住民強制避難:不安の天秤



<オープニング>


●住民強制避難
 チキンレッグ街道の西方、死者の祭壇から旧エルドール砦へと到る地域は、旧モンスター地域の中でも復興が遅れた地域であった。
 もともと痩せた土地柄であった上に、ノスフェラトゥの侵攻により深刻な痛手を受け、更にはグドン地域からのグドンの流入の被害も重なっていたのだ。

 だがそれでも、水と日の光さえあれば、種は芽吹き作物は育つものだ。

「この村は捨てられん」
 野良仕事をする農夫の一人がそう呟いた。
 エルドール護衛士団からのお触れは噂に聞いている。あの、憎きノスフェラトゥが、またしても攻め寄せようとしているのだという。
 だが、それは本当だろうか?
 別の噂では、ここよりも更に西にある村でも平和に暮らしている村があるという。

「どのみち、今年の収穫が無くなれば、わしらは生きていけぬ。畑を見捨てて逃げるのは子供を見捨てていくのと同じ事だ」
 痩せた土地に鍬を入れ、水を引き、種を撒いた。
 その種が芽吹こうとする今の時期に、畑を捨てろなどという暴言に従う事ができるだろうか?

 そうして彼は、畑仕事を再開した。

※※※※

「今回の仕事は、少し大変かもしれないわね」
 ヒトの霊査士・リゼルは、集まった冒険者達にこう告げた。
 円卓では、地上に侵攻した列強種族ノスフェラトゥに対する強攻策が採択されており、遠からず旧モンスター地域西方は列強種族同士の戦いの場となるだろう。
 その時、ノスフェラトゥ達が、住民を盾にするであろう事は想像に難く無い。

 つまり、その前に住民達の避難を、無理矢理にでも終わらせなければならないのだ。
 その障害となるのは大きく3つ。

 1つ目は、ノスフェラトゥ軍の動き。
 現在までの所、大きな動きは確認されていないが、同盟諸国の冒険者による奉仕種族の略奪が行われれば、彼らが軍勢を率いて邪魔しにくるかもしれない。
 そうなれば、数人の冒険者で対応する事はできないだろう。

 2つ目は、農作業をするアンデッドの存在。
 アンデッドが農作業をしているのは、ノスフェラトゥに命令されたからだろう。
 ならば、ノスフェラトゥが戦えといえば忠実に戦う戦士となる。
 もしかしたら、住民が逃げ出そうとしたら襲うように命令されているかもしれない。
 農作業を行うアンデッド達は、同盟の冒険者に比べれば他愛の無い敵ではあるが、避難させる住民には脅威となるだろう。
 住民避難の前に、アンデッドの駆逐が必要かもしれない。

 3つ目は、村人の説得。
 農民は土地と共に生きるもの。
 そして今は、畑作にとって最も大事な時期のひとつである春。
 彼らを畑から引き離す事は難しいのかもしれない。
 説明して納得してもらう事が重要だが、それが不可能な場合は、粘り蜘蛛糸で縛ってでも依頼を完遂すべきかもしれない。

「つまり、ノスフェラトゥ軍が動きだす前に周辺のアンデッドを駆逐して、村の人達を避難させるのが、今回の目的よ」
 もしかしたら、畑を捨てさせられる村人に恨まれるかもしれない。
 しかし、たとえ恨まれたとしても、やらなければならない事があるのだ。

「村人達を説得するには、彼らの視点で物を考えてあげなければならないと思うわ」
 最後にリゼルは、こう付け加えたのだった。

●不安の天秤
 冒険者の酒場の最奥で陣取ったヒトの霊査士・セリナは、何時もの如く卓上に地図を広げた。
「今回貴方達に、説得・避難誘導をお願いしたい村が、ここ」
 セリナの指が、地図上の赤い一点を示す。その周りをやや歪に、赤い線が囲む。点が村、縁取られた区画が耕作地だ。
 その北東と南東に、青インクで同様の点と線で描かれた廃村があった。廃村と言っても、元来の村人は件の村に拠って生活を続けていた。ノスフェラトゥ占領下での不安をいくらかでも緩和する為に、彼等は最も人口が多かった西側の村に集まって生活することを選んだ。西側の村で起居する人々の数は、現在40名弱と言ったところだった。
 ミュントス略奪部隊による女性人口の減少こそあれ、村人は村を放棄するつもりは更々無かった。寧ろ攫われた家族を待つ為にこそ、彼女たちが帰るべき故郷を打ち捨てる事への抵抗感があった――望みが費えたに等しくとも。
 無論、この土地から離れたがらない理由には、より現実的な側面もある。耕地、治水、既に終えていれば種まき、そしてこの土地で培った経験。移住すればそれらの全てを最初から築き上げねばならない。現に二つの廃村の住民達も、日中は自分たちの耕作地まで出向いて作業を継続していた。
「以上が、説得上の障害。そしてこれからが、避難誘導上の障害になるわ」
 廃村周辺の耕作地も、可能な限り本来の持ち主によって手が加えられているのは前述の通り。しかし拠点となる村が西に移った為、特に東側には手の回っていない畑が数多くあった――そこを現在耕しているのが、アンデッド達だった。その数、40前後。
 無人の二つの村を拠点とし、その東側南北の広範囲に分布していた。戦力としては、冒険者の脅威ではない。しかしセリナの霊視によって、アンデッド達に少々厄介な指示が与えられている事が判った。
「一言で言えば、村人の逃亡の阻止。東側に向かう人間を感知した場合、無差別に襲うようになっているわ。
 また、アンデッドに何らかの攻撃が加えられた場合も、西側の村住民に対する一斉攻撃が始まる仕組みになっている」
 西側を通る迂回路は、いずれ別の、且つより多数のアンデッド集団とぶつかる可能性が高く、現実的ではない。
「何はともあれ、先ずは説得で最善を尽くさない限りは、色々と支障もでてくるでしょうね。
 では、この依頼に参加してくれる人は?」


!グリモアエフェクトについて!
 このシナリオはランドアース大陸全体に関わる重要なシナリオ(全体シナリオ)ですが、『グリモアエフェクト』は発動しません。
 これは、舞台となる旧モンスター地域西方が、現在ノスフェラトゥの領土となっており、同盟諸国の領土では無い事が主な理由となっています。

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参加者
想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)
赤黒眼の狂戦士・マサト(a28804)
罠と手品の笑顔の匠・スノゥ(a32808)
帰ってきた・ギ(a33429)
砂漠の民〜風砂に煌く蒼星の刃・デューン(a34979)
蒼の誓剣・セレネ(a35779)
深き海の真珠・マリッセント(a36396)
錬鉄師・ライアス(a47080)


<リプレイ>

●それぞれの事情
 完全武装の黒衣のいでたちは、長閑な田園風景――少なくとも今はだが――の真っ只中に佇む農村においては、甚だしく浮いて見えた。赤黒眼の狂戦士・マサト(a28804)自身それは自覚するところだったが、さりとて村民感情への配慮などというお題目に、歯痒さが先立つのだった。
 現時点での動機付けが同盟側の、それも軍事的な利害から生じる一方的なものであることに、マサトは自分の中の歯車を巧く合わせられないでいた。
 だからマサトは、村のアーチで同行していた他の冒険者達の背を見送ったのだった。本心から村人を説得できない者が、そうでない彼等の足を引っ張るわけにはいかない。
(……と、柄にもなく面倒な考えに浸っちゃうな)
 物思いから我に帰ると、マサトは東の方を見渡す。その先には、自分とは倒すか倒されるかの単純な関係しか成り立たない、アンデッド達がいる筈だった。

「遠路はるばる、ようこそおいで下さいました」
 出迎えた初老の村長夫婦の態度は、至極丁寧で悪意の欠片も無い。寧ろ好意的と言えた。
 なんとはなしに強硬姿勢を予想していた一行は、些か拍子抜けした。蒼の奏剣・セレネ(a35779)が代表して語る避難の意義についても、一々頷いて理解を示した。
 実のところ村長自身も、村民に同様の説得を試みた一人だった。
「しかし、それでも残ると言う者が居る。彼等が一人でも居る限り、私はこの地を離れるわけにはいかないのですよ」

 着古した旅人の服に農耕具を担いだ姿。砂漠の民〜風砂に煌く蒼星の刃・デューン(a34979)の出で立ちは、およそ冒険者のソレとはかけ離れていた。
「お手伝いさせて下さい」
 そう声を掛けられたある農夫は、しかしそれでもデューンの素性を看破した。デューンが農耕慣れしていないことは、豊かな経験を積んでいた農夫には一目でわかった。
「それにこのご時世、こんな土地に来る余所者は他におらんだろう?」
 そう言いつつ、手提げ式の水桶二つを差し出した。
「これを持って付いて来て貰えると助かる。話は水を撒きながら聞こうか」
「え?」
「避難の説得に来たんじゃないのか?」
「それは……そうなんですが」
 被説得者の方から話を振られるのは予想外だった。尤も、幸いにして今目の前にいる農夫は、然して警戒していない。話をするには好都合ではあった。
 結局デューンは、農夫の後ろについて行きながら、避難の説得に当たることになった。
 ――例えば夏秋に蒔き、冬の雪の下で育ち、春に実る作物もあります。『種まきの時期に間に合わない』のではなく『時期を待つ』のです……その時までには、ここに戻って来られますから。
「難しい言い方をするなぁ」
 一通り話を聞き終わった農夫は一旦手を休めると、そう言った。
「それにこの春に撒いた種を諦めるのなら、この水撒きも無駄になる。でもあんたは手伝ってくれた。なんでかね?」
「――あ」
 デューンは自分の言行不一致に気付き、狼狽する。が、それを指摘した農夫は気分を害するどころか、豪快に笑い出した。
「あんた、良い人だな」
「……恐縮です」
「気に入った。付いて来な、他の連中の説得に口添えしてやるよ」

 この地域に住む人間は、ヒト・エルフ・ストライダーのみだ。従ってリザードマンである砂塵の中に消えゆく旅龍・ギ(a33429)の素性は、村民には容易く推測できた。畑で作業していた農夫たちは、農道を歩いてくるギに何事かと集まり始めた。
 ギは自分がここに来た理由を説明し、早速説得を始めた。
 まず、現状としてここが戦場になる可能性が非常に高いことを取り上げた。
 次に、あくまでこの戦いが終わるまでの一時的な避難であること、戦闘によって土地そのものが消えてなくなるわけではないということを説明する。
 話を聞いていた農夫たちは、戸惑った顔を見合わせた。ギの言っている事は正論だ、が、彼等は既にその正論を超越してここに残る事を選択していた。
 そして次にギが口にした言葉で、その場は一気に緊張した。
「また、避難時の生活も同盟が保障する」
「保障って、具体的に何をしてくれるんだ?」
 ギは言葉に詰まった。実のところ彼自身その詳細を知らないのだ。避難生活となれば大体相場が決まってくるが、期間や同盟の支援能力次第でその内容の変動は大いに有り得る。
 安易に虚言を弄することを避けるため、ギはこれ以後遁辞に終始する事になる。

 新妻を連れ去られたと言う青年は、深き海の真珠・マリッセント(a36396)の説得が始まるや渋面を露にした。
「理屈じゃないんだよ」
 そう拒絶した青年は、しかし声に力が篭っていなかった。マリッセントを直視しようともしない。彼女は兎に角、真摯に説得に当たった。
「帰って来た時に大切な人達の亡骸しか迎えてくれなかったら、悲しいだけなんじゃないかしら」
 マリッセントは全く自覚していなかったが、連れ去られた人々は正に彼女と同じ年代――セイレーンとしての外見年齢を基準にしてだが――の女性達だった。彼女たちを代弁する形で青年の身を案じるマリッセントの言葉は、字句の巧拙以上に青年の心を揺さぶった。
「……考える時間が欲しい」
 

●総意
 日が沈み、村長の呼び掛けで村民全員が中央広場に集まった。召集理由は勿論、避難の是非を話し合う為だ。
 先ず村民全体に対し、想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)が説得の口火を切った。
 ――このままでは何時また去年行なわれたような人狩りが行なわれてもおかしくないこと。
 ――自分たちがここにいるアンデッド達を倒すための戦いを起こすつもりであること。
 ――この戦いでこれ以上みなさんの命を失われるような事になって欲しくないこと。
 ――この戦いが終わりアンデッド達を追い払うことが出来ればすぐに戻ってくることが出来ること。
 「村に戻ってくるまでの生活と安全を保証すること」については、ギの失敗を踏まえて伏せる事にした。それらを言い終えるや否や、村民から反論が上がった。
 「お前達の勝手な都合」「俺達の命が大切なら戦うのをやめろ」「侵略を許しておいて今更何を言うか」――それら批判に丁寧に受け答えしていたセレネは、元来の高飛車な口調を抑えるのに必死の努力を要した。
 尤も、批判が目立ったのはそれらが鋭い怒気を伴っていたからに過ぎない。大半の村民は、腹を決めかねているのが実情だった。
 残留派が声を張り上げるのに疲れた頃合を見計らって、ひとりの村人が静かに避難への賛意を表した。
「潮時だろう。今を逃せば、同盟の保護はもう受けられなくなる」
 彼は、デューンが最初に説得に当たった農夫だった。彼が説得の口添えに当たった他の村人達の何人かも、一様に頷いた。
 戦いは避けられない。重要なのはその時、自分たちが同盟とノスフェラトゥどちらに属する事を望むかだ。さて、自分と家族の安全を考えたとき、どちらが信用できる?
「だが、攫われた家族が戻ってくる場所はどうなるんだ?」
「俺達が攫われたり殺されたりしない保証はないだろう」
 未だ激舌を緩めない残留派を宥めたのは、マリッセントが説得した青年だった。
「それに、もう分かっているだろう? 攫われた人間が帰ってくるためには、同盟に勝って貰うしかないって」
「勝てるのかよ」
 残留派はそう反論したが、同盟が勝つ必要性については否定しなかった。
「どうかもう一度、私達を信じてくださいませ」
 セレネはそう繰り返すしかなかった。

 その後の話し合いからは、冒険者一行は距離を置くことになった。避難する主体が飽くまで村民である事からだったが、避難派と残留派に彼等の意見が分かれなければこういった形にはならなかったろう。一行が村人の雑多な反論への応答に終始する事態にならなかったのは、集会前に個別の説得を行った点が大きかった。事前に得られた賛同者達は、自分たちの言葉で残留派の説得に当たった。
 避難派の最大の論拠は、戦闘の必然性だった。同盟の事情もあるが、避難派のみでの逃亡が残留派の今後に悪影響を及ぼす公算も高かった。従って「全員残るか、去るか」しか選択肢はない。しかし残留派としても、逃亡を決めた人々を危地に押し留めるだけの覇気はなかった。ノスフェラトゥの残虐性は、人狩りの一件で身に染みている。
 次第に残留派の口数は少なくなり、議論は下火になっていった。
「では、最後の確認をしよう。是が非にも村に残りたいと言う者は?」
 村長の呼び掛けに応える者はいなかった。

●故郷への別れ
「一発どかんといくですよぅ♪」
 明けて朝。好き好き大好き愛してる・スノゥ(a32808)が放った<慈悲の聖槍>が、避難の障害を取り除くアンデッド掃討戦開始の合図となった。説得に加わらなかったスノゥは、その間のもどかしさを発散させるが如く積極的に攻勢に加わった。
 当初の予定ではスノゥ・ラジスラヴァ・セレネの三人で遊撃し、デューンが村の東で防衛線を張って迎撃する構えを見せいていた。が、程なく作戦の修正を迫られる事になった。
 アンデッドの進行路が幅広過ぎたからだ。スノゥ達はアンデッドを追いきれず、デューンも一人ではアンデッドの全てを阻止する事は出来なかった。結局遊撃による掃討は諦め、錬鉄師・ライアス(a47080)ら残り4人と共に、総力を挙げて村の防衛に当たる事になった。
 村民は村の中央部の家屋に分散して隠れていた。ライアスが村の外に配置したクリスタルインセクトを眼の代わりに、彼女の指揮の下で掃討戦兼防衛戦は展開して行った。
 土壇場での方針変更が致命的とならなかったのは、アンデッドの戦闘能力が低かったことにある。冒険者の攻撃なら、ほぼ一撃で倒す事が出来た。もう一つは、村民を悪戯に移動させなかった事に依る。護衛対象を一箇所に纏めていたお陰で、アンデッド達の進路も村に集中していた。結果、最終防衛線を最初から規定する事が出来たわけだ。
 日が中天を回る頃、散発的だったアンデッドの襲来も鳴りを潜めた。再びスノゥら3人が遊撃隊として索敵に出掛け、程なくアンデッドの姿が見付からない事を告げた。掃討戦は完了した。

 村民の護送については、その準備に数日を要した。食料や衣類の運び出し、運搬の為の荷車の用意、留守宅の戸締りと補強。運搬に使うノソリン以外の家畜は食肉として加工され、それに不適なものは放逐された。
 村を離れる際の村人の表情は様々だった。何度も後ろを振り返る者、口を真一文字に引き結んで真っ直ぐ前を見据える者、涙を滲ませる者、ごく少数ながら敢えて明るく振舞う者。意外なことに道中、冒険者に対する不満を再び口にする者だけはいなかった。
 護送を終え、避難場所に別れを告げる冒険者一行を、残留派でもっとも激しく抗議した村人が呼び止めた。
「……信じて良いんだよな?」
 万感の滲むその問いに、だが今は言葉を以ってしか応えられないことに一行はもどかしさを感じた。
「信頼に応えて見せますわ……今度こそ」
 セレネは、力強く言い切った。その言葉を虚言にするわけにはいかない、それが八人の冒険者の共通の思いだった。


マスター:芥郎 紹介ページ
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作成日:2006/05/08
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