藤の姫の不思議な不思議な物語



<オープニング>


●藤の姫の不思議な不思議な物語
 季節ごとに様々な花が咲き誇る街に、藤の姫と呼ばれる少女が住んでいました。
 華やかに結い上げた艶々の黒髪に、いつも藤の髪飾りを挿していることからつけられた愛称です。
 淡い色の紫水晶とぺリドットで作られた髪飾りは、藤の姫が歩くと涼やかな音を立てて揺れます。
 小さくて、透きとおった、それでいて華やかな音。
 藤の姫を知る人々は皆その音がとても好きです。
 けれど、皆はそれ以上に藤の姫のことが好きでした。
 家族に大切に育てられた藤の姫。
 悪いことをした時には、何故それが悪いのかを噛んで含めるように諭されつつ叱られて。
 良いことをした時には、満面の笑顔を向けられ抱きしめられつつ褒められて。
 愛情をたっぷりと受けて育った少女は、周りの人々へも愛をあげられるようになったのです。
 幸せな、幸せな毎日。
 藤の姫がひとりの青年に出逢ったのは、そんな幸せな毎日が続いていたある日のことでした。
 春と初夏の合間、街のはずれに作られた藤棚にはそれは見事な藤の花が咲きます。
 暁の空に霞をかけたような、淡く優しい紫の花。
 小さな花が連なり咲き零れほのかに花の香漂う中、藤の姫は傷を負った青年と出逢ったのです。
 藤の姫は慌てて彼を街に連れて行きます。
 仲良しの優しい女将が切り盛りする宿屋を彼に紹介し、そこで彼の傷の手当てをしました。
 藤の姫が怪我をした青年を助けたという話を聞き、色々な人が彼の見舞いに訪れます。
 街の人々の温かさを、青年はとても嬉しく思ったようでした。
 瑞々しい果物を持ってきた市場のおやじさんには「こんな綺麗な果物は初めて見た」と。
 心配そうな顔で訪れる子供達には「私が小さい頃に遊んでいた玩具を作ってあげよう」と。
 屈託のない笑顔で皆に接する青年を、街の人々はすぐ好きになりました。勿論、藤の姫も。
 青年と藤の姫は、藤棚での逢瀬を重ねるようになりました。
 友愛でも親愛でもなく、純粋な恋慕の情を向けられて――藤の姫は初めて恋を知ります。

 けれどある日、青年は街から忽然と姿を消してしまったのです。

●物語を紡いで
「い……いやぁ〜!!」
 揺り椅子に腰掛けて本を読んでいた湖畔のマダム・アデイラ(a90274) の突然の叫びに、雁が音茶を淹れていた藍深き霊査士・テフィン(a90155)と、薄紫の練りきりを伸ばしていたハニーハンター・ボギー(a90182)がそれぞれ手を止める。
 二人の視線に気づいたアデイラは読みかけの本を二人に開いて見せた。藤の姫の物語と題されたその書物は、物語の途中で頁が破れてしまっている。霊査士は「まぁ」と瞳を瞬かせ、ボギーは「うひゃ〜、酷いですねぇ」と眉を寄せた。
「し、信じられへんのよ〜。ああ……藤の姫と青年は一体どうなってしまうん……!?」
 霊査士とボギーは顔を見合わせ、頷いた。
 どうやら偶々二人ともその物語を読んだことがあるらしい。
 だが……。
「青年が旅に出たと知った藤の姫は、自分も彼を追って旅に出ますの。町や村ごとに乗り継いだノソリンの尻尾に、彼が見たらすぐわかるようにと彼から贈られた真珠色のリボンを結んで……」
「あれ? リボンを結んだのはイルカの背びれのはずですよ〜。そしてイルカの背に乗って南の島に渡るのです!」
「まぁ、イルカなんて出てきませんの。そんな突拍子もない物語ではないはず……!」
「はうあ! 突拍子もないって何ですか〜。これが冒険物語の醍醐味なのです! ノソリンで旅なんて普通すぎて物語として面白みがないのですよ!」
「けれどイルカに乗っていたのでは、街道で盗賊に襲われるシーンがおかしくなりますの……!」
「あれ? 盗賊じゃなくて、海老の化け物に襲われたはずですよ〜!?」
 それぞれ一歩も退かない霊査士とボギー。何だか収拾がつかなくなってきた。
「ん〜、それで結局……藤の姫と青年はどうなるん?」
 アデイラが口を挟めば霊査士とボギーはぴたりと口論を止め、再び視線を交わして頷きあった。
「二人は最後に再会を果たして結ばれ、幸せになりますの」
「ハッピーエンドなのですよ〜」
 ラストについては一致しているらしい。
 だがそこに至るまでの過程がわからないのでは、面白くもなんともない。
 アデイラがそう言うと、霊査士とボギーは「いっそ自分で物語を作って間を埋めてみてはどうだろう」と提案した。どちらの記憶が正しいか言い争うのにも飽きたようだ。
「丁度、藤の花見に冒険者の皆様をお誘いしようと思っていましたの。藤の花の下でお茶とお菓子を頂きながら、皆様と藤の姫の物語について……お話しましょう?」
「あは、それは楽しそうやね……v」
 霊査士の言葉にアデイラは微笑んで、書物をサイドテーブルの上に静かに置いた。

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参加者
NPC:湖畔のマダム・アデイラ(a90274)



<リプレイ>

●薄花の藤
 春の空は明るい光を透かし、眩いまでに薄い色をしていた。
 柔らかな緑の天蓋から咲き零れる藤の花は涼風を思わせる優しい紫色に染まり、花下へどこか雅な花雪とたおやかな花の香を漂わせ。
 薄紫と鶯色の練りきりをぼかした菓子を不思議そうに手に取りつつ、青年は王位を得るための試練の旅をしてる王子様なのかなとミストは呟いた。煎茶を啜っていたウィルカナが、いんやきっと領主の娘に惚れられた貧乏青年が領主の刺客から逃げてるんだべと言ったが、刺客に追われている王子の方が素敵ですわと迫るバームクーヘンに押し切られてしまう。紋章筆記の準備をしていたノリスがじゃあ刺客が来たから街を去ったんだな、と頷いた。
 求肥に澄んだ紫の錦玉を乗せた菓子の礼に煎餅を配り、彼は何かを手に入れる使命があったのかもしれませんねとティールが微笑めば、アデイラの隣で桜の花弁を包んだ羊羹をつついていたニノンが、きっと故郷の花を渡して求婚するつもりなぁ〜んと柔らかに瞳を細め。ならきっと書置きの手紙が届くなと工藝茶を淹れつつアルは呟き、ボギーに杯を渡してやりながら、矢文なんてどう? と笑ってみせる。アーケィもボギーへ不思議な梔子色の饅頭を渡してやりながら、手紙を見た姫は女の子の旅は危険かもしれない、って男装の為に髪を切るんだよと神妙な顔で言った。
 控えめに竪琴を奏でるリディリナが青年と一緒に髪飾りも消えていたなんてどうでしょうと首を傾げたが、まるで楽の音に合わせるように風に揺れる藤を描いていたティーが、なくなるなら旅の途中がいいと思うのとアデイラへ会釈しつつ呟いて。きっと街ごとに紫水晶の花を一つずつ売って彼への目印にしたのよとマーガレットが身を乗り出せば、記憶を失った青年が色々な街でその水晶に出逢い、少しずつ愛しい面影を思い出して行くんですね……とリラが花を見上げて陶然と吐息を洩らした。紋章筆記の為の羊皮紙を手元に置いたキルは、咲き誇る薄紫の花を眩しげに見遣り、貧しい人に配ったりもしたと思うぜと笑う。
 ほのかな藤の香と茶の香に瞳を和らげたアスティアが、海で姫を背に乗せたイルカが別のイルカに競泳を挑まれるとか……と言うと、少し離れた場所でエスティアに膝枕されたタンツェンが「マグロがいたのさぁ」と語る声が聞こえてくる。そんな彼に苺大福を食べさせエスティアも幸せそうに何かを囁いた。ドーナツとか何とか。
 海を渡った所で雨に降られ雨宿りした家で青年の傘を見つけるのじゃと朗らかに笑うドリアンに煎茶を淹れてもらい、ほなそこに青年が姫宛の手紙を残してるなんてどうやろ、と瞳を輝かせるヤチヨから大きな苺を乗せた苺大福を受け取って、アデイラは素敵な感じの話になってきたんよと微笑んだ。

●藤の姫の不思議な物語
 青年が姿を消してしまったこと。それは藤の姫の心に少なからぬ衝撃を与えました。
 初めての恋。これまで家族や友人達に抱いてきた気持ちとは異なる、切ない愛情。
 青年が藤の姫へ恋慕の情を向けたように、姫もまた彼を恋い慕うようになっていたからです。
 大きな衝撃に気力を失った藤の姫は、日がな一日ぼんやりと窓辺に座って過ごすようになりました。
 そんなある日、姫の座っていた窓辺に一本の矢が突き立ちます。
 矢に結ばれた文を開いてみると、それは青年から姫へ宛てた手紙でした。
 綴られた内容は、自分がある物を手に入れるため旅をしていること、そして。
 青年を追っている刺客が現れたため急いで街を出立しなければならなくなったこと。
 慌てて姫が窓の下を見下ろすと、そこには一人の牙狩人が立っていました。
 牙狩人は、青年がこの街のある島から大陸へ渡ったことを告げた上で、姫にこう言います。
 追いかけるつもりなら、海へ出るまで手伝ってやる。
 藤の姫は迷いませんでした。
 危険を避けるため男装する必要もあるだろうと、決意の意味も込めて長い髪を切り旅立ちます。

 髪飾りに連なる紫水晶の花を少しずつ売りながら、まずは海へ向かっての旅。
 彼に会うためなら大事な髪飾りも惜しくはありませんでした。
 売るだけではなく、時には貧しい人に紫水晶を譲ってあげたことも。
 髪はリボンで飾ればいい。青年が贈ってくれた藤色のリボンを胸に抱き、姫はそう思います。
 そうして辿りついた海辺で、姫は浜辺に打ち上げられた一頭のイルカを助けました。
 偶然通りかかった吟遊詩人の助けを得て、姫はイルカと心を通わせます。
 藤の姫はイルカの背に乗り、大陸へ向かうことになりました。
 牙狩人や吟遊詩人とはここでお別れ。
 彼らに心からの礼を述べた姫は、大海原を旅するマグロ達と競争しながら大陸へと渡ります。

 静かな入江でイルカ達と別れた姫は、まず近くに見えた集落へ向かいました。
 けれど歩いているうちに、突然雨が降ってきます。
 姫は入江に近い民家の軒先に駆け込み、家の人々に雨宿りをさせて欲しいとお願いしました。
 なら一緒にお茶をと家の中へ温かく迎えられた藤の姫は、そこで見覚えのある傘を見つけます。
 それは青年が買った傘でした。一緒に傘を選んだ姫が見間違えるはずはありません。
 藤の姫は家の人に傘について訊ねてみました。
 すると、突然雨に降られて困っていた時に青年が貸してくれたとの答え。
 傘の主と姫が知り合いであると気づいた家の人は、姫の持っていた髪飾りを見て目を瞬かせます。
 藤の髪飾りを持った黒髪の少女宛ての手紙を預かっているというのです。
 それは、万一姫が自分を追ってきた時のために青年が残した手紙でした。
 中には姫へ宛てた言葉が綴られています。間違いなく青年の字でした。

 彼の旅の目的は、家を継ぐための試練だったと言います。
 旅をして伴侶となるべき愛する人を見つける――そんな温かな試練のはずでした。
 けれど彼には家督を争う腹違いの兄がおり、兄に命を狙われながらの旅になってしまったのです。
 でもそんな旅の中、青年は藤の姫に出逢いました。
 だからこそ彼は一度故郷へ戻らなければならなくなったのです。
 愛する人へ故郷の花と指輪を捧げて求婚する――それが彼の家のしきたりだったから。
 彼の気持ちを知った姫は、手紙を抱きしめ涙を零しました。

●薄花の桃
 ふわりとノソリン耳に落ちてきた紫の花弁を手にとって、姫は持っていた藤色のリボンを見失って迷子になるなぁ〜んとグリュウが言えば、花の香の紅茶を飲みつつユリカも頷いた。リュートに積もる花弁を払ったドンは、深い森に迷いこむなぁ〜ん、森は迷宮なぁ〜んと皆を見回して、彼と目があったテルミエールはお茶を渡しつつ、きっと藤の姫に嫉妬する荊の姫が迷わせているんですよと付け足して。迷った姫を助けるのは颯爽と現れた白蛇様だ、と尻尾を揺らすレーダが真面目な顔で断言し、何故か一部の面々が目尻に涙を溜めて笑い転げた。ファオは楽しげな様子に微笑んで、旅の途中にも藤棚があって、姫の髪飾りのような音が鳴るといいですねと自身も耳を澄ましてみる。
 吹き抜けた風にしゃらりと鳴る不思議な花の下、その花を模した手製の干菓子を配るアスティナの青年と姫がすれ違う事もあったと思うのですよぉ〜との言葉に、シアが勢い込んで頷いた。すれ違いとか行き違いってもどかしくてもやもやしちゃうと言えば、でもそれも物語の醍醐味かなぁ〜とアデイラが笑いつつ呟いて。寝そべりながら菓子を摘んでいたボサツも、捕らわれた彼を助けに行ったら既に別の人に助けてたりするのだよねと呟き「あぁジレンマ!」と転がっていった。桜ジュースを片手にボギーを手招いていたアコは、彼は旅芸人に助けられ剣舞の舞手として一座と行動を共にしたら……素敵ですわね、と杯を傾けて。
 藤の下に座るアデイラの腰にクーリンは寝そべりながら抱きついて、彼を捕まえたヤツも姫を好きになって捕まえちゃうなぁ〜んとアデイラの顔を見上げ、けれどきっと姫の優しさに触れて悪者も改心しちゃうんだねとリュウが言い。瞳を伏せたフィードは、失った記憶を取り戻した彼が藤の下で姫と再会できればいいなと一口茶を啜る。
 恋は決して綺麗なものでないけど、かけがえのないものだから。
 雅に薫る風に髪を委ねたユージンは蜂蜜風味のカステラ風菓子をボギーに狙われつつ、青年は姫へ贈る為の紫水晶の指輪を握り締め、どんな苦境をも乗り越えたのでしょうねと穏やかに笑み。
 姫の想いは届き……初めに二人が出逢ったのと同じ日に再会するんですよ、とユウは瞳を潤ませる傍らの霊査士に何やら手渡しつつ発泡米酒の杯を合わせた。じゃあ完成した物語を歌にしてみるわねとラジスラヴァが腰を上げ、ハッピーエンドはいいねと霊査士と笑み交わしていたマーハシュリーも、なら合わせてあたしも舞わせてもらおうかなと軽やかに立ち上がる。
 姫を捕らえたのは実は青年の兄だったりするのよね。
 でも、病気の母のためにとか……きっと止むにやまれぬ事情があったんだな。
 二人が交わす言葉に、アデイラは瞳を細めて聴き入った。

 根っからの悪人は誰もいない。そんな物語だったら――とても素敵だから。

●藤の姫の不思議な不思議な物語
 街で待っていればいつかは青年が戻ってくるのでしょう。
 けれど、ここまで来てしまったからには藤の姫も諦めがつきません。
 ましてや彼の真実の気持ちを知ってしまえば、なおさらのこと。
 姫は彼を追う決意を新たにして、再び旅立ちました。
 やはり髪飾りの紫水晶を少しずつ売りながら、出逢った人にあげながら、街道を行きます。
 目指すのは手紙を預かった人が聞いたという彼の故郷。
 しかしある時風が吹き、姫が髪に結んでいた藤色のリボンをさらっていきました。

 大切なリボンを追って、姫は深い霧がかかった森へ迷い込みます。
 そこは「荊の姫」と呼ばれるドリアッドが住む森。
 荊の姫は結界に迷い込んだ少女を助けようと思いましたが、すぐ気持ちは変わりました。
 藤の姫が愛する人を追っている事を知り、彼女に嫉妬してしまったのです。
 荊の姫は昔、去っていった恋人を追って行く事ができなかったから。
 己が持てなかった勇気を持つ藤の姫に憎らしさすら覚えてしまう荊の姫。
 彼女は道に迷い森を彷徨う藤の姫を放っておきました。
 ですが、森を抜けることが出来ず途方に暮れていた藤の姫の前に美しい白蛇が現れます。
 ついて来いと言うように頭を動かす白蛇を信じ、姫はその後についていきました。
 白蛇に導かれ、姫はとうとう森の出口へ。
 姫は白蛇へのお礼として彼の首にリボンを結び、ありがとうと頭をさげます。
 青年から贈られた大切なリボンでしたが、もう姫にはそれしかお礼にできる物がなかったのです。
 樹の陰からその様子を見ていた荊の姫は己の行いを恥じました。
 何よりも大切なのは、愛する人。己がそれを見失っていたのだという事に気づいたのです。

 森を抜けて街道に戻った姫は、旅芸人の一座に出逢いました。
 訊けば青年の故郷である街はもうすぐそこ、旅芸人達は今その街から来たのだとか。
 何やら急いでいるらしい一座の人々に礼を言って別れ、姫も駆け足で青年の故郷へ向かいます。
 そして辿りついた青年の故郷で、藤の姫は自分の街と似たような藤棚を見つけます。
 姫が旅に出てから半年がたっていました。けれど季節はずれの藤の花が咲いているのです。
 それは不思議な桃色の藤でした。
 風が吹けば、姫がいつも飾っていた髪飾りのような澄んだ音を花が奏でます。
 殆ど花がなくなってしまった髪飾りを撫で静かに顔を上げると……視線の先に懐かしい姿が。
 姫は思わず駆け寄り抱きつきましたが、相手は姫の恋しい青年ではありませんでした。
 まるで双子のようにそっくりな男。彼こそが青年の兄だったのです。
 姫に一目で恋をしてしまった兄は、姫を自分の館へ閉じ込めてしまいます。
 訊けばつい数日前までは青年自身を捕らえていたとのこと。
 けれど偶々館に招かれていた旅芸人の一座が彼を連れて逃げてしまったのだと言います。
 恐らく姫がすれ違った一座がそうだったのでしょう。
 姫は兄に訊ねてみます。何故命を狙ってまで家督を争うのか、と。
 兄の答えはこうでした。
 正妻の子である彼がいる限り、妾の子である自分には家督を継ぐ権利がない。
 だが、病で余命幾許もない母に自分が家督を継ぐところを見せてやりたいのだと。
 姫は言います。
 病なら治せばいい。薬草が必要ならそれを自分で採りに行けばいい。
 そして大切に看病してやればいい。それが本当に家族を愛することではないのか、と。
 皆を愛してきた藤の姫は、決して愛の本質を見失うことはなかったのです。
 姫の言葉に心を入れ替えた兄は、せめてもの詫びにと路銀を持たせて姫を解放しました。
 そして驚くべきことを告げます。
 旅芸人と行動を共にしている青年は、館を脱出した際の怪我が元で記憶を失っているらしい、と。
 けれど彼はきっと君のもとへ向かうだろう。
 兄の言葉に後押しされ、藤の姫は自分の街へ戻る旅へと出ました。

 青年は記憶を失ったまま、剣舞の舞手として一座と行動を共にしていました。
 自分の物と言えるのは、いつまでも花の枯れない桃色の藤と何故か大切に思える小箱だけ。
 深く事情を知らぬまま彼を救った一座の人々も、彼の失った記憶について語ることはできません。
 けれど、一座が行く先々で青年は小さな紫水晶に出逢います。
 小さな花を模った紫水晶に触れるたび、青年は少しずつ記憶を取り戻していきました。
 桃色の藤の意味、大切な小箱の中身。そして、愛しい少女の面影を。
 藤の姫と呼ばれる少女に再び逢いに行くという――何よりも大切な誓いを。
 一座は海を渡ってある島へと到着します。目指すのは、季節ごとに様々な花が咲き誇る街。

 花が咲き誇る街へと戻った藤の姫は、必ず再び逢えるとの希望を胸に時を過ごしました。
 もう髪飾りもリボンもないけれど、愛する心だけはより強く透き通って胸に光ります。
 そしてある日、咲き誇る藤の香に誘われて藤棚へと足を向け――
 ついにその瞬間を迎えました。
 緑の天蓋から幾つも咲き零れる藤の花。
 薄い紗を幾重にも重ねた暁の空の如き花の下に、桃色の藤を携えた青年が立っています。
 喜びや幸せが体を震わせて、夢ならどうしようという恐れと共に姫を縛ります。
 藤の姫。青年は姫に優しくそう呼びかけて、彼女に桃色の藤を捧げました。
 そして大切そうに持っていた小箱の中から紫水晶の指輪を取り出し、姫に請うたのです。
 結婚して欲しい――と。
 藤の姫は返事の代わりに、思い切り青年を抱きしめました。
 それは、偶然にも藤の姫と青年が初めて出逢ったのと同じ日のこと。

 二人は全ての人々から祝福を受けて結ばれます。
 そして末永く幸せに暮らしました。

 ――いつまでも、いつまでも。


マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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参加者:35人
作成日:2006/05/25
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