<リプレイ>
●霧の谷 足元で乾いた音を立てて小枝が割れた。 視界を覆うのは朝露の匂いを漂わせる薄く白い霧。成る程、これならば道に沿って歩いていけば迷う程のものでは無い。遠くまで見渡す事は出来なかったが、数十メートル先まで見えればなんということは無い。 しかし専ら冒険者の幾人かの心はそこに向けられては居らず、 (「いえ、苦手とかそういう訳ではないんです。決して、決して……」) (「あぅ……好きじゃないです……」) (「……早く……できるだけ早く終らせましょう……」) (「あーもう、如何して引き受けるなんて言ってしまったのかしらっ」) 対ミュントス特務部隊に参加し死線を潜り抜けてきた透硝華・ハル(a20670)、ノクトに手を貸し気を遣いつつ護衛する風華葬・ロード(a24192)、感情表現が苦手だが割と兄に妙なプレッシャーをかけられる月影の氷姫・ミラー(a35869)、そして平素負けん気の強い暁の凛花・アシュレイ(a90251)の4人は額に妙な汗を浮かべつつ歩いていた。 ――平たく言うと4人全員が、『蜘蛛』が嫌い若しくは苦手というだけのことなのだが。 ぶつぶつと呪文のように呟くハルなど視線は虚ろになり、小刻みに震えている。そんな状態の彼女も含め、多くが警戒を怠らず歩を進めているのは流石というべきだろう。 「アシュレイ殿の言う通り、様子見であろうとも、あまり無茶な事はされぬ様にな? ノクト殿」 黎燿・ロー(a13882)は苦笑いを浮かべながら依頼人の青年を見遣る。 「有難うございます、今度からはもう少し気をつけることにします」 「芸術家とは時に冒険者よりも冒険心に導かれるものなのだね☆」 朗らかに笑うノクトを見て耀星水晶の守護騎士・ナジュム(a35835)は納得するように大きく頷いた。 全くもって素晴らしい、流石芸術家だと満足そうにセイレーンの青年は続ける。 (「ノクトさんが冒険者だったらどうなっていたのでしょうか……」) ふと頭を過ぎった疑問にロードも冷や汗を浮かべた。素晴らしい行動力には感服するが、何処か非常に怖い。ローの言うとおりノクトは自分を省みなさ過ぎる。好奇心も度が過ぎれば命を落としかねない。 「居ると、判ってて、一人で此処に、来るって言うことは……ノクトは、その蜘蛛が、見たかった?」 首を傾げて問う翡翠色の歌い手・オルフェ(a32786)に、ノクトは否と答えた。 「蜘蛛というよりは……そう、場所の確認……が一番適当でしょうか」 自分自身もよく分からないのか、やや曖昧な返事が返される。 それにしても、とナジュムは再び口を開いた。 「崖に住まう大蜘蛛に守られた、尊き色の輝石とはなかなかに好奇心をそそる逸品だとは思わないかい? 正直なところ、蜘蛛などいない方が手間がかからず簡単だが、何事にも障害があったほうが達成した時の感動が一味二味違うからね。 『若いうちの苦労はローンを組んででも買い!』と、昔のえらい人は言ったとか言わないとか……」 「しっ、静かに」 金色夜想・トート(a09725)に制され、ナジュムは軽やかに回る口を閉じた。 高台は見えず、確かに自分達は未だ森の中に在ったが、距離と地図を照らし合わせればすぐそこに広がる高台が見えたことだろう。霧に視界が塞がれているだけだ。数歩踏み出せばそこはもう開けた高台に――蜘蛛の現れる場所となる。 「来たみたいだね」 「あぁ」 一瞬でしん、と静まり返る。 湿った空気、変わらぬ鳥の囀り。けれど、鼻孔を擽る爽やかな霧の匂いではなく、僅かに紫がかった霧に混じる臭いは独特なもの。表現し難いが、沈んだ雰囲気がひしひしと伝わってくるようなソレ。視界は徐々に狭まり、すぐ近くのものを見るのがやっとという程までに霧は濃くなっていた。 視覚以外の感覚に神経を研ぎ澄ませる。トートの耳に届いたのは硬い地面に当たる金属音のようなもの、そして小石の転がり落ちていくようなほんの小さな音。 「ノクトさん離れないで下さいね」 ロードがノクトの手を引き、じりと下がる。 濃い霧の中に微かに響く着地の音。 ――其れが戦闘開始の合図となった。
●濃霧注意報 「でっかい蜘蛛を退治するなぁ〜んっ」 前に飛び出た爆裂能天気・ミュノア(a37080)が巨大な剣を振り下ろすと、小規模の風の渦が現れた。竜巻は濃霧を巻き込み上空へと吹き飛ばし僅かな間、霧を晴らす。この一帯が元より霧に覆われている為、陽が射し込みこそしないまでも周囲の霧が失せる。其処に蜘蛛の姿は無かったが、問題は無い。レイジングサイクロンの目的は何よりも霧を晴らすことなのだから。 「上ですっ!!」 ロードが上空を指したのと、ローが強烈な光を頭上に生み出したのはほぼ同時。 跳躍した蜘蛛の紫水晶を思わせる3つ目がギョロリと此方を見、局地的に霧の晴れた高台をロー目掛けて軽やかに着地する。 その隙に、高らかに歌うオルフェと攻撃の反動で動けなくなっていたミュノアが、ノクトの手を引くミラーとロードがすぐさま回り込むように崖側へと駆け抜けた。 「……蜘蛛に蜘蛛糸っつーのは、ちと皮肉かもしれんが」 3mもある巨大蜘蛛の着地の振動を肌で感じつつ、その着地の瞬間を狙ってトートの指先から放たれた白い糸は蜘蛛に絡みつく。 「同感だな、だが……」 緋痕の灰剣・アズフェル(a00060)の黒い炎と召喚獣による魔炎と魔氷の絡まり合ったソレは蜘蛛の側面を大きく抉る。 「俺は紫の輝石を見たいからな」 痛み故にか、蜘蛛が震える。もがき、脚をバタつかせるがその身に絡まった白い糸が動きを阻む。魔炎が傷口を焼き続け魔氷が張り付き、意志とは裏腹に動きを止めさせていた。 其処にノソリンに咲く一輪の双風使い・ルシア(a35455)が飛び掛った。彼女の狙いは、8本の脚。その一つを掴み、振り回して森側へ投げると掴んでいた脚が真逆に折れ曲がり其れきり動かなくなる。追い討ちをかけるようにナジュムの天使の加護を受けた一撃が、紫色の体液を噴き出す蜘蛛に突き刺さった。そして蜘蛛の退路を塞ぐように気配を現したハルの竜血が、音を立てることなく深々とその異形のモノに突き刺さっていた。
「うわ、最悪っ」 ルシアが悪態をつきながら片膝を折り地面に崩れた。全身に纏わり付くのは異臭そして体が動かせない程ではないが妙な痺れ、そして軽い眩暈。 「……毒のようですね」 トートが放った白い糸から逃れた大蜘蛛はどす黒い紫の粘液を吐き出すと、未だ速い事に変わりは無いが、それでもかなり速度の落ちた動きで崖を目指し始めた。ミラーはそれに再び蜘蛛の糸を放つがそれを無造作に振り払って蜘蛛は進む。 「私が……」 蜘蛛を森側へ投げ飛ばそうと、痛みに眉を顰めつつ立ち上がったハルをアズフェルが目で制し、灰銀の剣を振り上げた。
――――オオオオォォォォ
巨大な体躯が強烈な風によって森の方へと押し戻され、地面に蜘蛛の脚が引き摺った溝が生まれる。 「途中で幕引きなんて無粋な真似はさせたか無ぇんでな」 にやりと不敵に笑ったトートは黒と白の短剣を音も無く、3つの目の内の一つに突き立てた。 ナジュムの手にした運命の標の名を冠した得物を痙攣を始めた蜘蛛の背に叩き込み、アシュレイの放った黒い炎がうねりながらその異形のものに絡みつき燃え上がらせる。 「仕返しよっ!!」 ルシアが再び投げ飛ばした先には、ミュノアの姿。 「害虫退治なぁ〜ん!!」 巨大な鉄塊を思わせる剣が転がった蜘蛛の腹に深々と突き立てられる。 紫色の体液を吹き上げながら脚を懸命に動かしていた巨大蜘蛛は断末魔の悲鳴と共に、しゅうしゅうと煙を上げながら端から灰と化し崩れ落ちていく。 戦闘の余韻も打ち消すように、オルフェの癒しの歌声が再び白い霧に包まれた戦場に響き渡った。
●霧の恩恵 「高い所も怖い、とかそういう事ではないんですよ、ないんですよ……」 崖の縁に近寄りもせず、ハルはカタカタと震えながら遠い目をして呟く。 「き、嫌いなところに無理していく必要は無いわよ……?」 フォローなのだか良く分からない言葉をかけつつアシュレイは蜘蛛の巣穴へ降りる事をキッパリと辞退していた。蜘蛛の居たところに入りたいとも思わないだろうというローの読みは的中であった。 「ところでナジュムは行かないの?」 興味ありそうなのに、と首を傾げるアシュレイにナジュムは冷や汗を浮かべつつ答えた。 「一緒に降りたいのは山々なのだが、なにやら首の後ろにジリジリと殺気を感じるので今回は遠慮しておくよ……うむ、非常に残念だ」 「崖を覗き込んでいる人を見ると後ろから押したくなる……ような気がしませんか? いえ、もちろん冗談です……」 崖の縁からそそくさと後退する兄を眺めつつミラーがぼそりと呟く。
ミュノアの支えるロープを伝って降り、先に降りたロードの横にノクトは並び立つ。 「ノクトさんの危険の基準は分かりませんが、あまり危ない場所に一人で行かないでくださいね?」 エンジェルのの少女はコレだけはきっちり言っておかないと、と腰に手を当て注意を促した。 「今後は気をつけます」 年下の少女に心配された事や注意された事が気恥ずかしかったのかノクトは照れたように頬を掻く。その表情にやや面食らいつつも少し安心したのかロードも笑みを返した。 「花の紫、夕闇の濃紫……赤と青が混ざった色。霧深き谷で育った石はどのような紫色なのだろうか」 「見てのお楽しみ、でしょうか」 アズフェルの誰というとはなしに呟いた言葉にノクトは私も未だ実際に見たことはありませんし、と続けオルフェが照らした巣穴へと足を踏み入れる。
紫の輝石は紫水晶の結晶のように色の薄いものでもなく、透明度は高いが濃い原色の紫。それでいて不思議と禍々しさを感じさせないものだった。濃い霧を更に濃縮させたように感じるのもまた不思議なものである。 久々に皆と一緒に輝石を手にした事にハルの顔に自然と笑みが浮かぶ。帰ってこれて良かったとまたそう思える。 「徐々に色が増えていくと……なんだか……とても……嬉しい気持ちに……なりますね」 ミラーが明るい方に輝石を翳した時、何の前触れもなく空が開けた。 「霧が……」 谷間を流れる風に乗って、辺りを包んでいた白い霧がさっと晴れていく。眼下に広がるのは深い谷と谷の向こう側に見える森の緑。 ほうと感嘆の息が漏れる。 時折しか見れないものだからこそ、その景色は印象に深く残るのだろうとアズフェルは思う。 (「綺麗なモンとか景色とか、俺にはよく解らんし、なかなか縁も無かったものだが……ま、こういうのも悪か無ぇか。それを見て喜んでる者が居るなら尚更な。 ……尤も、素直に顔にゃ出さんのだろうが」) 眺めながらトート自身にも笑みが自然と浮かんでいた。
霧の晴れた谷の上、一時のみ見ることの出来た風景を胸に刻み、手には輝石を携えて冒険者達は帰路についた。此度ほど、自然の恩恵を感じた事はない者もいたかもしれなかった。

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参加者:10人
作成日:2006/05/19
得票数:冒険活劇11
ほのぼの2
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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