<リプレイ>
●銀の工房 足を踏み入れた瞬間、溜息が零れる。控えめに光り輝く銀の品々へ施された精緻な細工に、アレクサンドラは目を奪われた。素晴らしい、と息を吐きながら飾られた食器を眺め遣る。冒険者らはセイレーンの大領主である琥珀の寵姫・ルクレチアの命を受け、彼女の持つ工房のひとつへと訪れていた。職人たちは今も作業中であるようで、厚い扉を隔てた向こう側から断続的に物音が響いて来る。休憩と接客を兼ねてか、職人たちは代わる代わる顔を見せては冒険者たちに愛想の良い笑みを向けた。 ストライダーのハルは彼らの邪魔にならぬよう静かに銀食器を見詰め、其の美しさに心が癒されていくのを感じる。彼女は「ルクレチア様が御好みになるのが判る気がします」と頬を緩めて小さく零した。品があり質の良いものばかりだとアリエノールも微笑んだ。好みのものがあれば引き取って構わぬと指示も出ていることだし、選ぶ楽しさも湧いて来る。 職人の許可を得てから、アネモネは手袋を嵌めて銀の食器に手で触れた。手袋越しで指先に伝わる細やかな装飾に目を細めつつ、職人と趣向を凝らした点などについて語り合う。食器を主に扱う工房だけあって、調理を趣味とするファオの目を惹く品も多かった。映える紫陽花に似た青を手元に置いて、大領主様への敬意と共に大切にしたいと職人に話せば、職人も即座に快諾してくれる。 「ジルちゃんの好きな銀器って、どんなの?」 「ジルですか? ジルは……えっと、動物さんの形をしたのとか、可愛くて好きですっ」 鳥の形をした呼び鈴を見つつ、フラジィルが元気に答える。問うた側のヴィンは、何故だか彼女は手を離してくれないので、少し照れた風に呼び鈴へ視線を落としつつ頷いた。フラジィルはもう一方の手で、ロスクヴァの手も捕まえている。彼女は二人の遣り取りを目に優しく微笑んで、苺のタルトを作って来ましたから後で一緒に食べましょうね、とフラジィルを喜ばせるような約束をした。 一方、リオンは首輪の類が見付けられずにいる。銀食器を主に扱う場には流石に無いのかと納得しつつも、面白みが無いなと不満げな顔をした。ユズリアとアニエスも連れ立って銀食器の数々を見遣り、気に入りのものを探さんとしている。 また、気に入った品を見付けたノリスが持参した宝石と交換して欲しいと職人に申し出たところ、職人は表情を曇らせ首を横に振った。無償で譲ると言った職人らの主人に対し、代価を支払おうとする彼の態度は侮辱と思えたらしい。私たちは寵姫の為に作るのであって、寵姫が譲ると仰ったから譲るのであって、金儲け目当てで工房に居るのでは無いのだと言う。
●余談閑談 「ティアレス様、御誕生日おめでとうございますっ!」 向日葵のような明るい笑顔でリウナが言った。祝われた側の毀れる紅涙・ティアレス(a90167)は複雑そうに眉根を寄せていたが、幾分か表情を和らげて「祝いに感謝を」と短く告げる。 「御誕生日にまで御仕事とは御気の毒ですけれど、殿方の働いている姿は美しいと思いますわ」 此れもきっとロザリー様のお心遣いなのでしょう、とエルノアーレは霊査士の名をあげて微笑む。彼女自身は本心から言葉を紡いでいるようだから、ティアレスは唸るのみで押し黙った。かの霊査士の発想がより独創的に変わり来たのかと彼の災難を憐れみつつ、イドゥナは何れ再びの機会があれば共に酒を酌み交わそうと言葉を交わす。 「というかティアレス氏、今年で二十六歳? わっかいなぁ、見た目はそう見えな……」 ゲフゲフと咳払いして言葉尻を誤魔化すボサツに対して、 「二十六か……まさか八歳も年上だったとは」 もっと若いと思っていたとガルスタが言う。我は如何反応すれば良いのだ、と暫く悩んでいた様子のティアレスも「自分と同じ年代と感じさせる我はつまり、親しみ易いと言うことでは無いだろうか!」と酷く前向きに捉えて胸を張った。ボサツとガルスタは無言で顔を見合わせる。薔薇を背負った男が親しみ易い人間を自称するのには、少なからず無理があるに違いない。 「其処で。より親しみ易いティアレスさんを開拓すべく、私たちも贈り物を準備しました」 振り向けば穏やかな笑顔で微笑むアウラとアクアローズの姿があった。彼らの手にはノソリンを模した着ぐるみが一着。色は情熱のローズレッド、薔薇吹雪用花弁詰め合わせ付きだと紹介する彼の言葉にティアレスは段々「着ぐるみも良いかな」と言う気分になってくる。 「いや、流石に如何だ。このポッテリモコモコ具合が我の感性に合わぬ!」 「ですから新境地の開拓ですよ。更に多くの女性を魅了する為に」 「ぬう……」 悩んでいるらしいティアレスに、クローディアも祝辞を述べた。今後益々美麗な方に為られるのでしょうね、とにっこり微笑む。服装もカッコいいですしね、とナオが続ける。 「目を逸らして言うな」 「……えーと、その、うん。似合ってますよ!」 やっぱり目を逸らしつつ、ナオはこほんと咳払いした。少しだけ真面目な顔になって、彼にグリモアの加護を祈り、優雅に一礼して見せる。含むところ有りげに微笑んだティアレスに、綺麗に磨き抜かれた銀食器を指して、普段食事をする時に銀食器を使っているのかとリィリが問う。美しい銀食器を使う御茶会等を開いたら女性はきっとティアレスに想いを寄せるだろう、とサガも話を振った。 ティアレスは「不要だ」と短く笑う。 「食器に惹かれて男に惚れる女など、貴様も好みはしないだろう。なれば斯様な話を振るな」 くつくつと喉を鳴らし、紅の瞳を細めて告げた。勿論茶会を開くのならば、女性の為、食器から茶葉から一級品を用意出来ねば男も廃るものだろうがと話していた彼に、突然目隠しがされる。 「だぁ……れだ♪」 ぞわっ。 突然の寒気に、がしゃんがしゃん銀食器を落としながら背後より距離を取るティアレス。 其処には化粧をし、小悪魔的と自称する表情で此方を誘惑しているらしいリリカの姿があった。 「お誕生日おめでと……りりかの一番大事にしていた物をあげるお……♪」 言いつつ彼がキスを迫ろうとして来たものだから、ティアレスの胃が限界に達したらしく、彼はバッタリ倒れると濁った血を吐き出した。ごぷぅ。自分と恋に落ちないなんて変だと腹を立て、攻撃系のアビリティを遣おうとした彼をワスプが素早く取り押さえる。折角の誕生日なんだから、此れ以上胃に負担を掛けて遣るなと溜息を洩らす。 「工房を血で汚して仕舞い、申し訳ありません。彼は心身が虚弱なものでして」 職人たちへ謝罪しつつ、グレイはティアレスを引っ掴んで工房を出る。不調法申し訳ありませんとニューラも深々と職人たちへ頭を下げる。工房見学開始直後に丁寧な挨拶をして来た二人の言葉であり、落とした銀食器にも特に損傷が見られなかった為、職人たちも渋々と言った様子で不問とした。
●休憩 「最近薄幸の美青年に落ち着いてきたようだけれど……元気かい?」 庭先に運び出されたティアレスを見て、アスベールが目を瞬く。全然元気では無さそうな彼を見つつ、「吐血まで出来るようになるなんて、正に幸薄いね」とくすくす笑った。顔色の悪いティアレスはぐったりとしており、心成しか背負った薔薇も萎れて見える。 「ティア氏……胃を、どうぞ御大事になのです」 エルフのハルが真顔で告げた言葉に、ティアレスは何か言いたげに呻いていた。魘されているようにも見える。暫くは胃に優しい食事が良いだろうか、とハルはぼんやり考えた。そんな彼を追ってか工房を出て来たリャオタンは、倒れている金髪と薔薇を見付けて手に持っていた品を後ろ手に隠す。重症らしい彼を見て右往左往しつつ、ハルの袖を引いた。 「苦労して来たって聞いたけど……苦労、してるんだね……」 そっと薔薇の花束を供えて遣りながら、アリシアが憐れむように呟いた。 「……我とて別段、男全てを厭うて居るわけでは無い。唯、我の美意識の許容を超えたのだ……!」 草原に突っ伏した彼は、うーんうーんと唸って居る。至上の美貌だからこそ殿方の心も掴んで離さないんだよ、とビャクヤがフォローに為っていないフォローをした。 「此れからは良いこともあるよう祈っていますヨ」 やはりと言うべきかジョアンも薔薇の花束を供えてやる。 「まあ、何て言うか、御愁傷様?」 苦笑しつつ、ミナも薔薇の花束を供えてやった。ティアレスは溺れた後のようにぐったりとしたまま、「以前も言ったが……女物の服を着るのは個々人の趣味の範疇であろう。我も干渉する気は無いのだが、男が男の癖に我に対して『女として扱われ』たがるのは許せん」と息も絶え絶えに珍しく語る。 「許せんと言うか、気色悪い」 「……はは」 ミナは頬を掻きつつ苦笑を深めた。 「ルーツァもティアレス様が大好きですから、元気を出して下さいましね」 一年前の誕生会からの年月を思い出すと、何だか沢山救われて来たように思えてルーツァは彼を慰める。「うう、言葉だけで無く慰めてくれると嬉しい我」等と呟くティアレスから彼女を護るよう間へと入りつつ、キャメロットは微笑んだ。 「そうふらりふらりとしていらっしゃらないで、一つの枝に止まるのも良いかもしれませんよ?」 「枝を捜している時分なのだ、と言えば良いかな」 復活して来たらしく、血色の悪い顔を振りながら彼は漸く起き上がる。まあ、おまえの考えは大方当たりだろう、と唇の端を持ち上げた。 「ティアレスさん〜。恥ずかしがり屋の綺麗な御嬢さんからです〜」 てとてと遣って来たフラジィルが、彼に向けて薔薇の意匠が施された美しいティースプーンを渡す。おお、と彼は声を洩らし、「では其の娘に此れを渡してくれ」と背景から引き抜いた薔薇を一本差し出した。其の薔薇は彼女の手を経て、セドリックの元へと贈られることになる。 そしてノヴァーリスが持って来ていた御手製の果物たっぷりデコレーションばっちりのバースデーケーキをもしゃもしゃと――かなり大喜びで――平らげて、ティアレスは漸く気力を復活させたらしく、工房へと戻って行くのだった。
●輝く食器 ルルノーはきらきらと輝く食器を前に、色々と思いを馳せている。 「これでケーキを食べたら、きっと優雅な気持ちになりますなぁ〜ん……」 そうしたらティアレスも自分にケーキを分けてくれるに違いない。ぐぐ、と拳を握ると彼女はカラトリーセットを抱き締めた。譲り受ける品に決めたらしい。楓華列島では漆の器を良く目にするが、タツキにとって銀食器は初めて見る品物だった。己の知るものとは趣の異なる食器たちを見て、興味深げな様子である。美しいグラスに魅入っていたフィードは、戻って来たティアレスの姿を見付けて声を掛けた。 「ティアレスさん、今度一緒に呑みませんか?」 男二人でなんて無粋なことは言いませんから、と彼は気遣いを口にする。先程イドゥナとも約束を終えていたティアレスは、皆で呑める機会があると良かろうなと頷いた。工房に来る以前は上機嫌だった彼が、今は未だ本調子では無い様子に見られてナミキは少し同情する。ティアレスさんの人柄とか立ち回りの良さとかは羨ましく思っているんですよ、と紡いだ言葉に彼は有難うと素直に返した。 やはり本調子で無いらしい。取り合えずナナトは彼に蹴りを入れてみた。蹴り返された。此れで少しはマシになったかと笑いつつ、意識して表情を真摯なものへと変えてみる。 「……誕生日おめでとう。またこうやってお前の生まれた日を祝えたことに感謝するぜ」 ティアレスは虚を突かれたように瞬きし、瞬きし、瞬きし、「むう」と曖昧に唸り目を逸らした。 二人の遣り取りを見ていたティーナは、何故だか胸が暖かくなって笑みを浮かべる。久し振りに見る彼の横顔が嬉しかったり、照れてしまったりと忙しい。ただいまと呟けば、きっと、おかえりと返してくれるのだろう。 ジェネシスに誘われ遣って来た霊査士は「ティアレスへの贈り物なんて何でも良いと思うけど」と素っ気無く呟きながら、しかし銀細工には興味を惹かれている様子で熱心に見学をしていた。ジェネシスが鮮やかな色硝子に目を留める横で、霊査士は職人のひとりに気付き目を見開いた。 「……貴方、『銀の薔薇』の……」 声を掛けられた青年は、やはり驚いた様子で「貴女は」と呟く。彼は工房を見渡し、見知った冒険者の顔を幾つか見付けると「貴女たちでしたか」と安堵とも付かぬ息を吐いた。 話を聞けば単純なことで、彼もセイレーンの大領主様に銀細工の腕を認められ、己の工房で働かないかと誘いを受けたらしい。つまり寵姫はセイレーン領が同盟に加わったことで、同盟領の職人たちを勧誘し始めたのだろう。霊査士は少しだけ、目蓋を伏せた。
「ティアお兄様、今日は素敵な一日になりましたか?」 薔薇のコサージュを手渡しながら、アリスが問う。 「あんまり」 ティアレスは正直に答えながら、「しかしながら、祝ってくれると言う皆の気持ちは有難かった」と唇だけで笑んで見せた。オリエはくすくすと笑いながら、綺麗な紙袋を彼に手渡してやる。紅茶葉がふわりと鼻先で香った。レインも微笑んで手作りの菓子を渡してやる。 「……プレゼントの類を受け取って安堵するのは初めてだ」 彼は苦笑しながら、少し不思議な言葉を吐いた。 「おめでと、ティアレス」 薔薇が薫るワインの瓶を差し出して、ユーリィカが笑う。 「有難う」 彼は唇を歪め、愉快げな笑みを浮かべて礼を言った。
●琥珀の寵姫 美少年らから報告を聞き、琥珀の寵姫は「そう」と返す。銀の皿に満たされた紅い苺に手を伸ばし、春の花に似た色の唇で包み込む。紅い苺は咀嚼され、細い喉奥に嚥下される。丁寧な手紙と洒落た挨拶が御気に召したらしく、アニエスの苺の一部は確実に寵姫が食された。 「面白い子も居るようね。良いことだわ」 寵姫は悪戯っぽく微笑むと、佇むエルフの美少年に手を伸ばし「今夜は貴方と一緒に寝てあげようかしら」と彼の髪を指先で梳く。美少年は漂う色香に眩暈を覚え、余りの栄誉に頬が赤くなる。寵姫を包む紅い衣装の膝の上から薄い手紙が滑って落ちた。

|
|
参加者:48人
作成日:2006/05/18
得票数:ミステリ1
ダーク2
ほのぼの39
コメディ18
えっち2
|
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
|
|
あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
|
|
|
シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|
|
 |
|
|