西方国境警戒令〜誰がために〜



<オープニング>


 彼女が立つ地。それは過去に栄え、そして滅亡したした王国を臨む道。
 かつての名残を伺わせつつも、そこにはかつて存在した息吹も何も、なく。
 酷く、胸が痛んだ。
「皆さん、ご同行ありがとうございます……」
 銀花紫苑・ヒヅキ(a00023)が共に向かった仲間たちを振り返り、心持笑みを浮かべながら言う。
 何かに駆り立てられるように急ぎこの地に赴いた彼女だが、一人でこの場所に立てるほど、この気持ちは軽くはないのだ。
 ヒヅキの友人にはソルレオンと縁浅からぬ者も多い。
 何より、ヒヅキ自身がこの地の平穏の一助を切に願うのだ。
 何か、何か、自分たちに出来ることがあるのなら、と。
 思いを胸に。見据えたヒヅキを待ち受けるのは、巨大な岩の固まり――否。それは狂気を宿したモンスターだ。
 振り上げた腕が、まるで威嚇するかのように地面を深く抉る。
 全身を硬い岩盤に覆われていながらも、『彼』の姿は誇り高き獅子のそれに酷似していて……。
「貴方たちの誇り……護らせてください」
 願わくば、気高きままに安らかに。
 それは誰がための望みか。
 『彼』か。
 仲間か。
 それとも、己か。
 いずれにせよ、ヒヅキは『彼』を見つめ、武器を構える。
 殺意に塗れた『彼』が、敵であるのだから……。

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参加者
紫晶の泪月・ヒヅキ(a00023)
荷葉・リン(a00070)
犬と本気で戦えるダメ男・ガンガルス(a09429)
願いの言葉・ラグ(a09557)
蒼翠弓・ハジ(a26881)
有限と無限のゼロ・マカーブル(a29450)
誓夜の騎士・レオンハルト(a32571)
陽光に輝く魔弾の射手・ソフィア(a40878)


<リプレイ>

 貴方は誇り高い人でした。
 貴方を貶めたのは未知なる敵。
 そして、私――。
 思考を断ち切るかのような、二本の矢が運ぶ風。
 それが、鋭く、髪をさらったのを合図に。銀花紫苑・ヒヅキ(a00023)は、己の武器に更なる力を加える。
「今日この時はあの日の分まで力を尽くしましょう」
 ヒヅキの声は、彼女の後衛に位置する陽光に輝く魔弾の射手・ソフィア(a40878)にも届く。
 決意にも似た言葉に、ソフィアは、ふと、思案めいた表情を見せた。
(「覚悟を…、決めなければならないのでしょうか」)
 モンスターと化した『彼』に。共に歩む平和を望みながら、刃を向ける。
 争いたくないという願いは、今更、場違いなのだろうか。
 何を思うにしても。『彼』を止めるためには、戦うしかない。
「覚悟…ではありませんが、全力で…お相手します」
 真っ直ぐに『彼』を見据えるソフィアの傍ら。同じ位置から先制の矢を放った蒼翠弓・ハジ(a26881)は、それと似ているようで、違う、思考を抱いていた。
 『敵』となった『彼』。それは末路と呼ぶべき姿だ。
 もし、あの時滅んでいたのが同盟だったら?
 もし、グリモアを奪われていたら?
 あの時に限らず、これから先、もしも――。
 ふるふる。首を振るハジ。
 もしもの先に待っているのは、理解が出来ても心が受け入れられない結末。
「――負けられないです」
 ぽつ。一言だけ呟いて、ハジは第二射を番える。
 ぴりりと張り詰める気配を背後から感じつつ、願いの言葉・ラグ(a09557)はかすかな悲しみを表情に映し、見つめた。
「モンスター化するときに変化する姿に、どのような法則があるかはわかりませんが……この岩のような肌は、トロウルを思い起こさせますね」
 自らを滅ぼした敵と、同じような姿。
 『彼』の意識が受け止めているとは限らないが、知れば、どのような思いを抱くのだろうか。
 屈辱か、怒りか、それとも単純に、悲しさか――。
「融通が利かず、石頭ばっかりだという愚痴を聞かされたことがあったが…モンスターになっても岩とは恐れ入る」
 皮肉めいた呟きを漏らす有限と無限のゼロ・マカーブル(a29450)だが、静かな色をたたえる瞳を、ふと細めて。
 『彼』の、かつての姿を思い起こした。
 彼らは頑なだった。自らが信じる正義のために。
 そう、彼らは石頭の呼称を掲げられがちだが、その実、気高く誇りある戦士であったのだ。
「何にせよ、少なくともこのまま放置しておくわけはいくまい」
「……そう、ですね」
 身構える犬と本気で戦えるダメ男・ガンガルス(a09429)の言葉に静かに頷き。誓夜の騎士・レオンハルト(a32571)は一度だけ、深呼吸をする。
 先に二人の牙狩人が放った矢を浴びて、『彼』は鋭利な殺意と共に、咆哮を放った。
 それは冒険者が使うアビリティのようなものではなく、ただ、押えようのない嘆き。
 瞳を伏せ、けれど耳を塞ぐことはせずに、荷葉・リン(a00070)はその声を聞きとめる。
 苦悶にも聞こえるこの声に漂うのは彼の感情だろうか。
 だとしたら、一刻も早い開放を。
「いくぜ、突出は厳禁だ!」
 邪竜導士の炎を纏ったガンガルスの声に応じ、マカーブルは大鎌を打ち付ける。
 だが、個々に召喚獣による状態異常を狙っての一撃を行っているが、効果が発揮される様子は見られない
(「早めにアビリティに切り替えた方がよさそうだな……」)
 その考えは最後衛を担うハジとソフィアも同じようで。
 揃って放たれた第二射は、透き通った闇色を伴いながら、深く、『彼』の体に突き刺さる。
「――――!」
 痛みを感じているのだろうか。声ともつかない咆哮が、再び迸る。
 ぴり…。嘆きの声に、空気が張り詰めるような気がして、リンはかすかに眉根を寄せる。
(「もし私が魔物になってしまったなら…」)
 『彼』のように嘆くだろうか。
 理性を失い、誰かを傷つけ、屠られるのを待つだけの存在になるのだろうか。
 いつか、遠い将来、そんな日が来てしまうのだろうか……。
 いや、させない。そんな日など、来させるものか。
 掲げられた炎の球。不安を焼き払うように、リンは、放つ。

 おかしい――。

 何が、どうとはいえなかったけれど、ラグは感じていた。
 先ほどから幾度となく攻撃を仕掛けているが、『彼』は防御を繰り返すばかりで、一向にこちらを攻撃してこないのだ。
 容姿から、突進などしてこまいかと警戒し、全体の治癒のために気を配っているゆえか、『彼』のその様子は異常に思えたのだ。
 しかし、だからと言って油断は出来ない。
 こちらの攻撃も防御を突き崩しつつあるし、このまま押し切ることが出来れば……。
 思った、刹那だった。『彼』は自身を庇っていた腕を突然に広げ、咆えたのだ。
 三度目の咆哮は、一際大きく。
 まるで、内なる力を一度に弾けさせたかのような、そんな勢いがあった。
 両手が大きく振り上げられ、巨大な槌の如く振り下ろされる。
 それを、自らが『盾』であるという意識からか、咄嗟に受け止めるレオンハルト。
 だが、その判断は間違っていた。
 初めに見ていたはずだ。ただ拳の一振りであれ、『彼』には地を抉るほどの力があるのだと。
 威力分散を図って飛び出したガンガルスのサポートも空しく。強烈な一撃に、浮遊していた天使が、無惨に散った。
「か……、は…っ」
 強かに打ちつけられた体が、軋む。
 一瞬、確かに吹き飛んだはずの意識は、けれど内より溢れる力によって引きずり起こされる。
 だが、次を回避することは、出来まい。覚悟のようなものが、よぎる。
 ……けれど、ガンガルスを蹴散らしてなお、レオンハルトを一撃の下に沈めた『彼』は、その強力な攻撃の反動ゆえか、身動きを取れないでいた。
 すかさず、マカーブルが詰め寄り、突き放すかのように攻撃を仕掛けた。
「早く、治療を」
 頭上に火球を作り出しながら、リンが促す。
 頷き、駆け寄ったヒヅキは、泣き出しそうな顔をしていた。
 だが、それは一瞬だけ。
(「私は未熟です。でも、救えるのなら手を伸ばしたい。目の前に可能性があるのなら、私は医術士として出来る全てを捧げます」)
 レオンハルトの手を握り締めて、ヒヅキは毅然たる態度を見せる。
「後悔を繰り返すわけには、いきません!」
 ふわり。聖女の口付けが捧げられるが、まだ安心は出来ない。
 彼の、彼を含めた仲間たちの安全を確かにするためには、とにかく、目の前の『敵』を倒さねばならなかった。
「機は、反動を追っている今だけでしょう……」
 ヒーリングウェーブで前衛の仲間たちを癒し、ラグは冷静に告げる。
 最も高い防御力を持っていたレオンハルトが敗れたのだ。いや、防御を重視していた彼にサポートが加わったからこそ、『怪我』で済んだとも言える。
 もしも、もう一度攻撃に転じられようものなら……。
「覚悟を、決めなければ……」
 死ぬ覚悟など出来ないのだから、倒す、覚悟を。
 ソフィアは、己に言い聞かせるように呟き、きり、と矢を引き絞りながら見据える。
 だが、『彼』の瞳に、まるで涙が浮かんでいるような気がして。
 ぎくりとした。
「っ……!」
「怯まないでください」
 争いを望まず、傷つけることに躊躇いを見せるソフィアに、ハジが言葉を刺す。
 けれど、それは決して冷酷なものではなく。
「救うんです」
 『彼』を。自分を。仲間を。
 そのために、戦っているのだから。
 眼差しと同じ、真っ直ぐな横顔を見つめて。ソフィアはもう一度、矢を引き絞った。
「はい」
 放たれる、銀の矢。軌跡に乗せるのは、平和への願い。
 もしも望めるのなら、二度と悲しい戦いが起こらぬように。
 もしも望めるのなら、救うことの出来なかった我らに、赦しを。
 そして、願えるのならばどうか、安らかに――。
「眠れ」
 体躯に深く沈みこんだ矢を追うように、マカーブルの一撃が繰り出され。
 ガンガルスの手を離れた紅蓮の木の葉が、『彼』の全てを焼き尽くした。
 静寂。恐ろしいほどの静けさが、よぎる。
 だが、ともすればその静寂の中に、新たな魔物の咆哮が響いてきそうな気がして。
「一度、戻りましょう」
「ここは、まだ危険ですから……」
 リンとヒヅキが頷きあいながら告げる言葉に従い、彼らはその地を後にした。
 去り際に、ふと、誰ともなく足が止まる。
 振り返った彼らの心によぎるものは、同じ。
 『彼』は、安らかに逝けたのだろうか。
 と……。


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