<リプレイ>
貴方は誇り高い人でした。 貴方を貶めたのは未知なる敵。 そして、私――。 思考を断ち切るかのような、二本の矢が運ぶ風。 それが、鋭く、髪をさらったのを合図に。銀花紫苑・ヒヅキ(a00023)は、己の武器に更なる力を加える。 「今日この時はあの日の分まで力を尽くしましょう」 ヒヅキの声は、彼女の後衛に位置する陽光に輝く魔弾の射手・ソフィア(a40878)にも届く。 決意にも似た言葉に、ソフィアは、ふと、思案めいた表情を見せた。 (「覚悟を…、決めなければならないのでしょうか」) モンスターと化した『彼』に。共に歩む平和を望みながら、刃を向ける。 争いたくないという願いは、今更、場違いなのだろうか。 何を思うにしても。『彼』を止めるためには、戦うしかない。 「覚悟…ではありませんが、全力で…お相手します」 真っ直ぐに『彼』を見据えるソフィアの傍ら。同じ位置から先制の矢を放った蒼翠弓・ハジ(a26881)は、それと似ているようで、違う、思考を抱いていた。 『敵』となった『彼』。それは末路と呼ぶべき姿だ。 もし、あの時滅んでいたのが同盟だったら? もし、グリモアを奪われていたら? あの時に限らず、これから先、もしも――。 ふるふる。首を振るハジ。 もしもの先に待っているのは、理解が出来ても心が受け入れられない結末。 「――負けられないです」 ぽつ。一言だけ呟いて、ハジは第二射を番える。 ぴりりと張り詰める気配を背後から感じつつ、願いの言葉・ラグ(a09557)はかすかな悲しみを表情に映し、見つめた。 「モンスター化するときに変化する姿に、どのような法則があるかはわかりませんが……この岩のような肌は、トロウルを思い起こさせますね」 自らを滅ぼした敵と、同じような姿。 『彼』の意識が受け止めているとは限らないが、知れば、どのような思いを抱くのだろうか。 屈辱か、怒りか、それとも単純に、悲しさか――。 「融通が利かず、石頭ばっかりだという愚痴を聞かされたことがあったが…モンスターになっても岩とは恐れ入る」 皮肉めいた呟きを漏らす有限と無限のゼロ・マカーブル(a29450)だが、静かな色をたたえる瞳を、ふと細めて。 『彼』の、かつての姿を思い起こした。 彼らは頑なだった。自らが信じる正義のために。 そう、彼らは石頭の呼称を掲げられがちだが、その実、気高く誇りある戦士であったのだ。 「何にせよ、少なくともこのまま放置しておくわけはいくまい」 「……そう、ですね」 身構える犬と本気で戦えるダメ男・ガンガルス(a09429)の言葉に静かに頷き。誓夜の騎士・レオンハルト(a32571)は一度だけ、深呼吸をする。 先に二人の牙狩人が放った矢を浴びて、『彼』は鋭利な殺意と共に、咆哮を放った。 それは冒険者が使うアビリティのようなものではなく、ただ、押えようのない嘆き。 瞳を伏せ、けれど耳を塞ぐことはせずに、荷葉・リン(a00070)はその声を聞きとめる。 苦悶にも聞こえるこの声に漂うのは彼の感情だろうか。 だとしたら、一刻も早い開放を。 「いくぜ、突出は厳禁だ!」 邪竜導士の炎を纏ったガンガルスの声に応じ、マカーブルは大鎌を打ち付ける。 だが、個々に召喚獣による状態異常を狙っての一撃を行っているが、効果が発揮される様子は見られない (「早めにアビリティに切り替えた方がよさそうだな……」) その考えは最後衛を担うハジとソフィアも同じようで。 揃って放たれた第二射は、透き通った闇色を伴いながら、深く、『彼』の体に突き刺さる。 「――――!」 痛みを感じているのだろうか。声ともつかない咆哮が、再び迸る。 ぴり…。嘆きの声に、空気が張り詰めるような気がして、リンはかすかに眉根を寄せる。 (「もし私が魔物になってしまったなら…」) 『彼』のように嘆くだろうか。 理性を失い、誰かを傷つけ、屠られるのを待つだけの存在になるのだろうか。 いつか、遠い将来、そんな日が来てしまうのだろうか……。 いや、させない。そんな日など、来させるものか。 掲げられた炎の球。不安を焼き払うように、リンは、放つ。
おかしい――。
何が、どうとはいえなかったけれど、ラグは感じていた。 先ほどから幾度となく攻撃を仕掛けているが、『彼』は防御を繰り返すばかりで、一向にこちらを攻撃してこないのだ。 容姿から、突進などしてこまいかと警戒し、全体の治癒のために気を配っているゆえか、『彼』のその様子は異常に思えたのだ。 しかし、だからと言って油断は出来ない。 こちらの攻撃も防御を突き崩しつつあるし、このまま押し切ることが出来れば……。 思った、刹那だった。『彼』は自身を庇っていた腕を突然に広げ、咆えたのだ。 三度目の咆哮は、一際大きく。 まるで、内なる力を一度に弾けさせたかのような、そんな勢いがあった。 両手が大きく振り上げられ、巨大な槌の如く振り下ろされる。 それを、自らが『盾』であるという意識からか、咄嗟に受け止めるレオンハルト。 だが、その判断は間違っていた。 初めに見ていたはずだ。ただ拳の一振りであれ、『彼』には地を抉るほどの力があるのだと。 威力分散を図って飛び出したガンガルスのサポートも空しく。強烈な一撃に、浮遊していた天使が、無惨に散った。 「か……、は…っ」 強かに打ちつけられた体が、軋む。 一瞬、確かに吹き飛んだはずの意識は、けれど内より溢れる力によって引きずり起こされる。 だが、次を回避することは、出来まい。覚悟のようなものが、よぎる。 ……けれど、ガンガルスを蹴散らしてなお、レオンハルトを一撃の下に沈めた『彼』は、その強力な攻撃の反動ゆえか、身動きを取れないでいた。 すかさず、マカーブルが詰め寄り、突き放すかのように攻撃を仕掛けた。 「早く、治療を」 頭上に火球を作り出しながら、リンが促す。 頷き、駆け寄ったヒヅキは、泣き出しそうな顔をしていた。 だが、それは一瞬だけ。 (「私は未熟です。でも、救えるのなら手を伸ばしたい。目の前に可能性があるのなら、私は医術士として出来る全てを捧げます」) レオンハルトの手を握り締めて、ヒヅキは毅然たる態度を見せる。 「後悔を繰り返すわけには、いきません!」 ふわり。聖女の口付けが捧げられるが、まだ安心は出来ない。 彼の、彼を含めた仲間たちの安全を確かにするためには、とにかく、目の前の『敵』を倒さねばならなかった。 「機は、反動を追っている今だけでしょう……」 ヒーリングウェーブで前衛の仲間たちを癒し、ラグは冷静に告げる。 最も高い防御力を持っていたレオンハルトが敗れたのだ。いや、防御を重視していた彼にサポートが加わったからこそ、『怪我』で済んだとも言える。 もしも、もう一度攻撃に転じられようものなら……。 「覚悟を、決めなければ……」 死ぬ覚悟など出来ないのだから、倒す、覚悟を。 ソフィアは、己に言い聞かせるように呟き、きり、と矢を引き絞りながら見据える。 だが、『彼』の瞳に、まるで涙が浮かんでいるような気がして。 ぎくりとした。 「っ……!」 「怯まないでください」 争いを望まず、傷つけることに躊躇いを見せるソフィアに、ハジが言葉を刺す。 けれど、それは決して冷酷なものではなく。 「救うんです」 『彼』を。自分を。仲間を。 そのために、戦っているのだから。 眼差しと同じ、真っ直ぐな横顔を見つめて。ソフィアはもう一度、矢を引き絞った。 「はい」 放たれる、銀の矢。軌跡に乗せるのは、平和への願い。 もしも望めるのなら、二度と悲しい戦いが起こらぬように。 もしも望めるのなら、救うことの出来なかった我らに、赦しを。 そして、願えるのならばどうか、安らかに――。 「眠れ」 体躯に深く沈みこんだ矢を追うように、マカーブルの一撃が繰り出され。 ガンガルスの手を離れた紅蓮の木の葉が、『彼』の全てを焼き尽くした。 静寂。恐ろしいほどの静けさが、よぎる。 だが、ともすればその静寂の中に、新たな魔物の咆哮が響いてきそうな気がして。 「一度、戻りましょう」 「ここは、まだ危険ですから……」 リンとヒヅキが頷きあいながら告げる言葉に従い、彼らはその地を後にした。 去り際に、ふと、誰ともなく足が止まる。 振り返った彼らの心によぎるものは、同じ。 『彼』は、安らかに逝けたのだろうか。 と……。

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参加者:8人
作成日:2006/06/01
得票数:冒険活劇2
戦闘8
ダーク4
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冒険結果:成功!
重傷者:誓夜の騎士・レオンハルト(a32571)
死亡者:なし
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