<リプレイ>
●それぞれの事情 完全武装の黒衣のいでたちは、長閑な田園風景――少なくとも今はだが――の真っ只中に佇む農村においては、甚だしく浮いて見えた。赤黒眼の狂戦士・マサト(a28804)自身それは自覚するところだったが、さりとて村民感情への配慮などというお題目に、歯痒さが先立つのだった。 現時点での動機付けが同盟側の、それも軍事的な利害から生じる一方的なものであることに、マサトは自分の中の歯車を巧く合わせられないでいた。 だからマサトは、村のアーチで同行していた他の冒険者達の背を見送ったのだった。本心から村人を説得できない者が、そうでない彼等の足を引っ張るわけにはいかない。 (……と、柄にもなく面倒な考えに浸っちゃうな) 物思いから我に帰ると、マサトは東の方を見渡す。その先には、自分とは倒すか倒されるかの単純な関係しか成り立たない、アンデッド達がいる筈だった。
「遠路はるばる、ようこそおいで下さいました」 出迎えた初老の村長夫婦の態度は、至極丁寧で悪意の欠片も無い。寧ろ好意的と言えた。 なんとはなしに強硬姿勢を予想していた一行は、些か拍子抜けした。蒼の奏剣・セレネ(a35779)が代表して語る避難の意義についても、一々頷いて理解を示した。 実のところ村長自身も、村民に同様の説得を試みた一人だった。 「しかし、それでも残ると言う者が居る。彼等が一人でも居る限り、私はこの地を離れるわけにはいかないのですよ」
着古した旅人の服に農耕具を担いだ姿。砂漠の民〜風砂に煌く蒼星の刃・デューン(a34979)の出で立ちは、およそ冒険者のソレとはかけ離れていた。 「お手伝いさせて下さい」 そう声を掛けられたある農夫は、しかしそれでもデューンの素性を看破した。デューンが農耕慣れしていないことは、豊かな経験を積んでいた農夫には一目でわかった。 「それにこのご時世、こんな土地に来る余所者は他におらんだろう?」 そう言いつつ、手提げ式の水桶二つを差し出した。 「これを持って付いて来て貰えると助かる。話は水を撒きながら聞こうか」 「え?」 「避難の説得に来たんじゃないのか?」 「それは……そうなんですが」 被説得者の方から話を振られるのは予想外だった。尤も、幸いにして今目の前にいる農夫は、然して警戒していない。話をするには好都合ではあった。 結局デューンは、農夫の後ろについて行きながら、避難の説得に当たることになった。 ――例えば夏秋に蒔き、冬の雪の下で育ち、春に実る作物もあります。『種まきの時期に間に合わない』のではなく『時期を待つ』のです……その時までには、ここに戻って来られますから。 「難しい言い方をするなぁ」 一通り話を聞き終わった農夫は一旦手を休めると、そう言った。 「それにこの春に撒いた種を諦めるのなら、この水撒きも無駄になる。でもあんたは手伝ってくれた。なんでかね?」 「――あ」 デューンは自分の言行不一致に気付き、狼狽する。が、それを指摘した農夫は気分を害するどころか、豪快に笑い出した。 「あんた、良い人だな」 「……恐縮です」 「気に入った。付いて来な、他の連中の説得に口添えしてやるよ」
この地域に住む人間は、ヒト・エルフ・ストライダーのみだ。従ってリザードマンである砂塵の中に消えゆく旅龍・ギ(a33429)の素性は、村民には容易く推測できた。畑で作業していた農夫たちは、農道を歩いてくるギに何事かと集まり始めた。 ギは自分がここに来た理由を説明し、早速説得を始めた。 まず、現状としてここが戦場になる可能性が非常に高いことを取り上げた。 次に、あくまでこの戦いが終わるまでの一時的な避難であること、戦闘によって土地そのものが消えてなくなるわけではないということを説明する。 話を聞いていた農夫たちは、戸惑った顔を見合わせた。ギの言っている事は正論だ、が、彼等は既にその正論を超越してここに残る事を選択していた。 そして次にギが口にした言葉で、その場は一気に緊張した。 「また、避難時の生活も同盟が保障する」 「保障って、具体的に何をしてくれるんだ?」 ギは言葉に詰まった。実のところ彼自身その詳細を知らないのだ。避難生活となれば大体相場が決まってくるが、期間や同盟の支援能力次第でその内容の変動は大いに有り得る。 安易に虚言を弄することを避けるため、ギはこれ以後遁辞に終始する事になる。
新妻を連れ去られたと言う青年は、深き海の真珠・マリッセント(a36396)の説得が始まるや渋面を露にした。 「理屈じゃないんだよ」 そう拒絶した青年は、しかし声に力が篭っていなかった。マリッセントを直視しようともしない。彼女は兎に角、真摯に説得に当たった。 「帰って来た時に大切な人達の亡骸しか迎えてくれなかったら、悲しいだけなんじゃないかしら」 マリッセントは全く自覚していなかったが、連れ去られた人々は正に彼女と同じ年代――セイレーンとしての外見年齢を基準にしてだが――の女性達だった。彼女たちを代弁する形で青年の身を案じるマリッセントの言葉は、字句の巧拙以上に青年の心を揺さぶった。 「……考える時間が欲しい」
●総意 日が沈み、村長の呼び掛けで村民全員が中央広場に集まった。召集理由は勿論、避難の是非を話し合う為だ。 先ず村民全体に対し、想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)が説得の口火を切った。 ――このままでは何時また去年行なわれたような人狩りが行なわれてもおかしくないこと。 ――自分たちがここにいるアンデッド達を倒すための戦いを起こすつもりであること。 ――この戦いでこれ以上みなさんの命を失われるような事になって欲しくないこと。 ――この戦いが終わりアンデッド達を追い払うことが出来ればすぐに戻ってくることが出来ること。 「村に戻ってくるまでの生活と安全を保証すること」については、ギの失敗を踏まえて伏せる事にした。それらを言い終えるや否や、村民から反論が上がった。 「お前達の勝手な都合」「俺達の命が大切なら戦うのをやめろ」「侵略を許しておいて今更何を言うか」――それら批判に丁寧に受け答えしていたセレネは、元来の高飛車な口調を抑えるのに必死の努力を要した。 尤も、批判が目立ったのはそれらが鋭い怒気を伴っていたからに過ぎない。大半の村民は、腹を決めかねているのが実情だった。 残留派が声を張り上げるのに疲れた頃合を見計らって、ひとりの村人が静かに避難への賛意を表した。 「潮時だろう。今を逃せば、同盟の保護はもう受けられなくなる」 彼は、デューンが最初に説得に当たった農夫だった。彼が説得の口添えに当たった他の村人達の何人かも、一様に頷いた。 戦いは避けられない。重要なのはその時、自分たちが同盟とノスフェラトゥどちらに属する事を望むかだ。さて、自分と家族の安全を考えたとき、どちらが信用できる? 「だが、攫われた家族が戻ってくる場所はどうなるんだ?」 「俺達が攫われたり殺されたりしない保証はないだろう」 未だ激舌を緩めない残留派を宥めたのは、マリッセントが説得した青年だった。 「それに、もう分かっているだろう? 攫われた人間が帰ってくるためには、同盟に勝って貰うしかないって」 「勝てるのかよ」 残留派はそう反論したが、同盟が勝つ必要性については否定しなかった。 「どうかもう一度、私達を信じてくださいませ」 セレネはそう繰り返すしかなかった。
その後の話し合いからは、冒険者一行は距離を置くことになった。避難する主体が飽くまで村民である事からだったが、避難派と残留派に彼等の意見が分かれなければこういった形にはならなかったろう。一行が村人の雑多な反論への応答に終始する事態にならなかったのは、集会前に個別の説得を行った点が大きかった。事前に得られた賛同者達は、自分たちの言葉で残留派の説得に当たった。 避難派の最大の論拠は、戦闘の必然性だった。同盟の事情もあるが、避難派のみでの逃亡が残留派の今後に悪影響を及ぼす公算も高かった。従って「全員残るか、去るか」しか選択肢はない。しかし残留派としても、逃亡を決めた人々を危地に押し留めるだけの覇気はなかった。ノスフェラトゥの残虐性は、人狩りの一件で身に染みている。 次第に残留派の口数は少なくなり、議論は下火になっていった。 「では、最後の確認をしよう。是が非にも村に残りたいと言う者は?」 村長の呼び掛けに応える者はいなかった。
●故郷への別れ 「一発どかんといくですよぅ♪」 明けて朝。好き好き大好き愛してる・スノゥ(a32808)が放った<慈悲の聖槍>が、避難の障害を取り除くアンデッド掃討戦開始の合図となった。説得に加わらなかったスノゥは、その間のもどかしさを発散させるが如く積極的に攻勢に加わった。 当初の予定ではスノゥ・ラジスラヴァ・セレネの三人で遊撃し、デューンが村の東で防衛線を張って迎撃する構えを見せいていた。が、程なく作戦の修正を迫られる事になった。 アンデッドの進行路が幅広過ぎたからだ。スノゥ達はアンデッドを追いきれず、デューンも一人ではアンデッドの全てを阻止する事は出来なかった。結局遊撃による掃討は諦め、錬鉄師・ライアス(a47080)ら残り4人と共に、総力を挙げて村の防衛に当たる事になった。 村民は村の中央部の家屋に分散して隠れていた。ライアスが村の外に配置したクリスタルインセクトを眼の代わりに、彼女の指揮の下で掃討戦兼防衛戦は展開して行った。 土壇場での方針変更が致命的とならなかったのは、アンデッドの戦闘能力が低かったことにある。冒険者の攻撃なら、ほぼ一撃で倒す事が出来た。もう一つは、村民を悪戯に移動させなかった事に依る。護衛対象を一箇所に纏めていたお陰で、アンデッド達の進路も村に集中していた。結果、最終防衛線を最初から規定する事が出来たわけだ。 日が中天を回る頃、散発的だったアンデッドの襲来も鳴りを潜めた。再びスノゥら3人が遊撃隊として索敵に出掛け、程なくアンデッドの姿が見付からない事を告げた。掃討戦は完了した。
村民の護送については、その準備に数日を要した。食料や衣類の運び出し、運搬の為の荷車の用意、留守宅の戸締りと補強。運搬に使うノソリン以外の家畜は食肉として加工され、それに不適なものは放逐された。 村を離れる際の村人の表情は様々だった。何度も後ろを振り返る者、口を真一文字に引き結んで真っ直ぐ前を見据える者、涙を滲ませる者、ごく少数ながら敢えて明るく振舞う者。意外なことに道中、冒険者に対する不満を再び口にする者だけはいなかった。 護送を終え、避難場所に別れを告げる冒険者一行を、残留派でもっとも激しく抗議した村人が呼び止めた。 「……信じて良いんだよな?」 万感の滲むその問いに、だが今は言葉を以ってしか応えられないことに一行はもどかしさを感じた。 「信頼に応えて見せますわ……今度こそ」 セレネは、力強く言い切った。その言葉を虚言にするわけにはいかない、それが八人の冒険者の共通の思いだった。

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参加者:8人
作成日:2006/05/08
得票数:冒険活劇9
戦闘1
ダーク5
ほのぼの1
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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