美食伯爵 〜豚が玉子を背負って



<オープニング>


 今日も来る来るやってくる。
 身体を回してやってくる。
 えっちらおっちらやってくる。
 美食伯爵がやってくる……!

 ――時は遡り。
 あれは、先日の話。
 足しげく酒場に通っては居座っている、美食伯爵なんて堂々と名乗っちゃったりしているかの人、ポタン。
 その日も、美味そうな依頼を探すべく、周囲の会話に耳を傾け……
「はいすいません、はいすいません」
 唐突に声を掛けられる霊査士。
 ま、まさか座布団に異変が!?
 咄嗟に取り出されるは裁縫道具。
「おお、おお?」
 奥義、高速縫合!
 なんてやりかねない霊査士の構えに、ポタンもちょいと立ち上がってお座布団をまじまじ。
 ……裂けてナーイ。
「いやはやいつも申し訳御座いませんったら、ええ全くお恥ずかしい」
 いえ、ですがそうではなくてで御座いましてですね、と続けつつ、再び腰を下ろすポタン。
 今度は一体なんだろう、裁縫道具を仕舞いつつ首を傾げる霊査士に、ポタンはいつものしわしわ笑顔で……あれ、何だかうきうきしてる?
「マンモーという生物は、大変な巨体だそうで御座いますね?」
 わぁー。
 凄いしわくちゃー。
「それどころか、マンモーの居る大陸の生物は、みんなみんな、大変、いえもう、おっほほ、想像しただけでもう我輩、心はパラダイスで御座いますですよ」
 ちょっと落ち着いて下さい。
 ……要するに。
 ワイルドファイアっておいしい?
 という事らしい。多分。

 ――時は少し進む。
「本当にこの丸太じゃないと駄目なの?」
 普段は流石に邪魔なので、酒場の入口に置かれている専用丸太椅子。
 それをいつもの霊査士と一緒に転がしているのは、なんと、遥々ワイルドファイアから呼ばれてきちゃった、霽月の霊査士・ミニュイ(a90031)。
 絨毯を敷いて、丸太を置いて、座布団を乗せて……
「はいこんにちは、はいこんにちは」
 はい来ました。
「こんにちはー」
「おお、おお。はいこんにちはこんにちは。いやはや、わざわざ御足労頂きましてすいませんで御座いますですよ」
 わぁー大きいー。
 と、見上げるミニュイを挟んで、とりあえずは腰を落ち着ける霊査士とポタン。
 想いは募れど、ポタンが直接ワイルドファイアに行くことは叶わない。なら仕方がないという事で、現地に詳しい人に頼んで色々取ってきて貰おう、そしてその仲介に適する者は、現地霊査士をおいて他にない。
 そんな具合で、直接会談と相成ったのだ。
「早速で御座いますが。折角ですから、食い応えなり、噛み応えなり、こう、なんと申しましょう、手応えのありそうな食事に出来ますれば、我輩、幸福の至りと存じ上げる次第なので御座います」
 食べ応え……
 ミニュイは逡巡の後、はたと思い出して手を打った。
「それなら、『オコノミヤキ』がいいかも」
 聞き慣れない料理の名前に、皺に沈んだポタンの目が怪しく光る!
「ワニーナという村の伝統料理の一つなんだけどね。溶いた小麦粉の中に、狩りで取ってきた食材をぜーんぶ放り込んで、いっぺんに焼くの」
「おお、おお、なんと! いっぺんに!」
 ポタン、前のめり。
 のめってきたので逸れちゃうミニュイ。
「うおっほほほ、いやあ、それはそれは。宜しいですね、ええ、大変宜しいですはい」
 お気に召したようです。
 話はそのまま、座布団を心配そうに見つめる霊査士の前で、とんとんと進み……
「と、言う訳で、皆で食材を集めてきて欲しいの」

 ――そして、時は戻る。

●豚が玉子を背負って豚玉
「来ちゃったよ……」
 春風駘蕩・クロトは遥か地平線の彼方を眺めて、情感たっぷりに呟いた。
 此処はワイルドファイア。
 かの有名な美食伯爵が今度はこの大陸の食材を求めているのだという話を聴きつけ、善意か好奇心か、集った冒険者達を前に、ほわりとミニュイが微笑んだ。
「皆にお願いしたい食材は、豚よ」
 こーんなに大きい豚、と大きく手を広げるミニュイ。
 大体2メートルから3メートルといったところであろうか。突き出した鼻の部分が非常に堅く、イノシシ張りの突進をかましてくる豚さんらしい。
 主に草原に生息しており、基本的には穏やかな性格なのだが、何せ美味しそうな外見のため、人獣問わずよく狙われるらしい。
 そのために攻撃をかねた俊足――恐らく10メートルダッシュくらいなら、冒険者のスピードを持っても追いつけないのではないだろうとの事だ――を身に着けたそうだ。
「背中に玉子を背負っているのが最大の特徴ね」
 玉子?
 冒険者達の脳裡に豚と玉子の関係がどうも結びつかない。
 しかし豚と玉子、二つの食材が同時に手に入るというならとてもラッキーではないか。
 そんな冒険者達の思惑に気付いたのだろう、ミニュイは小さく頭を振った。
「残念だけど、この玉子は食べれないわ。しかも、玉子に刺激を与えると大変な事が起こるから、気をつけてね」
 大変な事とは何だろうか――すかさず冒険者は問いかける。
 問われたミニュイはうん、と頷いて、少々深刻そうな表情で切り出す。
「正確には『卵』じゃなくて、豚さんの体の一部なの。玉子の部分はとても脆くて、ちょっとした刺激で割れてしまうのだけど、その中身はとっても臭い液体……そう、目くらましのようなものね。この豚さんは何よりも逃げる事を優先としているから、その助けとなるものなの」
 因みにどれくらい臭いのか。
 多分三日は風呂に入っても匂い袋を擦りつけようとも、其の異臭は鼻に残り、昼夜問わず苦しむ羽目になるだろう。それどころか、液体を被った服はまず廃棄せねばならない。
 つんとした刺激臭は目や喉の粘膜にも影響を及ぼすようだ。
 それらはあくまで一時的なダメージであるが、それを被ってしまえば、食材捕獲どころでは無いだろう、というのがミニュイの判断だ。
 うわあ、と気の無い言葉を吐いたクロトは視線が泳いでいる。
 ワイルドファイアに到着したばかりの時の感慨は既に吹き飛んだようだ。
「味はワニーナの皆のお墨付きだから、頑張ってね」
 最後にミニュイはそう締めて、きゅっと片目を瞑って見せたのだった。

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参加者
蠱惑の妖狐・ライカ(a00857)
朱陰の皓月・カガリ(a01401)
夜舞蝶・ルゥ(a08433)
常時自動誤字スキルは集う・ラキア(a12872)
哭きの・カイエ(a14201)
傾奇者・ボサツ(a15733)
大砲娘・ドミノ(a36487)
金双魚の騎士・ノヴァーリス(a36914)
空にそびえる鉄の・シロ(a46766)

NPC:春風駘蕩・クロト(a90034)



<リプレイ>

●未だ見ぬ美味
「大砲娘・ドミノばばーんと参上ー♪ やってきましたワイルドファイア大陸ー。しっかりと豚玉を捕獲して、うまい肉を調達してまいりまーす」
 いつもの名乗りをあげるは大砲娘・ドミノ(a36487)――目の前に広がるは広大すぎる草原だ。
「うひょおぉーっ! 初ワイルドファイアなのねーっ!!」
 常時自動誤字スキルは集う・ラキア(a12872)は開口一番叫んだ。
 この大陸にはそう叫ばなければならないような何かがある気がする。多分。
「すごいのっランドアースとはまったく違うのね〜……」
 しみじみとラキアは呟く。草木も動物も何もかもがビック。それがワイルドファイア。
 逆に哭きの・カイエ(a14201)からすると故郷に戻ってきた、という感覚になるのだろう――彼女の様子に特別な変化は無かったが、逆に他の皆のような特別な反応を示さない、ということが特別な反応なのかもしれない。
「来てもうたなぁ♪ 頑張ろな☆」
 朱陰の皓月・カガリ(a01401)がまたクロトと来られて嬉しいん〜と、春風駘蕩・クロトににっこりと笑いかけた。
「ははは、頑張ろうね〜」
 同じく笑顔を返しながらも、彼の記憶が正しければ確か前に来たときは同行というよりも簀巻きで強制連行だったはず。しかもあの時の目的は――
「はい、クロトちゃん、くさい卵液避けの防水マント。ライカが着せてあげる〜♪」
 色々思い出してぼんやり遠くをみやるクロトに、蠱惑の妖狐・ライカ(a00857)が嬉々として世話を焼いていた。
「美味しい豚さん、良いデスねー。豚玉食べたいデスねー」
 そんな彼らを見つめつつ、依頼の内容から思わず思い浮かべた美味しそうな想像に、ふう、と溜息をついて花宵月蝶・ルゥ(a08433)は続ける。
「ボク、上手く焼けないんですよね、アレー。難しいです、オコノミヤキ。あ、クロトさんは好きですかね……? いつかご一緒に……なんて、イヤン」
 クロトへと問いかけつつ、その事実に頬に手を当て恥かしがる。
 その距離およそ十メートル。
 いつも通りと言えばいつも通りだ。
 さて、彼らがわざわざこの地へやってきて、更にこんな対策をしている理由は、改めて言うまでも無いくらいシンプルだ。
「お好み焼きって、きっとすっごくおいしいんだよねっ?」
 鉄の・シロ(a46766)の言う通り。
 彼らはオコノミヤキの材料を手に入れにやってきた。
 ターゲットは玉子を背負った豚――通称豚玉。
「鴨葱って例えはあるけど、豚玉って……玉子も食べられたら更においしそうやってんけどな〜……」
 残念そうなカガリの言葉を聞きつけたのか否か、「無事なら持ち帰れるのかね……」傾奇者・ボサツ(a15733)が卵を思いぼそりと呟いたりした。

●豚玉捕獲大作戦
 個々の準備は既に終わっている――そう、ミニュイの説明にあった、あの臭い液体。アレに対する策といえば精々マントで身を包むしかない。
 後は自分の判断で――例えばカガリのように大事な人から貰ったものは万が一に備えて外しておく、という事くらいだろう。
「着替えは持ってきたけどね〜……」
 ドミノは苦笑いをして、なるべくその着替えの出番が無いよう心がけようと決意する。
「凱歌の状態異常回復って臭いに効かないのかな? 臭すぎるのも一種のバッドステータスだと思うんだけどね」
 美味しい豚肉と美味しいオコノミヤキに思いを馳せて参加した青き旅人・ノヴァーリス(a36914)はふと呟く。
「美味い話にはかならず取り返せないほどのリスクが伴うんだよ……」
 優しくクロトがノヴァーリスへと語りかけた。悟りでも開いたかのように静かな口調であった。

 そんな余談はともかく。
 実際の捕獲に際しての準備、というのが現在行われている。
 仕掛けはシンプルだ。三メートルの棒に繋いだ大きな布を広げて、それで豚を追い立てて捕まえよう、というものである。
 豚に気付かれぬよう二人一組で散り散りになって、冒険者達は待機した。
 遠眼鏡を覗いて合図と豚玉の動きを観察していたライカがふと眼鏡を下ろす。
「大草原で二人っきりですわね、クロトちゃん」
 にっこりと微笑まれ、クロトは固まった。ライカの笑顔を見つめる形で凍り付いているクロトを「怯えなくていいから、ライカを見ないで、豚玉を見張って」と諌める。尤もだが何だかなあという感じでもある。
 ボサツと組んだラキアが遠眼鏡を覗き込めば、カイエとノヴァーリスが旗を振って合図をしている。
 ライカとクロト、ラキアとボサツがそれぞれ布を広げて走り始めた。
 彼らが左右からカイエ達の元へ追い込みつつ、カガリ、ルゥ、シロが逃げようとするほかの方向の豚たちの進路に立って違う方向へと誘導する。
 彼らが動くとすぐ思い切りカイエが地面に旗を突き刺した。
 そして逆側の、布のはためく方を掴むと走って広げる。
 その間にも既にかなりの距離が詰まっており、その速度をもってすれば布を破って逃走する事も可能では無いか。
 しかし此方も何もしないわけではない。
「シュランゲ、君に初仕事をお願いするよ」
 ノヴァーリスを囲うようにとぐろを巻いた三つ首の蛇に彼は囁き、軽やかにステップを踏んだ。
 豚玉に抗うすべは無い。
 だが彼に釣られて踊る、ということは――
 玉子に非常な負荷をかける事になる。
 察してか否かカイエが眠りの歌を歌う。咄嗟の機転により、豚玉は寝息を立てて転がる。
 が、
「どいてどいてー」
「そっちはダメだってー」
 彼方此方で冒険者達の悲鳴が聞こえた。
 豚玉が逃げる事も困る問題だが、それ以上に背負っている壊れ物が怖い。
「ゴーゴーなのだよ」
 笑いながら言ったのはボサツだ。半分壊れた笑い声は、被害にあっているもの達にも自分にも向けられている。
 カイエもノヴァーリスもすぐに気付く。計画通りとはいえ、結果として彼方此方に追い立てられた豚玉たちが、彼らの元へ次々突撃していこうとしている事に――

●豚玉ゲットだぜっ
 冒険者達はそっと仕留める予定だったのだが、今はそうも言っていられない。
 予定外に多くの豚玉が反応してしまい、走る速度は遅くなったものの、一匹止めれば何処かの一匹がぶつかって、悲劇が連鎖しかねない愉快な状況に陥っている。
 数名楽しそうに逃げているものもいるが、まあ気にしない。
「こういう時、ほんま牙狩人で良かった思うけど……割れてもうたら30メートルなんて関係ないんやろな、匂いって」
 これはカガリの呟きだ。しかしやむを得ない。
 彼女とシロは矢を射って、豚たちをしとめていく。
「豚さんごめんなさい……これも貴方が美味しく生まれて来た時に決まった悲しい運命なのです」
 ルゥは滲む涙を堪えつつ――というほど深刻そうでもなかったが、さっくりと豚の首を落した。
 アビリティを使えば豚玉が苦しむ事は殆どないのが幸いだ。
 追われている方はといえば、クロトが眠りの歌を歌いながら、ライカが危急の一矢で眠りかけた豚玉を射抜いていた。死ねば食料、生きれば眠り。そしてその成功率は二人の明暗を分ける事になる、スリル満点の狩りであった。
 ノヴァーリスとカイエのところまで豚玉を引っ張ってきたところで、意を決して身を返したボサツは眉間を狙って指を突き出す。
 ころり、と倒れた豚を前にすっかり速度の落ちた豚は足を止める。
 だが更に後ろ、その後ろ、となればどうなることやら。
「……、なんとゆーか、この世の地獄かと思った。……、地獄はこの前行って来たけどさ」
 ドミノは後にそう語ったという。

 兎にも角にも豚玉は無事に(多分)捕獲できた。
「血がたまってるからそれはくみ出して……、内臓は傷つけないように」
 解体の先導はドミノが行い、綺麗に解体された肉はふたつの山に分かれた。
「きっと素敵なオコノミヤキになれますよ」
 解体を行った一人であるルゥは最後のこじんまりとした戦利品を前にほろりと呟く。
 此処まで来るのにとても苦労した分、感慨はひとしおである。
 ひとつはランドアースへ持って帰る山――それも更に各自手荷物程度に収めねばならないので、細かく分けられ、布で包まれている。此処は暑いから、とすぐにライカが纏めたのだ。
 もうひとつは持って帰る事は出来ない、しかし食べられる肉の山である。しかも大量。
「カイエ、持って帰れないお肉食べたいなぁーん!」
 元気よく主張したカイエはふりふりひらひらの優美な服を着ていても、やはりワイルドファイアを駆け回っていたヒトノソリンだけある。欲望に忠実である。
 とはいえそれは「余る肉が出来る」という確かな事実が前提にあるので、同じ事をほぼ全員考えていた。
「材料の美味しさは確かめといた方がいいのね〜っきっと!!」
 一緒になってラキアも肉の一角を羨望の目で見つめた。
 卵は本当に残念だけどとボサツはサワヤカに笑う。
 笑ってごまかしている、とも思える。
「豚タンって知られてないけど、結構おいしいんだよー」
 立ち直ったドミノが言う。
「いただきますっ、でいいならすっごいうれしいよっ」
 にっこりとシロが極上の笑みを浮かべた。
「皆でじゅーじゅー焼肉したいなぁーん♪」
 盛り上がってきた。
 誰も彼らをとめるものはいない。

 かくして臭い中となった冒険者十名は、豚玉を隅々まで堪能し、ランドアースに帰還したのだった――。


マスター:神崎無月 紹介ページ
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