に告げていて。
「冒険者の皆さま。どうか、皆さま方のお力を以ってこの若者をお救い戴けますよう、お願い致します。若者が鬼と化す運命を変えてくださいませ」
 集った冒険者たちに深々と頭を垂れてカスミは言葉を終える。
 異国の地に向かうが故の配慮として、ミナモ武士団の客員としてガザン領内での治安維持の任を担う御墨付きを手にした冒険者たちは、春が訪れたガザンの国へと向かう事となったのである。

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参加者
お転婆医術士・チコリ(a00849)
悪辣な獣・ジン(a08625)
ローズ・マリー(a20057)
緑の記憶・リョク(a21145)
アベノ・ベルタ(a35885)
追放するもの・ハムラビ(a36669)
不浄の巫女姫・マイ(a39067)
笑顔と涙・カンナ(a42258)
NPC:水望大社警護方・リンカ(a90282)



<リプレイ>

●序章 〜昔語り〜
 ……ああ、その日の事なら覚えているさ。
 こんな辺鄙な田舎の村に旅人が来るなんで滅多にない事だからな。
 しかも、その日に限っては2組も来るってんだから、ちょっとした騒ぎになったモンよ。
 聞けば、片方は異国の武士さまを引き連れての視察の旅だって言うじゃないか?
 鳥みたいな姿をしてる武士さまもいりゃあ、髪の毛が水みたいな武士さまもいてよ。
 色々と噂には聞いちゃあいたが、ありゃ凄かったねぇ。
 もう片方もペッピンさん揃いで、そりゃあ華やかな感じだったよ。
 しかし、まさかあの旅人たちがあんな事件と関わっていただなんてねぇ……。
 おや、アンタ……詳しい話が聞きたいってかい?
 じゃあ、1杯驕ってもらおうか。
(とある村外れの飲み屋にて)

●失念
「はいっす〜♪ よってらっしゃい、見てらっしゃいっす♪」
 村中に響くような威勢のいい掛け声に、思わず田畑へと向かう足を止める村人たち。季節柄、行商人が村へと立ち寄る事も少なくはないのだが今回は少し様子が違っているようで。
 それと言うのも――。
「遠い異国の地から、珍しい飲み物を販売に参りましたっす〜♪」
 自慢の鶏冠を振り乱しつつ口上を述べている緑の記憶・リョク(a21145)の姿形があまりにも『特異』な為であった。
 此処ガザンの国を含むリョクバ州は、エルフ族のみが住まう地であり、他の異種族の姿は殆ど見られないのだ。そんなお土地柄とあって、チキンレッグであるリョクの姿は否が応にも衆目を集めるものとなっていた。
 無論、それだけではない。
「独楽とかメンコとかもあるで〜♪ お姉さんと一緒に遊ぼうな〜☆」
「鬼についての情報を集めているが、何かそのような情報はないか?」
 と、子供たちを誘うアベノ・ベルタ(a35885)や村人たちに鬼について尋ねる追放するもの・ハムラビ(a36669)の持つセイレーン特有の水のような青い髪も、村人たちにとっては初めて目にする不思議なものであり。
 言わば、歩く見世物小屋(?)とでも言うべき冒険者たちの突然の来訪に、娯楽に乏しい田舎の村が俄かに活気付いた様子になって来たのも仕方あるまい。
「……少し複雑な気分だわ」
 一方で、彼等と共に村へと入って来たにも拘らずあまり注目されずにいたお転婆医術士・チコリ(a00849)がそんな愚痴を零して。まあ、先の3人の強烈な存在感の前には、何かと地味な(?)ヒト族であるチコリの存在が霞んでしまうのも無理はないだろう。(激失礼)
 しかし、この程度でめげるチコリではなく、集まっていた村人たちに自分たちの『身分』の説明を始めて――。
「なるほど、遠き異国の地よりリョクバ州を視察に来られた武士の皆さまでございましたか」
「然り。巡回任務の傍ら、リョクバ州の各地へと方々を案内している最中なのだ。出来れば、この村の者たちにも色々と協力して欲しいのだが……」
 チコリの説明に得心が行ったと頷く村人たちに『お墨付き』を見せつつ水望大社警護方・リンカ(a90282)が続けた言葉に異論を唱える者もおらず。
 遠き異国の地よりの客人たちを迎えて、村は歓待ムード一色となって行く。
 そんな賑やいだ喧騒の最中、村に新たな旅人たちが訪れる。若い3人のエルフ娘たちに用心棒らしき男が1人。どこかいいとこのお嬢さんが、供の者たちを引き連れて旅でもしていると言った風情であろうか。
 と、その4人連れの旅人たちだが、村中での喧騒に興味を引かれたのかゆっくりと人の輪へと近付いて行き――。
「こんにちは。皆さん、賑やかなご様子ですわね」
 柔和な微笑みを浮かべて娘の1人が近くの村人に声を掛ける。誰あろう不浄の巫女姫・マイ(a39067)であった。無論、他の同行者も地元の者に扮した仲間の冒険者たちで。
「なぁなぁ、もし良かったら何があったか聞かせてくれへん?」
 身形の良さそうな着物を身に着けた笑顔と涙・カンナ(a42258)が、好奇心丸出しと言った様子で周囲の村人たちに問い掛ける。気が付けば他の村人たち、特に若い男衆の視線もこの見馴れぬ旅の一行に集まっていて。
 元々、村を訪れる旅人自体が余り多くない上に、垢抜けた若い娘が3人も揃っているとあっては、注目するなと言う方が酷であろう。
「あ、ああ。村に異国の武士さまが来られててなぁ……」
「へえ、異国の武士さまが?! それは珍しゅうおますなぁ♪」
 舞い上がった様子で言葉を返す村人に、御付の女中風の姿に身を窶した夏の少年へ〜レッツプレイツー・マリー(a20057)がすかさず合いの手を入れて微笑み返す。
「お前さんたち、ここいらじゃ見かけない顔だが、旅の方かい?」
「そうだ。旅の途中でこの村に立ち寄ったんだが……」
 声を掛けて来た村人に無愛想な口調で答え返す裏隠れ家ブレイカー・ジン(a08625)。が、村人から訝しげな視線を向けられている事に気付き、眉を顰める。ジンの服装に問題はなかった。傍目から見てもただの用心棒にしか見えなかっただろう。
「その耳と尻尾……あんた、ストライダーだね?」
 やがて、ジンを上から下まで見回していた男がゆっくりと告げたように、ジンがエルフ族ではなく、ストライダーである事さえ除けば――。
 ざわめきが大きく広がる。
 失念していた。エルフ族以外の者が何ら偽装もせずにその身を曝す事の意味を。
 異国から訪れし武士の一団と旅の一行。
 それだけならば、ただの偶然が重なったのだと殆どの者が思った事だろう。
 しかし、その両者にエルフ族以外の異種族が居るとなれば話は別となる。
 この両者には何らかの繋がりがある、その考えに至った者は少なくなかった。
 特に、やましい事にその手を染めていた者たち程、敏感に――。

●決断
「ダメッすね。まともに話を聞いてもらえないっすよ……」
「こちらもですわ」
 お手上げだと言った様子でリョクやマイが告げるように、冒険者たちによる情報収集は余り芳しい成果をあげる事なく終わる事となった。正体を偽って村に探りを入れようとしていた冒険者たちに対して、少なからずの不信感が村人たちの間に生じてしまった事が原因であり、小作人の若者や地主への接触も容易ならざるものとなってしまったのだ。
「リンカはん、どないする?」
「……一旦村を出て、地主が動くまで待つしかないだろう」
 不安げな視線を向けて尋ねるベルタに、苦い口調でリンカが答え返す。このまま村に居座り続けたとしても、事態が動く事はない。その事は、冒険者たちの誰もが痛感している事実であった。
「くそっ、それしか手がないのか!?」
 苦渋に満ちた表情でジンが吐き捨てる。このまま地主の動きを待つと言う事は、小作人の若者が鬼と化す危険をみすみす看過する事を意味するのだ。
 万が一の事があった場合、悔やんでも悔やみ切れない。
「あんな酷い地主、鬼の事なしでもとっちめられないの!?」
「斯様な輩など……うちの手で断罪してやりたいとこどすけどな」
 怒りもあらわに告げるチコリに続けて、指先で鋼糸を弄びながらマリーが言い放つ。全ての元凶があの地主にある事を知ればこその怒りであり、言葉であった。
 だが――。
「今回だけの事ならば、私とてあの者を見逃しはしない」
 僅かに声を震わせながらリンカが告げた言葉の真意を悟れぬ冒険者たちではなく。
 地主の犯した罪に対する証拠を何1つ入手出来ていない現状で、冒険者たちが実力を以って地主を断罪したならば、最悪の場合、今後同様の事件を解決する為に冒険者たちがガザンの国に出向く事が出来なくなる可能性すらあるのだ。
 この後、暫し続いた沈黙が冒険者たちの心の葛藤を如実に物語っていた。
「……村を出るべきであろうな」
「ひょっとしたら、外でも出来る事があるかも知れへんしね」
 重々しいハムラビの声に頷きながらカンナが賛意を示して。
 僅かに残された可能性に賭けるべく、冒険者たちが村から立ち去る事を決断したのは、それから間もなくの事であった。

●怨嗟
 日が暮れるのを待って、暗い夜道を進む数人の人影。地主とその手下のチンピラたちであった。周囲を気忙しげに伺っている所を見ると、何かやましい所でもあるのだろう。
「旦那、何も今日動く必要はないんじゃないですかい?」
「そうでさぁ。あの連中が戻って来ないとも限りやせんし……」
「だからこそ、ですよ。きっと奴等は戻って来ます。ですから、動くのは早ければ早いほどいいのですよ。何、あの者たちには見張りを付けていますから、何かあれば知らせが来るでしょう。さあさあ、急ぎなさい!」
 不安げ様子を隠さない手下のチンピラたちに地主が発破を掛けるように言い放つ。向かう先はもちろん、小作人の若者の家であった。
「邪魔するよ」
「あっ、じ、地主さま……」
 入り口から地主たちが姿を見た途端、若者の顔が恐怖の色に染まる。
 小作人への執拗な仕打ちは、数日間に渡って続けられていた。今日は最後の締めとでも言うべき日。冒険者たちが立ち去った今、邪魔をする者はいない。
「さあ、種籾を出してもらいましょうか。田畑のないお前には必要がないものですからねぇ」
「ひ、必要だべ。オ、オラ、隣のじっさまに田んぼさ借りる事になってるだからな」
 冷たい口調で告げる地主に必死で食い下がる若者であったが――。
「はっ、隣の爺ィ? お前には田畑を貸してくれねえってよぉ。残念だったなぁ、オイ」
「そ、そんな……う、嘘だべ!?」
「本当の事さ。もう、お前の味方なんて誰もいねえんだよ。諦めるんだな」
 チンピラたちの下卑た笑いが周囲に木霊する。

 どくん……

 全ての音が薄れていく中、鼓動が1つ大きく響く。
 耐え難い苦痛と堪え難い悲しみとが交錯し、若者の中で何かが解き放たれようとしていた。それは絶望的なまでに膨らみ、そして凄まじいばかりの怨嗟が若者の心を支配し――。
「そこまでにしてもらうわよッ!」
 刹那、響き渡る少女の鋭い叫び。弾かれるようにして背後を振り返った地主とその手下たちの前に人影が姿を現したのは……。
「なっ、手前はっ……」
「ひ、昼間の武士の小娘か!?」
「誰が小娘ですってぇっっ!!」
 驚愕するチンピラたちの言葉通り、武士の小娘……もとい、チコリであった。いや、チコリだけではない。
「貴方らは、人の想い……命を何やと思うとるんどすか?!」
 怒りを込めた視線でマリーが悪党どもを見渡して。
「な、何の事ですかな? 私はこの者に貸し付けていた種籾を回収しに参っただけで……」
「誤魔化そうとしても無駄だ!」
 どうにか言い繕おうと口を開く地主にハムラビが凄んでみせる。そして、思わず言葉を失った地主たちに追い討ちを掛けるように、ハムラビが地主たちの前に突き出したのは――。
「だ、旦那……」
「カンベンしてくだせえ……」
「お、お前たちは……」
 後ろ手に縛り上げられたまま情けない声を上げて地主に縋るような視線を向けたのは、冒険者たちの見張りに就けていたチンピラたちであった。
「あなた方の悪事は、この方々からお聞きしましたわ。包み隠さず全て、ね」
 妖艶な笑みを浮かべてマイが続ける。なまじ冒険者たちに見張りを貼り付けさせた事が、裏目に出てしまったのだ。
「あんたの悪事は全てお見通しや! 観念するんやな」
 ビシィッと地主を指差して言い放つカンナ。
 しかし、地主たちの往生際の悪さは並ではなかった。悪事が露見したと悟るや否や、一斉にバラバラに散って逃亡を……。
「逃がさないっすよ!」
 直後、逃げようとしていたチンピラ1人の直前の地面に白く輝く光の槍が突き刺さる。リョクの放った『慈悲の聖槍奥義』であった。
「次は外さないっすけど、試しに一発喰らってみるっすか?」
 爽やかな笑顔で脅すリョクの言葉にチンピラたちの動きが止まる。
「か、かくなる上は――」
 しかし、最も往生際が悪かったのは地主であった。このままでは逃げられぬと悟ったのか、最後の凶行に走ったのだ。即ち、小作人の若者を人質に取るべく。
 だが――。
「そう来ると思っていたぜッ!!」
 地主の行く手を阻むかのようにジンが若者を背にして立ち塞がる。万策尽きた地主が力なくへたり込む。
「なあ、もう大丈夫やで?」
 にっこりと微笑んでベルタが小作人の若者に語り掛ける。
 先程まで弾けそうなまでに膨らんでいた負の感情は、若者の中から消えていた。絶望の真っ只中に差し込んだ一筋の希望の光。それが若者を運命を変えたのだ。
 鬼と化すべき運命を。

●終章 〜昔語り再び〜
 ……ええと、どこまで話したかい?
 ああ、そうだ。地主が捕まったって所までだったか。
 あの地主たちだが、他にも同じような悪事を働いていたらしくてな。
 そのままガザンの武士さまに引き渡されて、きついお仕置きを受ける事になったらしいぜ?
 まあ、お陰で村から悪どいヤツラがいなくなって万々歳さ。
 しかし、知らなかったとは言えあの武士さまたちには悪い事しちまったなぁ。
 まさか、地主たちの悪事を暴く為に村に来てただなんて、あの時は誰も思っちゃいなかったさ。
 次に来た時にゃあ、諸手を揚げて歓迎しないといけねえなぁ……。
 ん? あの小作人の若者がどうなったかって?
 取られていた土地を返してもらって、今頃は田植えの準備をしているだろうさ。
 おっと、長話をしすぎちまったかな?
 さて、そろそろお暇させてもらうとするか。
 じゃあな……。
(手をひらひらとさせつつ千鳥足で去って行く語り部)

【END】


マスター:五十嵐ばさら 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2006/05/04
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