<リプレイ>
華やかな夏の花たちでも、冬のつややかな花びらでもなく、可憐な春の花々に囲まれて……彼女たちは眠りについている。それは、深い永久の雌伏――残された人々に悲しみばかりか、勇ましさすら与える死であった。 「……お姉様、これからは、ここでみんなと一緒に見守っていて下さいの」 紋章文字の彫刻が施された真新しい墓石に、キリ番の華を望みし戦女神・フィリス(a22078)は膝を折り、白と黄色の花からなるブーケを手向けた。 「ただいま」 と、そう告げて、フィリスの隣に身をかがめたのは、雪原の女装護花剣士・ファル(a21092)だった。 「…………」 うなだれるフィリスの肩に手の平を重ね、愛しき戦女神を護る者・シヴァル(a29828)は無言のまま瞳を閉じた。あたりにはいくつもの墓標が整然と並んでいる。下草は刈り取られ、名を刻む溝は美しいままだった。誰かが手をかけて、眠る姉弟たちの場を守っているのだろう。 フィリスたちに変わって墓前に進みでると、言いくるめのペ天使・ヨウリ(a45541)はゆるゆるとした線で結ばれた口元を開き、いくつかの文言を唱えた。楓華に伝わる死者を弔うための言葉だった。 ――会ったことのない人たち。 ――優しかっただろう人たち。 ――どうか、空の上で幸せでありますように。 腿に触れるフリルを払って膝を折り曲げ、骸に詠う真白の月・ツバキ(a25425)は花束を捧げた。もう一度、空を見あげてから、眠る彼女たちに伝える。 「……おやすみなさい」 幼くして死んだ姉弟たちとの再会を終えて、フィリスたちは孤児院の表に向かった。門をくぐると、まだ朝も早いにも関わらず、にぎやかな生活の声が耳に飛びこんでくる。 明るく透けるかのような光を湛えた赤い双眸――その片方だけをまばたかせてファルに微笑みかけたのは、雪原に一輪の花・メイ(a25325)である。この建物こそが、婚姻の契りを結んだ相手が育ったところ。だから、少女は張りきっていた。 「ここがフィリスちゃんやファルの実家かあ。弟さんたちにも、お姉ちゃんだよ〜って遊んであげたいし、料理上手いところも見せちゃうよっ」 「メイ、そこがそうですよ」 ファルのおおよそ少年らしからぬ細長い指先が示したのは、いくつかの窓が並ぶ、それほど大きくはない部屋だった。彼の視線からメイは、背に負うことなく手にさげたままのリュックが、あそこで作られたと知る。 「ただいま戻りましたの……あう?!」 奇妙な声をあげながらも、フィリスは笑顔だった。彼女の胴に何人もの子供たちが抱きついて、頬をすりよせている。彼らのすべてが、フィリスにとってはかけがえのない姉弟たち――敬愛する姉の帰還に喜ぶ面々の、笑顔ながらも果敢な突撃は、なかなか途切れそうになかった。 再会に喜ぶ姉弟たちの横手を壁づたいにすりぬけて、天水の清かなる伴侶・ヴィルジニーはほっと安堵の息をついた。彼女と同じように半身となって歩んだはいいものの、結局の所は持参した荷物の大きさと角張った様子からして、その進軍は困難を極めるものだった青年に、エンジェルの少女はこう尋ねた。 「気になってたんだけど、それって何?」 瞳を細める弱々しい笑みをヴィルジニーに向け、腕から落ちそうになった腕章の位置を直しながら、女神に守られし聖鎧・ルクス(a47651)は背に負う荷について、このように説明した。 「書物を色々と。私が見聞きした冒険の話や、旅団巡りをしていて手に入れた書物も見せてあげたいと思いまして。そうそう、寓話集もありましたから、きっとためになりますよ」 書物――という言葉に反応したドリアッドの青年は、それが自分にとっての目当てである『カーズブラッド家のレシピ』ではないことに気づくと、肩に残っていた緊張を打ち消し、ルクスが荷を背から降ろす作業を手伝ってやった。砦のような建築とは聞いていたが、確かにここは孤児院とは思えない――。峻厳な印象を与える城壁を見渡しながら、紅蓮の刃・レン(a25007)がそのようなことを思った直後だった。銀の鈴を首にさげた黒猫が、優美な尾をひけらかすようにして、彼の足首に自身の肩を触れさせながら通り過ぎていった。旨いが、あまたの恐ろしい副作用をもたらすというレシピの数々――その所在を探ろうとするレンにとって、黒猫の行進は吉兆を告げるものだったのか、それとも……。 牧場に立ち、まわりを子供たちや家畜に囲まれて、ツバキは鼻高々といった様子だった。柔い裏葉の髪に、闇ほど深い常磐の瞳の乙女には、子供たちの心を掴むための秘策があった。それは――。 「お姉ちゃんは、動物さんたちとお話することができるのですよう!」 子供たちの合間からは「おお」との歓声が、家畜たちからは「めえ」との鳴き声があがったことは云うまでもない。 丘から聞こえる元気な声に振り返ったシヴァルは、額に滲んでいた汗を拭った。彼の隣には、他に比べては年嵩の少年や少女たちの姿がある。年少の妹や弟たちに混ざってきてもいい、そう彼は告げたのだが、共に土を耕す兄であり姉である子供たちは、その首を縦に振ろうとはしなかった。 草の切れ端、あるいは、泥と汗にまみれた子供たちを、天井の高い食堂で向かえたのはファルだった。彼は久々に菓子作りの手前を披露すべく、窯に火を入れ、柔らかな生地を練り上げ、それを花の形に成形し、鉄の板に載せて、炎の中へと投じたところだった。彼は妹や弟たちに、こう告げた。 「手を洗ってきてください、君たちは顔も」 不平を口にする子供たちを井戸のある中庭へと向かわせた後、レンは調理場へと続く短い廊下を歩いた。そこにはファルのクッキーが焼きあがろうとしている石窯、大型の鍋が並ぶかまど、水を溜める瓶などが置かれてあった。そして、何やら古ぼけた表紙の本を胸に抱え、首を傾げながら指先を蠢かせ、塩の結晶を白い湯気のたつ鍋に投じるレンの姿も――。 机の左右に並んだ子供たちの容姿は、目鼻立ちなどの顔つき、髪や肌や瞳に色合いからして――ただし、ドリアッドはのぞくが――個性に富み、バラバラだった。だが、彼らに共通していることも、あるにはあるのである。それは、長い机の先、上座についたフィリスとシヴァルの姿を見るなり、嬉しそうに緩めた頬を肩の合間に埋め、隣の姉弟たちとこそこそ話をすることだった。 テーブルに並べられた食器に、メイとレンが腕を振るったメニューの数々が、次々と盛られてゆく。野鳥の冷製肉、芋とミルクのシチュー、ファルがクッキーに続いて焼きあげたパンは、リーンな、小麦の味に富んだものだった。 「お味はいかが?」 配膳を終えて自身の椅子に腰掛けると、メイはそう言って子供たちに尋ねた。料理の出来映えには自信があったが、多少の不安も残る。料理場で何やら怪しい動きを見せていたレンのことも気になっていた。だが、彼女の耳に届いた「もごもご」という返答が、いっぺんに心から杞憂を払い去ってくれた。子供たちは、メイの用意した食事を目一杯に頬張ってくれていた。 次に質問を行うのは、子供たちの番だった。彼女たちはメイに、こう尋ねたのだった。リュックは背負わないの、バンドの調子がおかしいから、と。 「あの……まだ慣れてなくて……」 申し訳なさそうにメイが答えている。 「それ、わかる」 千切ったパンを頬張りながら、ヴィルジニーがうんうんと肯いた。メイがリュックを背負えない理由を彼女は理解している。それは、リュックがあまりに巨大過ぎるから、なのだった。 「先だってのエルヴォーグ制圧戦を知っとるかのう。わしもこうして怪我を負っとるし、死んだ方もおる。ではなぜ戦いに臨んだのじゃろうか」 目の前に何枚もの皿を重ねながらも、ヨウリは威厳を失うことなく子供たちへの問いかけを行っていた。 「戦わないといけないから!」 「守るからでしょう?」 「冒険者だからかな……」 「違うよ、家族がいなくなったら悲しいからだよ!」 口々に発せられた答えに耳を傾けた後、ヨウリは子供たちに伝えた。 「わしらは一人で生きとる訳ではないじゃ。この命は先祖から受け継ぎ子孫に残すものじゃぞ。もちろん、おぬしらは色々あってここにおって、言い分もあるじゃろう。しかしな生きるというのは、精一杯生きるというのは、おかげ様を知るということじゃ」 テーブルの上で子供たちが真摯な意見を交わしている頃、調理場の床には、四肢を放りだして横たわるレンの姿があった。 「……おかしい」 そんな呟きが聞こえてくる。狂戦士の力を用いて、それに合わせて、武道家の術まで使ったというのに、彼の肉体は彼の求めに応じてくれない――。 カーズブラッド家のレシピに手を出したばかりに、人後不覚の状態に陥ったレンが、皆に発見されるまでには、ヨウリの皿に盛られた料理がすべて平らげられて空になるまでの長い間を、ぽつねんと待たねばならず、彼は言いしれぬ恐怖との戦いを強いられたのだった。 食後の片付けを済ませた後、そして、レンが冷たい石の床から解放されてからしばらく経った頃、シヴァルたちは子供たちを温泉へとつれ、寝間着へと着替えるのを手伝ってやった。 ルクスは濡れてしまった袖や裾をまくりながら、羽を濡らしてぐったりとさせる少女とタスキがけした着物姿の女性に、こう声をかけた。 「ヴィルジニー様、ツバキ様、あちらで子供たちに本を読み聞かせてあげようと思うのですが、ご一緒にいかがでしょう?」 「うん、いいな。手伝う」 生真面目な顔で肯いたヴィルジニーに続いて、にこにことツバキが応じる。 「いいです、ね」 大きな寝室にはいくつものベッドが並んでいる。子供たちは姉弟と同じ寝具に入りこんで、ルクスの声が聞こえる場所を確保しているようだ。 やがて、健やかな寝息がたつようになり、ルクスは音が出ないようにそっと本を閉じて、腰掛けていた椅子から身を起こした。燭台の蝋燭に息を吹きかけた後、ツバキはヴィルジニーの肘に腕を絡めながら、こう囁きかけた。 「この子たちがいつも笑顔でいれるような世界。まもっていかなきゃです、ね」 透明な液体の注がれた杯を口元へと近づけ、ヨウリはごくごくと喉を鳴らした。湯煙の白い帳を透かして見える夜空には、半円の月が瞬いている。 「この一杯が人生じゃのう」 そんなヨウリの言葉に、ルクスは食卓で解いていた言葉とは違っている、との思いも抱いていたが、口に出すことはなく、自信の杯にも注がれた酒を喉の奥に流し入れた。そして、思わず呟いて島う。 「ふぅ、いい湯加減ですねぇ」 その時だった。板の壁を隔てたあちら側の湯船から、ヴィルジニーの声が響いてくる。どうやら、壁のすぐそばにいるらしい。 「ルクス、聞こえる?」 「ええ」 「老けてる、言葉が」 「……はい。所帯じみてしまいました」 「あはは」 「面目ない……ふふふ」 壁を隔てた会話に気をよくしたヴィルジニーは、明るい色に染まりつつある頬を緩め、滑らかな岩の肌に両手を這わせるようにして、背の翼を月のある空へと向けた。 「おっきいお風呂に皆で入るって楽しーですねー……」 ヴィルジニーの背に湯をすくった掌を這わせながら、ツバキはそんなことを呟く。ふたりのすぐそばには、フィリスの姿もあり、彼女は結い上げた髪から落ちた一房を頬に張りつけたまま、あたりを見渡している。湯気の帳によってわかりにくかったのだが、この温泉が見せる造形は、普通ではなかった。 「植木鉢方の湯船と邪神像……斬新ですわね」 フィリスの言葉を受け、ヴィルジニーが言った。 「なんだ、ここの風習なのかと思った」 彼の元へと向かうべく立ちあがろうとしたフィリスの胴に、ツバキの両腕をまわされ、新たな命が息づく丸みを帯びた肌には、頬が触れた。瞳を閉じ、溜息のような呼吸に口元を綻ばせて、ツバキはうっとりと言葉を漏らした。 「ここに赤ちゃんがいるのですね……わたしもいつか、フィリスおねーさんみたいな立派なお母さんに……」 聞き耳をたてていたわけではないが、ツバキたちのやりとりは、隣の湯船につかるルクスたちの耳にも届けられていた。そこには、レンの姿が加わっている。だが、彼はすぐにのぼせてしまったようだった。湯船の縁にぐったりを上体を横たわらせ、「ふしゅう」と奇妙な音の呼吸を繰り返している。 レンが口にした酒が『カーズブラッド家のレシピ』にあったものであり、彼がのぼせているのではなく、また、アビリティを使い果たした状態であったことにヨウリたちが気づいたのは、それからしばらく後のことだった。処置が遅れるも一命はかろうじて取り留めた――ということである。 孤児院の温泉には、もうひとつの湯船が用意されていた。夫婦や婚約者たちが共に湯浴みを楽しめるよう、そこは混浴となっていた。 「お兄ちゃん、どこにいるんだろう……。ううん、後ろ向きになっちゃダメだよねっ! 今はファルがいるし、この子も……幸せなんだから」 湯船の中で抱きつかれて、ファルはただでさえ紅潮している頬を、さらに赤く染めている。そんな彼の頬を指先でつつきながら、その瞳を見つめて、メイは言った。 「ねえねえ、なんて名前にしよっか?」 「そうですね、女の子なら……」 湯船から聞こえてくる幸せな会話に瞳を細め、フィリスはあぶくだらけにした海綿に息を吹きかけた。あぶくはふんわりと舞って、彼女に背を見せているシヴァルの頭に付着した。 湯煙の向こうからファルの声がした。 「ん、私たちはそろそろあがりますね。フィリスとシヴァルさんはごゆっくり。あ、のぼせないように注意して下さい」 ふたりっきりとなったフィリスは、シヴァルの背を流しながら、彼の耳にこう囁いた。 「あう、何だか少し恥ずかしいですわね」 「ふぅ……今日は疲れたが……悪くない疲れだ……」 その後、ふたりは仲睦まじく湯に入った。彼の掌が肌に触れるのを感じながら、フィリスは瞳を閉じている。不意に、白い帳が漂う空を、ひとひらの桜が舞う様が、目蓋の裏側に描きだされれて――。 (「アイシャお姉様?」) 見開いたフィリスの瞳に映ったのは、白い湯気、漆黒の夜空、それに、微笑むシヴァルの顔だった。 「今日は……フィリスの親とはあえなかったが……次こそは会いたいものだな……この子の報告もしなければ行かないからな……」 翌朝、フィリスたちは孤児院を経った。 「楽しい思い出、ありがとう。またくるから元気でいてね?」 手をいっぱいに振って、ツバキは子供たちとの別れを惜しむ。 フィリスは両親たちへの置き手紙を残していた。 『私は結婚しましたの。今度来る時にはセラフィナとヒジリもご紹介できると思いますわ。お会いできないのは残念でしたけれど、お母様たちもお体には気をつけて』

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参加者:8人
作成日:2006/06/03
得票数:ほのぼの28
えっち3
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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