<リプレイ>
●道の先の村 牙商人・イワン(a07102)は遠眼鏡を覗き込み、青い空を飛ぶ鳥を見遣った。白い骨鳥で無く、淡い萌黄色の鳥が可愛らしく春を告げながら鳴いている。監視しているアンデッドの存在が無いことを確認し、改めて道の先の村を見た。木々に囲まれた、森の中に在るような村だ。小さな畑らしい位置には人影もあるが、村人であるのか既に死した者であるのかは此処から判別をつけることは出来ない。 周辺地域の中では復興が進んでいる村なのだろう。村は小さいながら、確かな平穏が流れていることは察せられる。冒険者が護り切った村だからこそなのだろうが、其の平穏に甘んじて避難を良しとしない結果となるとは複雑なものだとイワンは薄く溜息を吐く。 人々は村を愛しているのだろう。自分だって大した危険とも思えぬ危険の為に、故郷である森を捨てて出て行きたいとは思わない。仮に、住み慣れた土地を捨てねば為らぬ日が来ても何時かは再び帰りたいと願うだろう。森に宿りし蒼風・ナーサティルグ(a04210)は村人の想いも十分に理解出来て、ほんの少しだけ眉根を寄せた。 村が近付くにつれ、畑を耕す人々の輪郭が確かになる。 人々の顔に浮かんだ疑念と怯えの眼差しを感じ取り、ナーサティルグは共に歩いている狂風の・ジョジョ(a12711)と青天に浮かぶ蒼月・タツキ(a42022)へ遠慮がちに声を掛けた。 「御二人とも、巨大剣を隠したほうが良いと思います」 長剣などならば未だしも、巨大剣は相手に抱かせる威圧が大き過ぎるだろう。勿論懐に入る大きさでは無いし、村の外に置いておくしか無いだろう。他、二人は宝石のついた首輪や、希少な宝石の御守りも隠すようにと助言される。 セルリアンシュガー・ネミン(a22040)は思い悩むように沈黙し、余計な装飾品の類は全て外して来たけれど、唯一外せなかった指輪を嵌めた指先を見詰めた。 「良いのでは無いか」 指輪ひとつを大切に想う心は、村人にも通じるところがあるだろう。母から娘へ受け継がれている指輪を持つ家庭もある筈だ。大切そうに嵌めているものを財力の証とまでは邪推されまい、と毀れる紅涙・ティアレス(a90167)は珍しく穏やかに口を挟む。ネミンはこくりと頷くと、胸を張って声を上げた。 「この村の存続に関わる、重要なお話をしに来ましたです」 村人が、農作業の手を止める。 自分たちには被害が及ばないだろうと確かな証拠も無く安寧に浸ってしまう――其の想いは、過去、天上にある平和な土地でネミン自身が感じても居た。如何か気持ちが伝わるようにと願う彼女らの前へ、村人たちの列を割り、案外と年若い長らしき人物が遣って来る。 命の弾む舞踊曲・カズハ(a01019)は冒険者であることを丁寧に名乗り出ると、例の避難勧告に関する御話があるのだと村の人々に話す機会を求めた。興味だけで無く嫌悪の入り混じった視線が冒険者たちへ突き刺さる。村長は沈黙の後、冒険者たちを自らの家へ招くのだった。
●村長の家 決して大きく無い。 客間の存在も無く、通された冒険者らは全員が土間に座る形となった。椅子やソファも無く、申し訳程度に茣蓙が敷かれている。村人全員が入ることなどは不可能であろう。其々の民家から家長を呼び寄せ、冒険者を招いた村会議の体裁を整えてくれた頃には、村長の家は鮨詰め状態になっていた。 「此方の村は……如何やら、先の戦でも被害は無かったようですね」 平和であることは良いことです、と語り出したカズハに村人から敵意の眼差しが向けられる。戦禍を蒙った原因は冒険者同士の戦いであり、冒険者のせいで村の平和が脅かされると解釈している者も村の中に少なくない。饗宴の思索者・アレクサンドラ(a08403)は閉じていた瞳を開き、アンデッドは危険な存在であると告げた。畑を耕しているアンデッドらもノスフェラトゥによって操られているのだろう、とカズハが続ける。 「今は安全でも、何時牙を剥くように仕向けられているか判りません」 ノスフェラトゥの魔の手は、既に此処まで及んでいるのだ。 村人たちの表情は硬くなる。村が晒されている危険に対して、少しずつ理解が及んで来たらしい。アレクサンドラは重たげな口調で、ノスフェラトゥの残虐性についても語り始める。ネミンも先のミュントス略奪部隊が、女性を浚い残った村人は皆殺しにすると言う酷い略奪を行った過去を包み隠さずに話す。この村が護られた幸運の意味を知り、おお、と村人たちから恐怖とも感嘆とも取れぬ声が洩らされた。 控えていたジョジョも口を開き、相手は殺した者をアンデッドとして使役する能力を持つ、非道な者たちばかりなのだと村人たちへ語る。運良く滅びを免れたこの村が、今回も平穏なままだとの考えは捨てるように諭した。アンデッドにされた自分が愛する人を手にかけてしまう可能性もあるのだ、と陽光を纏いし癒しの姫君・ナオ(a04167)も言う。此処に居る限り、其の可能性がとても高いのだと彼女は告げた。 「今ある平穏は、直ぐにでも破られてしまいかねない偽りの平和なのですから」 二人の何処か高圧的とも感じられる物言いに、村人たちは黙りこくる。捨てろとの発言は命令だ。村人たちが必死で護ってきた村の平穏を、偽りと切り捨てる彼女の言葉も残酷だった。発言が真実であることは良く判る。しかし、時として打算以上に感情が優先される場合があるのだ。 「エルドールの護衛士も、体勢を整える為に、一時避難したそうです……」 ノスフェラトゥはとても危険な相手なのだ、とイワンはアンサラー護衛士団や戦に於いての被害を語る。此処より更に西方でも今は未だ平和に暮らしている村はあると聞くが、台風の目に入っているも同じこと、逃げるならば今しか無いのだと真摯に告げた。其の村にも既に我々冒険者が避難を促しに行っている、とアレクサンドラも口添えする。 村長の家に、重たい沈黙が広がった。
●人々の想い やはり平穏な場所で農耕を営み続けて来た者たちにとって、戦と背中合わせの存在は厄介者でしか無いのだろう。冒険者が村を訪れて以降、村人たちの空気は何処か硬い。アンデッドが畑作を続ける図、と言う牧歌的ながら何処か可笑しい光景を見遣りつつ、無影の暁月夜・イドゥナ(a14926)はそんなことを考える。 人々の生きる場を血で染めることは出来まいと、イドゥナはアンデッドの様子を伺っていた。気配を殺して死体の監視を続けるイドゥナだが、傍を歩む村人たちに全く反応を示さないアンデッドを見ていると、村人が村を捨てるか攻撃を加えるかしない限り、此処のアンデッドらが此方を襲っては来ないのではとも思えて来た。 村会議は難航しているらしい。随分と時間は流れている。 樹の陰に潜み、抜き身の巨大剣を携えたタツキの存在は――アンデッド側からは死角になっているものの――傍を通る村人たちを酷く怯えさせてしまう。巨大な武器は其れだけで、戦禍に怯え暮らす人々を刺激してしまったようだ。申し訳無く思い、巨大剣を鞘に仕舞い直す。 タツキから万一の際にはデモニックフレイムを、と指示されたティアレスは「魔炎で万一にも芽を燃やしてしまうことは避けたい。ニードルスピア辺りが良かろう」と異を唱えた。今のところアンデッドが村人らを襲う気配は見られないながら、冒険者たちは監視作業を続ける。
住民を護るべき冒険者は、既に避難しているのだと改めて告げられ、村人たちは口を閉ざした。 代わりにネミンは深く頭を下げ、本来、冒険者が果たすべき役割は避難する必要など無いように護り切ることだと知っていると謝罪を込めて言葉を紡ぐ。其れでも此処を立ち去って貰わねば為らぬ状況に追い込まれているのだと誠心誠意語った。如何しても此処を離れて欲しい、と冒険者たちに諭され村人たちの表情は渋くなるばかり。 「身勝手な言い分だとは、思います」 ナオとて、彼らの心を理解せずに発言したのでは無い。傲慢だとしても、救える命を救いたいと膝の上に置いた拳を強く握っていた。村人たちも、離れるしか無いのだろうかと現実を見遣るたびに胸が締め付けられる想いになる。 「(故郷を離れるって、寂しいことなぁ〜ん……)」 けれど此の侭にはしておけない、と南風の雲・ユー(a45791)も思う。 「村の人たちが村を離れている間、少しでも作物が無事でいるように、畑に囲いを作らせて欲しいのなぁ〜ん。私も出来ることを全力でするから、家の補強とか、出来ることがあれば言って欲しいなぁ〜ん」 出発までに行わねば為らないことの話をユーが切り出しても、大きな反論は既に無かった。此処を去らねば、命を失う可能性が限り無く高い現状が、彼らにも良く理解出来たのだろう。 生まれ育った地と村を愛する気持ちは理解出来る、と胸元に手を当てアレクサンドラが切り出した。 「決して貴殿らの生活を恒久的に奪うつもりでは無い。信頼出来ぬと感じる方も居るかも知れぬ……だが、実りの畑を死者の手で無く貴殿らの手に取り戻し、今度こそ真実の平穏を得る為に、必要な行動であることをどうか、理解して頂きたい」 最早、大声で否定が叫ばれることも無い。 「皆さんが早くこの村へ戻れる状況を作ることが、私たちの此れからの仕事なんです」 取り成すようなナーサティルグの言葉にも、村人たちは傷み入るように顔を伏せて黙っていた。敵は奉仕種族を盾とすらする危険な存在。此処に人が居る以上、アンデッドが襲い来れば確実に村は戦場となり、荒廃してしまうだろう。 「人が生きてこそ、村も生きるのです」 カズハがやや口調を強めて村長に問うた。 「どうか、避難をして頂けないでしょうか」 村長は深く息を吐き、判りました、ときっぱり言葉を返す。 「冒険者様の誠意を有難く思います。ですが、出立の準備には時間も掛かります」 子供や女性に負担が掛かることを思えば、尚更出立は早めるべきだろうとアレクサンドラが忠告する。無論、避難中は物資の運搬や護衛など、冒険者に出来る事柄は手を貸したいのだと申し出る冒険者らに年若い村の長は穏やかな微笑を浮かべた。 「冒険者様は今夜、どうぞ村に御泊り下さい。明日の朝までに、出立の準備を整えましょう」 村人が納得した様子であるのを見、ジョジョは村長の家を出る。真っ直ぐに畑へ向かい、既にアンデッドの監視作業を始め、分布状況を調べている筈の三人のもとへ合流した。
●旅立ちの前に 「言うまでも無いだろうが、畑を踏み荒らさぬよう気をつけてくれ」 イドゥナは静かな声に、タツキも頷く。丹念に手入れし続けて来た畑を、冒険者らが踏み荒らしながらアンデッドを退治する様を村人が見れば、復興への意欲は失われ絶望感だけが彼らを取り巻くことに為りかねない。多少の手間と多少の傷を負ってでも村の人々が大切に思うものを護り切ることこそ、民の為に果たすべき義務なのだ。 村へ向かうアンデッドが出ないよう、村人が戦闘に巻き込まれないよう数人の冒険者が堤防の役割を果たす中、真っ先に攻勢へ出たのはイワンだった。弓に番えた矢を放ち、鋭くアンデッドの背を射抜く。防ぐことも許されず矢を受けた死体は未だ倒れず、手を止める。 周辺のアンデッドらも同時に、生きる者すべてを敵と見做し手近な冒険者らへ向けて襲い掛かって来た。イドゥナは粘着く白糸を解き放ち、複数のアンデッドの足を止める。ジョジョは容赦無く巨大剣を振るい、横薙ぎにして死体の腹を切り裂いて行った。タツキも下段からの振り上げを中心に攻撃し、芽を摘むことが無いよう気遣いながら戦闘を続ける。 畑の中へは無理に入らず、イドゥナは距離を保つ敵へ闘気を刃に変えて解き放ち、距離が詰まれば鋭利な闇色の刃を生み出し敵を穿った。ジョジョが最後の一体を、爆発の轟音と共に叩き潰して短い戦闘は終わる。 村人への被害も無く戦いが終わり、ネミンは安堵に小さく息を吐いた。何だか色々と思い出されて、少しだけ視線を落としたところ、此方を覗き込んでいた小さな女の子と目があった。 「わぁ。やっぱり、天使のおねーちゃんだぁ」 少女はにっこり笑って、ネミンの袖を引く。 「あなた、は……」 約一年前此処へ来た際、ひとりだけ微笑んでくれた少女だった。また来てくれたの、と笑う彼女の頭を撫でてやりながら、何だか色々と込み上げてきてネミンはぎゅっと目を瞑る。
翌朝、村人と冒険者は村を発った。 ユーは村長たちに告げた通り、出発の直前まで出来る限りの畑に囲いを作り作物を保護出来るよう努力した。今はノソリンの姿となり、大量の荷物を載せた荷台を引いて進んでいる。 殿を務めながら、イドゥナは全体の様子を気遣っていた。体力の無い者が倒れるような、無茶を押した行軍はすべきで無い。村娘と話をし飽きたらしいティアレスも、最後尾に戻って来ると「御苦労」等とにやりと笑って傲岸な台詞を吐いた。 森に囲まれた村が見えなくなって暫し、ナオは後方を振り返る。彼女は当初、フワリンを召喚することも考えたのだが、移動中に効果が切れてしまうだろうから、其の度に荷を括り付け直したり大地に荷が散らばることを考えれば呼ばぬ方が良いだろうと判断した。出来る限り早い未来に、村人たちが再び村へと帰ることが出来るよう、冒険者として冒険者に出来ることをしなければと小さく誓う。 休憩や食事のたび、カズハは美しく幸運を運ぶかのような楽曲で人々の空腹を癒し、寝る際には村人が敵の毒牙に掛からぬよう気遣った。次はきっと本当の平和を連れて来ますよ、と微笑む彼の言葉には多くの村人が励まされただろう。 数日後、村人たちは無事、避難を終えることとなる。

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参加者:10人
作成日:2006/04/29
得票数:冒険活劇31
ダーク1
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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